DX(Digital Transformation : デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタルテクノロジーを用いて、ビジネスの変化と市場の要求を満たす新しいビジネスプロセスや文化、顧客体験を生み出すことを指します。「DXの羅針盤 〜エグゼクティブに聞く変革の舵取り〜」インタビューシリーズでは、各企業でDXを進めるエグゼクティブリーダーたちを直接取材し、背景にあるビジョンや想いなど、生の声をお届けします。

 

第四回は、JA共済連 代表理事専務 歸山好尚(きやま よしなお) さんです。

JA共済連は、レガシーシステムのマイグレーションに苦労しながらも、JA共済アプリの開発やAI活用を見据えた研究、そして、Salesforce Financial Services Cloud(FSC)の活用など、新たな挑戦を始めています。

 

DXは、全国津々浦々に暮らす組合員のために

酒井 JA共済連がDXを進めると、組合員の皆さんにどんなメリットがあるのでしょうか?

歸山 全国には551のJAがあり、過疎地域にお住まいの組合員の方もたくさんいらっしゃいます。一般の保険会社では採算が合わずに行けないような場所も、私たちにとっては大切な場所なんです。

DXに取り組むことは、組合員や地域の皆さんの生活をどう支えるかを考えることと同義です。地域に根差す私たちだからこそできる活動を続けていきたいと思います。

 

JA共済連 代表理事専務 歸山好尚 氏

 

課題はレガシーシステムのマイグレーション

酒井 課題はありますか?

歸山 最も大きな課題は、レガシーシステムのマイグレーションです。もうかれこれ10年近く苦労しています。保守費用の肥大化に加え、急がねば、COBOLで開発したシステムの面倒を見られる人が退職してしまうという危機感もあります。

実は、2025年~30年の間にはマイグレーションを終わらせたいと、これまで3000人に協力いただきました。でも、なかなかスケジュール通りにいきませんでした。途中で計画を変更し、だいぶ縮小した形で仕切り直して、やっと計画通り物事が進むようになりました。

今思えば、一気にたくさんの人を巻き込んだのが良くなかったのかもしれません。全員が業務を理解するまでに時間がかかりますし、きめ細やかな情報共有も難しかったのです。これが10人ほどの小さなチームであれば、密にコミュニケーションを取りながら進めていけるはずです。

酒井 大切なのは、最小単位でしっかり情報共有をしながら進めていくことだったんですね。

 

ゼロイチでシステムを作り上げたベテランIT人材が情熱を継承

酒井 そんな中、ベテランの職員が活躍していると聞きました。

歸山 今「レガシーシステム」と呼ばれているものは、30年前、本当に何もないところから、当時の職員たちがゼロイチで開発したものです。そのときの熱い思いを継承してもらおうと、ベテランから若手やシステム子会社のメンバーにノウハウを伝える「豊洲カレッジ」を始めました。

「豊洲カレッジ」には、もう一つ狙いがあります。多くのメンバーは30年前のことを知りません。なぜ当時こういうシステム構成にしたのか、全体像を知る職員が次々と定年を迎え、徐々にブラックボックス化しているんです。

問題は、30年前はほかにやりようがなくて泣く泣くそういう実装にしたものが、いまだ最適解として生きていることです。でも、若手にとっては今の状態が教科書なんですよね。これが正しい形なんだと、変えることを躊躇してしまう。ですから、作った当人たちが「今の形にこだわるのはおかしいんだよ。一緒に壊しにいこう」と伝えることに意味があると思っています。

 

 

大切にしているのは“見極め”と“ときめき”

酒井 DXを進める上で、歸山さんが大切にしていることは何ですか?

歸山 いろいろなベンダーが、新しく魅力的なソリューションを提案してくれますが、どんな実績があって、どこまで実現性があるのか、きちんと深掘りして見極めるようにしています。中には、思うように性能が出ないとか、他社では良かったけど私たちのシステムには合わないとか、そういう落とし穴もあります。

また、一から開発するのではなく、パッケージソフトやSaaSを活用する方が、失敗は少ないかなと思っています。ただ、バージョンアップで使えなくなるとか、保守が終わってしまうといったことは避けたいので、長く寄り添ってくれるベンダーの製品を選びたいですね。

酒井 では、新しい価値を生み出すために、一番大切にしているものは何ですか?

歸山 ときめきです。お片づけじゃないですけど、これまでの概念を覆すアプローチや、期待をゆうに超えるようなサービス、そういったものにできる限りたくさん触れたいと思っています。

酒井 最近は、何にときめきましたか?

歸山 ChatGPTにはすごくときめきましたね。それから、マイナンバーカードを使った本人確認。ずいぶん時代が進んできたなと感動しました。私たちが作るサービスも、組合員の皆さんや職員に「おお!」と思ってもらえるものを目指したいです。

 

ノンフィクションライター 酒井真弓 氏

 

Salesforceがもたらした変革

酒井 ちなみに、Salesforceは、どこにときめきましたか?

歸山 最初にFinancial Services Cloud(FSC)のUIを見せていただいたとき、ときめきました。「あ、これはおもしろそうだな」と。

FSCにはタイムラインという機能があって、いろいろな情報が時系列で整理されるんです。また、組合員ごとに契約を一元管理し、それを地図上で表示することができます。組合員のお宅へおうかがいする職員をライフアドバイザー(LA)と言いますが、LAがパッと見て組合員の所在地と契約内容が分かるって非常に重要なことです。もうその場で、「これを導入したい」という話をさせていただいたのを覚えています。

酒井 Financial Services Cloudを導入する前は、LAの皆さんはどうやって組合員の皆さんの契約を確認していたのでしょうか?

歸山 以前は、台帳や社内システムで契約内容を管理し、LAはそれらを確認してから訪問していました。ただ、次の契約に結びつけるためには、その方の過去の問い合わせや今の関心事なども重要になってきます。しかし、そこまでは一元管理できていませんでした。今はそれも一つにまとまっていて便利です。

酒井 ほかにはどんなことができるようになったのですか?

歸山 Salesforceの製品は、機能追加がすごく簡単なんです。部品を組み合わせるだけで、コーディングやテストなしにシステムが組めてしまいます。ですから、皆こぞってFSCに集約、もしくは連携しようと計画しています。ちょっとやりすぎて交通整理が大変なくらい(笑)

酒井 使いこなしてますね!

歸山 使えば使うほどデータが貯まり、役に立つシステムになっていくはずなので、それも期待しています。現在3900万件のデータが入っていますが、処理の遅延もなく順調に動いています。

 

DXのゴールは

酒井 最後に、JA共済連が目指す、DXのゴールは何ですか?

歸山 DXにゴールはないことが大前提ですが、今はやはりレガシーシステムのマイグレーションが一つのゴールだと思っています。その上で、そこに従事するシステム開発のメンバーを減らしていくとか、費用をかけずにどんどん開発を進められる環境を作るとか、そういったことにも力を入れていきたいです。

これを実現できれば、新しい取り組みにもっとリソースを割けるようになりますし、組合員の皆さんに、より良いサービスをお届けできるようになります。もしかしたら、FSCをJA共済連だけではなく、JA全体のプラットフォームに育てていくことだってできるかもしれません。

酒井 JAのような大きなグループがそれをやってのけると、ほかの企業にとっても希望になりますね。

歸山 今、日本の多くのIT人材が、レガシーシステムの保守やマイグレーションに携わっていることと思います。それで疲弊してしまっている日本企業も多いですよね。

私たちも、システム開発のメンバーが閉塞感に陥っているように見受けられます。ですから、計画は計画で着実に進めつつ、JA共済アプリの開発やAI活用を見据えた研究などにも力を入れています。新たなテクノロジー、新たな研究開発にもっと挑戦できるよう変わっていきたいです。

 

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保険契約者との信頼関係を築くサービスを

ブログの中で歸山専務が触れていたFinancial Services Cloudとはどんな製品なのかをぜひデモでご覧ください。


酒井 真弓
ノンフィクションライター

IT系ニュースサイトを運営するアイティメディアで情報システム部を経て、エンタープライズIT領域において年60以上のイベントを企画。2018年、フリーに転向。記者、広報、イベント企画、マネージャーとして行政から民間まで記事執筆、企画運営に奔走している。日本初Google Cloud公式エンタープライズユーザー会「Jagu'e'r(ジャガー)」のアンバサダー。著書『ルポ 日本のDX最前線』 (集英社インターナショナル) 、『DXを成功に導くクラウド活用推進ガイド CCoEベストプラクティス』(日経BP)、『なぜ九州のホームセンターが国内有数のDX企業になれたか』(ダイヤモンド社)

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