DX(Digital Transformation : デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタルテクノロジーを用いて、ビジネスの変化と市場の要求を満たす新しいビジネスプロセスや文化、顧客体験を生み出すことを指します。この「『DXの羅針盤』 〜エグゼクティブに聞く変革の舵取り〜」インタビューシリーズでは、各企業でDXを進めるエグゼクティブリーダーたちを直接取材し、背景にあるビジョンや想いなど、生の声をお届けします。

 

第一回は、エプソン販売株式会社 代表取締役社長 鈴村文徳さんです。

東京・エプソンスクエア丸の内。エプソンの最新技術が体感できるこの場所で、連載最初のエグゼクティブリーダー、鈴村さんが迎えてくれました。自身もDX推進者として壁にぶつかった経験を持つ鈴村さんは、社長となった今、どのようにしてDXを成功に導こうとしているのでしょうか。早速、本題に入っていきましょう。

【導入編】営業DXで最初にやるべき4つのこと&成功事例 >
 

 

ハードウェアの力で新たな価値を創出

酒井 エプソン販売では、どのようなDXを進めていらっしゃるのでしょうか?

鈴村 エプソンは、さまざまなアナログプロセスをデジタルに変革することで成長してきた会社です。エプソンが起こしたイノベーションで最も代表的なのが、「家庭用インクジェットプリンター」です。それまで専門店でしかできなかった写真プリントが家庭で簡単にできるようになったことで、新たな体験が生まれました。

いま注力しているDXを一つ紹介すると、洋服などアパレルやテキスタイル向けの産業用大判インクジェットプリンターで実現する「デジタル捺染」です。トレンドの移り変わりが激しいファッション業界では、短いサイクルで次々と商品が生まれ、デザインや色使いも多様化しています。しかし、現場は慢性的な人手不足。さらに、染色後に大量の水で洗い流す必要があるなど、環境への影響も懸念されています。

インクジェットプリンターによるデジタル捺染では、高精細な色彩表現を実現することはもちろん、エプソン独自のソフトウェアでカラーマネジメントを標準化することで高い信頼性と大幅な効率化を実現しています。また、アナログ捺染で必要とされていた「洗い流す工程」がなくなるため、環境に優しく、労働環境の改善も実現できます。

このように、エプソンのDXは、ハードウェアの力にソフトウェアの力を加えることでお客さまの課題を解決し、環境負荷も軽減していくことが大きな柱となっています。

 

エプソン販売株式会社 代表取締役社長 鈴村 文徳 氏

 

DXの難しさを知っているからこそ、求めすぎない

酒井 DXを進める上で大切にしていることは何ですか?

鈴村 とにかく諦めないこと。諦めずに一歩ずつでも前に進んでいけば、いつかゴールにたどり着けます。また、DXは一朝一夕には成し遂げられません。短期で大きな成果を求めすぎないことも重要なポイントです。

酒井 求めすぎないって、さじ加減が難しいですよね。

鈴村 実は私、社長になる前、自分が担当するビジネスユニットでDXに取り組んでいました。2017年頃のことです。構想はものすごく大きくて、あれもやりたい、これもやりたい、こうしたらもっと便利になるんじゃないかって夢ばかり広がって。しかし、そんなに簡単には実現できませんでした。DXは決して「魔法の杖」ではないんです。

酒井 DXの難しさが身に沁みていらっしゃるんですね。

鈴村 先日、尊敬する取引先の社長が「思い描いたDXを形にするまで10年かかった」とおっしゃっていました。それで、うちの役員会議でも「10年かかるぞ」って話をしたんです。そしたら「3年、遅くても5年だ」なんて声が上がりましたけど、3年、5年で実現できたらそれは本当にラッキーだと思います。一歩ずつ、いや半歩ずつでもいい。とにかく「諦めない」ことが大事です。

酒井 では、最近一番うれしかった一歩は?

鈴村 Salesforceが提唱する「The Model」が社内に浸透してきたことです。

実は、当初の目的は「The Model」じゃありませんでした。数年前、DX責任者に本を2冊渡したんです。1冊は『儲かる会社は人が1割、仕組みが9割』。「営業に頼るな、これからは人ではなく仕組みだ」といったことが書かれた本です。ただ、これだけ読んで「社長は冷たい人だ」と思われたらイヤだなと思って、おまけで『THE MODEL』をつけたんです。

そしたら彼は『THE MODEL』のほうに感化されてしまって、「エプソン販売にThe Modelを導入するんだ」って。そこから社内の機運が一気に高まりました。

酒井 人が変わっていく姿を見るのが一番うれしいですか?

鈴村 それはもう、絶対そうです。変革を前に、リーダーは必ず一度は悩むんです。その瞬間を見計らって背中を押すと、本当にうまく軌道に乗るときがあって。そんなときは、「ああ、やってよかったな」と思いますね。

 

 

経営層が絶対にやってはいけないこととは

酒井 DXにおいて、これはやっちゃダメってことはありますか?

鈴村 やはり、すぐに成果を求めることではないでしょうか。なぜならその瞬間、「ちゃんとやってます」という報告しか上がってこなくなるからです。良い報告ほど当てになりません。悪い報告にこそ変革の兆しが隠れているのです。

例えば、これってSalesforceのインタビューでする話ではないかもしれませんが……

酒井 気にしないでお話しください。

鈴村 社長が営業のパイプラインの数字を聞いたらダメですね。よく商談数や活動量が重要な指標だと言われますが、社長がそれにこだわってマイクロマネジメントを始めると、みんながその数字を増やすことだけに心血を注いでしまうんです。それで売り上げが伸びたことは一度もありません。

酒井 手段が目的化してしまうんですね。

鈴村 新しいことって、リーダーの意向に沿おうとすると大概うまくいきません。だって、リーダーにも経験がないことをやろうとしているんですから。

重要なのは、お客さまに価値が届いた状態をどういったシグナルで拾い上げるかです。それを見落とさないことが、本質的な改善につながっていきます。

 

社長に必要なのは、ビジョンより妄想

酒井 DXを推進するリーダーに必要なものは?

鈴村 DXは時間がかかるからこそ、将来像を持っておくといいと思います。

酒井 ビジョンのようなものですか?

鈴村 そんな上等なものではありません。社長はビジョンという言葉を使い過ぎない方がいいと思います。メンバーがその言葉にがんじがらめになってしまうでしょう。「社長の妄想だ」くらいのほうが気楽じゃないですか。

酒井 今はどんな妄想されているのか、ちょっとだけ教えてください。

鈴村 販売店さんをどうインキュベーションしていくかですね。販売店さん向けにアプリを作って、止まっている商談があれば「こういう活動をしてはどうか」と自動でレコメンドしたり、お客さまのニーズに応じて仕入れや販売の計画をブラッシュアップしたり。今はおとなしく引き出しにしまっていますが、時が来たら、こういったアイデアを引っ張り出してみようと思っています。

酒井 リーダーが妄想を膨らませることで、どんな影響があるのでしょうか?

鈴村 いい影響と悪い影響、両方あると思います。悪い影響で言うと、途方にくれるメンバーがたくさん出るだろうなということです。ですから、妄想はほどほどに発しなくてはいけません。

一方で、人間は目の前のことで頭がいっぱいになると、自分の視野の範囲で何とかしようと考えてしまいます。そんなとき、「そうじゃなくてこんな世界を実現したいんだ」と妄想……いや、広い視野で励ましてあげられる。妄想には、そんなふうに視野のスイッチを切り替える効果があると思っています。

 

 

DXは、お客さまを笑顔にするための手段

酒井 鈴村さんにとってDXのゴールとは?

鈴村 お客さまを笑顔にする。お客様に価値を届け続けられる会社になろう。私は常にこの言葉をキーワードに掲げています。DXはそのための手段に過ぎません。

酒井 お客さまを笑顔にし続けるってことは、終わりがないですね。

鈴村 そうなんです。お客さまの課題はどんどん変わっていきます。それにしっかり追従し、ともに解決していくことが、お客さまを笑顔にすることにつながると信じています。

一方で、お客さまを笑顔にするために社員が馬車馬のように働くのかというと、それも違います。デジタルの力で効率良く価値を届けていくのが、これからの働き方であり、私が力を入れていくべきところだと思っています。

 

エプソン販売の営業部長に聞く、Salesforce導入のメリット

酒井 Salesforceを導入して良かったことを教えてください。

松岡 3つあります。1つ目は、情報の可視化が進んだことです。私たちは単に営業ではなく、お客さまに寄り添うコンサルタント集団になりたいと思っています。そのためには、経営や業界の知識はもちろん、提案の引き出しを増やしていく必要があります。しかし、一人ひとりの活動量には限界があります。そこで、SalesforceのSFA(Sales Force Automation)であるSalesforce Sales Cloudを使ってメンバーの知見を属人的なものに留めずに、共有し合うことで、チーム全体のレベルアップを図っています。

2つ目は、プロセス管理ができるようになったことです。以前は、受注の数字ばかり見ていましたが、Sales Cloudによって新規リードの獲得から有望リード化、案件化といった、受注の前段階も可視化できるようになりました。どのプロセスを強化すれば成長が見込めるのか、ある程度見通せるようになったのです。

同時に、失注の置き去りもなくなりました。例えば以前は、「アポが取れなかった」と「経営者と話せたが、今はデジタル化はしないと判断された」を同じ失注として管理していました。しかし、SFAではこの2つは全くの別物。後者は将来的に需要が高まる可能性があります。1年後、再度アプローチしたら導入を検討してくれることになりました。私が担当するプロダクトは性質上、営業先もある程度限られます。ですから、失注の中身をしっかり見るSFAのやり方に変えて本当に良かったです。

3つ目は、顧客対応により多くの時間を割けるようになったことです。以前は週1回、進捗確認会議をしていたのですが、「この時間、本当はお客さまのところにいたいのに」と、もどかしく思っていました。Sales Cloud導入後はこうした会議がなくなり、より本質的な活動に専念できるようになりました。

テレワークでもSales Cloudが機能しました。Sales Cloudがある種のコミュニケーションツールとなってメンバー間の情報共有が保てたことで、仲間への信頼感が強くなりました。私が言うのもなんですが、すごくいいチームになったと思いますよ。

 

エプソン販売株式会社 特販営業本部 産業機器営業部 部長 松岡 大樹 氏

 

エプソン販売にSFAを浸透させた3つの工夫

酒井 SFAを導入しても、営業がなかなか情報を入れてくれずに悩む企業も多いと聞きます。エプソン販売では、SFAを浸透させるためにどんな工夫をしているのでしょうか?

松岡 部門内の評価指標と連動させています。営業というと個人の頑張りを重視する企業もありますが、私たちはチーム評価のウエイトを大きくしています。つまり、メンバーが育てば、チームやチームリーダーの評価につながる仕組みを取り入れています。

それから、Sales Cloudに入力した情報を分析し、必ず成果につなげることです。単に入力させるだけでは「上司の進捗管理が楽になるだけのツールじゃないか」と認識されても仕方ありません。私たちのチームでは、Sales Cloudの情報をもとに「展示会やダイレクトコールでの活動よりも、ウェブサイト経由でお問い合わせをいただいたお客さまのほうが受注確度が高い。それなら、お客さまの情報収集や行動分析を徹底的に行い、この確度の高い導線をより増やしていく為にどんな施策を打つか?」など、感覚ではなく事実情報に基づいた戦略立案をしています。

また、各営業部門に一人、SFAアドバイザーを立てています。SFAのプロのような存在です。おかげで先ほどのような分析や新たな取り組みが進めやすく、チーム全体の活性化につながっています。

酒井 SFAアドバイザーは、どんな観点で選ばれたのですか?

松岡 まずはデータ分析が得意であること。あとは人柄ですね。話しかけやすいってものすごく重要です。私もよくSFAアドバイザーに相談するのですが、「分析が甘い。もっとこういう角度からも見たほうがいい」なんてアドバイスをくれたりして、まさに参謀です。

営業って先の見えない戦いをしているときが一番つらいんですよね。でも、Sales Cloudを使えば、「来年はある程度見えているから、再来年のために種をまこう」といったように、未来を見据えた活動ができるようになります。使いこなせば、ものすごく強いチームになれると思うんです。私たちは、今後もSales Cloudを徹底活用し、お客さまにとってなくてはならないコンサルタント集団になっていきたいです。

 

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酒井 真弓
ノンフィクションライター

IT系ニュースサイトを運営するアイティメディアで情報システム部を経て、エンタープライズIT領域において年60以上のイベントを企画。2018年、フリーに転向。記者、広報、イベント企画、マネージャーとして行政から民間まで記事執筆、企画運営に奔走している。日本初Google Cloud公式エンタープライズユーザー会「Jagu'e'r(ジャガー)」のアンバサダー。著書『ルポ 日本のDX最前線』 (集英社インターナショナル) 、『DXを成功に導くクラウド活用推進ガイド CCoEベストプラクティス』(日経BP)、『なぜ九州のホームセンターが国内有数のDX企業になれたか』(ダイヤモンド社)

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