DX(Digital Transformation : デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタルテクノロジーを用いて、ビジネスの変化と市場の要求を満たす新しいビジネスプロセスや文化、顧客体験を生み出すことを指します。「DXの羅針盤 〜エグゼクティブに聞く変革の舵取り〜」インタビューシリーズでは、各企業でDXを進めるエグゼクティブリーダーたちを直接取材し、背景にあるビジョンや想いなど、生の声をお届けします。

 

第三回は、肥後銀行 代表取締役頭取 笠原慶久さんです。

肥後銀行は、2021年に発表した「肥後銀行DX計画」の中で、デジタルを積極的に活用して新たな価値を創造するととともに、そのノウハウを地域と分かち合う「地域価値共創グループ」への転換を表明しました。その真意とは?

 

DXは地方にとって追い風

酒井 笠原さんは、2018年に頭取に就任されて以降、一貫してDXに力を入れていらっしゃいます。

笠原 経営戦略とDX戦略は一体です。DXは産業革命、ないしは、パラダイムシフトだと捉えています。取り組まなければ、世の中から置いていかれてしまいます。

私たち肥後銀行のDXには、大きく二つのテーマがあります。一つは、肥後銀行自身の変革。もう一つは、地域社会、地域企業をデジタル化させていくことです。

地方は課題が山積みです。人口減少によって経済が縮小し、リストラを余儀なくされる会社もあります。そのため、人口減少を全ての元凶かのように嘆く人もいますが、それは生産性が変わらないという前提に立った話。人口が減っても経済を成長させていくには、劇的に生産性を上げていく必要があります。それには必ずデジタルの力が必要なんです。

酒井 人口減少をある意味チャンスと捉え、デジタルを活用して生産性を上げていくということですね。

笠原 その通りです。デジタル化や通信技術の発達は、地方にとって追い風です。都市部から遠いとか、商圏が狭いとか、そういった地方の弱点を取り払ってくれます。これを利用しない手はありません。それに、住みやすさという点で、熊本はとてもいいところなんですよ。

酒井 熊本に到着して早々、馬刺しをいただきました。すごく美味しかったです!

笠原 めちゃくちゃ美味しいでしょう(笑)。あか牛に天草のお魚、熊本はありとあらゆるものが美味しいんですよ!

 

肥後銀行 代表取締役頭取 笠原慶久 氏

 

銀行から地域企業のDXパートナーへ

酒井 「肥後銀行DX計画」では、新たなサービスの一つとして「地域企業のDX支援」を掲げられました。これってもしかして、肥後銀行がシステムインテグレーターやコンサルタントのような役割を担っていくということでしょうか?

笠原 そうです。少し前まで、私たちのパーパスは「金融サービスを通じてお客さまや地域の発展に貢献する」でした。

酒井 銀行ですから、そうですよね。

笠原 ですが、もう金融だけでは世の中のニーズに応えきれないんです。そこで、私たちは自分たちのパーパスやビジネスモデルを徹底的に議論し、10年後を見据えた共創ビジョンを定めました。そこでは、「金融」という文字を取って、それまで使っていた「総合金融グループ」という言葉を「地域価値共創グループ」とし、「お客様、地域、社員とともに、より良い未来を創造する『地域価値共創グループ』への進化」としたのです。

地域の役に立つことなら、DXから人材の供給、脱炭素まで、何でも取り組んでいこうと思っています。ですから、今後はシステムインテグレーターのような仕事も、当然、私たちの事業領域に入ってきます。

酒井 すごいですね! そんな銀行あります?

笠原 現在は、内製化を目指し、開発体制を整備しているところです。完全に内製するのは難しいと思いますが、外注先に頼っていては、その選択が本当に正しいのか自分たちで判断できなくなってしまいますし、お客さまに良い提案をすることもできません。やはり、内製化して自分たちで仕組みを理解しておく必要があります。

その一環として、社内のIT人材育成にも取り組んでいます。まずは、管理職全員がITパスポート試験を突破できるよう、ベーシックなIT知識の習得を進めています。私もだいぶ前に合格しましたが、体系的にITを理解するには、とてもいい試験なんじゃないかと思っています。

加えて、まだまだこれからではありますが、システムアーキテクトやデータサイエンティストなど、各分野に深く精通したプロフェッショナル人材の育成も計画しています。

 

右:肥後銀行 代表取締役頭取 笠原慶久 氏
左:ノンフィクションライター 酒井真弓 氏

 

DXは、着眼大局、着手小局

酒井 DXを進める上で大切にしていることは何ですか?

笠原 着眼大局、着手小局。つまり、広い視野で捉えて目標を設定し、実際には、細部に気を配りながらひとつひとつ実践していくということです。

例えば、DXの本を読むと「ペーパーレス化はDXではない」と書いてありますよね。でも、ペーパーレス化すらできない会社に、DXなんか絶対にできません。まずはペーパーレス化でも、オンライン会議でもいいんです。実際にやってみることで、DXへの理解が進みますし、未来につながる改善点も見えてきます。

酒井 企業や自治体へ取材する中で、私も同じようなことを思っています。業務変革やカルチャー変革なしにDXに取り組んでも、うまくはいかないということです。例えば、クラウドを導入したとしても、昔ながらの業務プロセスや、失敗が許されない文化がそのまま残っていたら、機動性や柔軟性を生かせず、宝の持ち腐れになってしまいます。
こうしたカルチャーを変えるために、肥後銀行ではどんな取り組みをされていますか?

笠原 一つは、挑戦した人を褒める文化を作ることです。「失敗してはいけない」という文化を変えるのは、銀行にとって非常に難しいことです。だからと言って、リスクを徹底的に潰していけば、やっぱりやらない方がいいということになってしまいます。肥後銀行では、表彰制度を充実させています。社内を見渡せば、小さなイノベーションがたくさん起こっています。それを見つけてどんどん褒めていこうと。半年に一回の支店長会議の場で、全員の前で表彰しています。

もう一つは、現場重視のチームワーク経営です。要は、地域の発展に資するサービスを提供するために、支店をはじめとする現場が、自ら考え、行動できる組織を目指しています。実はこれは、経営方針として私が一番大事にしていることなんです。

銀行によくありがちなのが、本部の力が強すぎて、放っておくとどんどん中央集権的になってしまうことです。本部は本来、現場を助けるために存在しています。現場から本部に「こうしてほしい」と言えるような、フラットな組織にしていきたいです。

 

ノンフィクションライター 酒井真弓 氏

 

Salesforceがもたらした変革

笠原 お客さまと現場、現場と本部をつなぐために必要なのが、SalesforceのCRMです。以前は別の仕組みを使っていましたが、クラウド化とシステム連携を見据え、Salesforceを選びました。

酒井 実際に使っていらっしゃる皆さんの反応はいかがですか?

笠原 とてもいいですね。今まで現場のメンバーが面倒に思っていたことが、かなり改善されています。

分かりやすい例を挙げると、社内の予定と訪問計画が連携したことで、劇的に見やすく、使いやすくなりました。お客さま先で、スマホから直接次のアポイントを入力できるようになったのもいいですね。他の営業支援システムやRPAと連携し、業務効率化を進めています。

酒井 Salesforceの導入によって、地域のお客さまにはどんなメリットが期待できるのでしょうか?

笠原 データが精緻に蓄積されていくことで、提案のクオリティが上がっていきますので、お客さまのメリットも大きいと思います。

例えば、家系図を登録しているお客さまの場合、相続や事業承継のご提案がかなりスムーズになります。また、将来的には、情報共有に同意いただいているお客さまに対しては、肥後銀行グループ全体でトータルなご提案が可能になります。

酒井 社内に蓄積されたデータとオープンデータを掛け合わせ、提案に生かしているという話も聞きました。

笠原 はい。さまざまなデータをつないだり、見やすく重ねたりすることができるので、存分に活用しています。

例えば、地図データ上で、お客さまの所在地と取引状況を一覧できるようにしています。これによって、効率的な訪問計画が立てやすくなりました。また、「このお宅は何人家族で、比較的高齢の方がいて、住宅ローンがあり、投資信託をしている」といった取引情報を把握しながら訪問するので、お客さまのニーズに合わせた提案がしやすくなりました。

Salesforceさんには、検討を始めた当初から具体的な相談に乗っていただきました。グローバル企業ということもあって、国内や銀行に限らず、たくさんのノウハウをお持ちで、それを聞くだけでも勉強になりました。

これまで使っていたシステムを変えるとなると、データ移行も必要ですし、非常にハードルが高いんです。それでも変える決断ができたのは、こうしたサポートがあったからこそ。Salesforceにして良かったと思っています。

 

右:肥後銀行 代表取締役頭取 笠原慶久 氏
左:ノンフィクションライター 酒井真弓 氏

 

その地域にどんな銀行があるかで、地域の未来が変わる

酒井 最後に、肥後銀行が目指す、DXのゴールは何ですか?

笠原 地域の皆さんに、「肥後銀行があって良かった」と思ってもらえる存在になりたいです。

私は、その地域にどんな銀行があるかで、地域の未来が変わると思っています。新しい技術を使って変わり始めた企業と、昔ながらのやり方にこだわって波に乗れなかった企業とでは、早晩、雲泥の差がついていくはずです。私たちは地域の銀行として、地域企業のDXを後押しし、地域の未来を明るいものにしていきたいです。

 

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酒井 真弓
ノンフィクションライター

IT系ニュースサイトを運営するアイティメディアで情報システム部を経て、エンタープライズIT領域において年60以上のイベントを企画。2018年、フリーに転向。記者、広報、イベント企画、マネージャーとして行政から民間まで記事執筆、企画運営に奔走している。日本初Google Cloud公式エンタープライズユーザー会「Jagu'e'r(ジャガー)」のアンバサダー。著書『ルポ 日本のDX最前線』 (集英社インターナショナル) 、『DXを成功に導くクラウド活用推進ガイド CCoEベストプラクティス』(日経BP)、『なぜ九州のホームセンターが国内有数のDX企業になれたか』(ダイヤモンド社)

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