今井 千正さんは著書の中で、霞が関で官僚の方々が疲弊している現状について、警鐘を鳴らしておられます。今、霞が関は、働き方の点でどんな課題を抱えているのでしょうか。
千正 霞が関は不夜城だ、とは昔から言われ続けてきましたが、僕が入省した20年前は、組織全体に今よりもっと余裕がありました。若手は作業に追われている面がありましたが、政策づくりを担う課長補佐以上の人たちは、勤務中に資料を読み込んでインプットしたり、外部の人と会って情報収集したりする余裕もありました。
しかし、2つの点で状況は大きく変わりました。一つは業務環境の変化による労働密度が濃くなったことです。今はIT化でコミュニケーションのスピードは非常に上がりましたが、それで楽になったわけではなく、むしろ作業量は増えているのが実情です。昔は1時間かかっていた作業が5分で終わる。その分、楽になったかというとむしろ逆で、スピードアップした分、発注量がものすごく増えている。もう一つは政治状況の変化によるトップダウンの意思決定が増えたことや、求められる政策や執行のスピードが上がったことです。
その結果、若手官僚は作業に追われて疲弊してしまい、心身の不調で休む人や、辞める人がかなり増えています。このままでは「政策をつくる」「確実に政策を執行する」といった霞が関が本来持っている国民のための機能が立ちゆかなくなってしまう。これは、霞が関の労働問題を越えて、社会全体の問題だという危機感から、僕はあの本を書いたのです。
今井 本の章題にも「ブラック企業も真っ青な霞が関の実態」とありましたが、官僚の方たちはこんなに大変なのかと、あらためて驚かされました。
千正 霞が関では、手間暇のかかる昔ながらの仕事のやり方が連綿と受け継がれています。また、政治状況の変化によって、官邸主導によるトップダウンの政策決定が増え、突然の方針変更も増えています。
その結果、「自分は決められたことを形にするための高度な作業マシンになってしまった」「こういう政策をつくったら国民の生活が良くなるのではないか、ということに頭を使う余裕がなくなってきた」と訴える若手官僚が増えました。「辞める人が増えた」のも、それが大きな理由の1つだと思います。
内閣人事局の調査によれば、国家公務員が霞が関を辞める理由としては、「成長している実感が得られない」というのが非常に大きなファクターになっています。霞が関を就職先に選んだ人たちは、「政策をつくる」仕事に魅力を感じ、「国民に貢献したい」という思いをもって入省したわけです。ところが実際に入ってみると、資料作成や国会や関係者への説明対応に追われ、このままここにいても、ここでしか活かされない特殊技能が身に着くだけで本当の意味で成長できないのではないか、という思いに駆られてしまう。
こうした状況を改善するには、「昔から引き継がれ、今では意味がなくなった仕事」を止めて、業務を効率化しなくてはいけない。そして、確保した時間で情報を集め、頭を使って政策を考えるという方向に、仕事のウエートを変えていく必要があると思います。それによって、官僚の人たちがやりがいを持って元気に働けることと、政策の質が上がることの両方を実現したいわけです。
今井 私が千正さんの本を拝読して思ったのは、「なぜ民間は変われたのに、霞が関は変われないのか」ということです。私は新卒でNTTに入社したのですが、当時はまだNTTにも、電電公社時代からの公務員的な風土が残っていたんです。夜遅くまで働いて終電で帰り、また始発で出社するという感じで、「24時間戦えますか」という飲料製品のCMを地で行くような時代でした。
でも、あれから民間はかなり変わりましたよね。最近はNTTも、在宅勤務が一般化して、「決められた時間の中で成果を出す」という働き方に変わっている。それでNTTが衰退したかというと、売上が12兆円を超えるグローバル企業に成長しました。なぜ民間は変化していくのに、優秀な方が集まっている霞が関は変わらないのか、というのが率直な疑問でした。
千正 霞が関が変わらない理由の1つは、民間企業と違って、「数字」のガバナンスが利きにくい組織構造だということです。
民間企業では、働き方改革の流れで労働基準監督署のチェックが厳しくなり、労働基準法も改正されて、労働時間の上限を超えると罰則が科されるようになりました。ルールを守って業績を上げるためには、コストを削減して生産性を上げなければならない。その中で、企業はどんどん変わっていったと思うのです。皮肉にも霞が関が頑張った結果とも言えます。
一方、霞が関では、収益やコストによって組織の存続が決まるわけではありません。だから、単に、無駄だとか非効率だという実態があるというだけでは変わりにくいんですね。効率化にも工数がかかりますが、その優先順位が高くないんです。では霞が関が何によって変わるかというと、「外圧」によるガバナンスなんです。メディアや政治家から「これはおかしいから変えるべき」と言われ、世論の圧力が高まって初めて変わりだす。だからこそ時間がかかるわけで、これは霞が関特有の構造だと思います。
今井 たしかに、外圧頼みだと時間がかかりますよね。
千正 『ブラック霞が関』の出版と時を同じくして、国家公務員の働き方改革に強い思いを持つ河野太郎氏が国家公務員制度担当大臣となり、メディアでもこの問題が報じられるようになりました。その結果、2021年の骨太の方針に、初めて「国家公務員の働き方改革を進める」という方針が入ったわけです。
今井 では、霞が関の働き方を変えるために、どのような改革が必要だとお考えですか。
千正 霞が関の働き方を変えないといけないという方針が明確になった今、必要なのは具体的なソリューションと、働き方を変えていくための実践です。
それには3つの方法があると思います。
1つ目は、業務を棚卸しして、「そもそも本当に必要な仕事かどうか」を整理し直すことです。
例えば、「5点セット」といって、法案とセットで提出する資料一式があるのですが、今では必要性が乏しいので、誰も見ていない。ところが、相も変わらず「5点セット」がつくられ、ミスがないようにダブルチェック・トリプルチェックをするというムダな労力が使われています。まずは、こうした業務を洗い出し、「止める作業を決める」ことが必要です。
2つ目は、「必要な作業」として残ったもののうち、官僚が自らやるべき作業かどうかを仕分けすることが重要です。その上で、コールセンターのように外注できる仕事は外注し、ペーパーレス化を進め、定型業務や日程調整などの作業はどんどんシステム化していく。そうすることで、国家公務員が本来やるべきコアな業務に集中できる環境をつくらなければなりません。
3つ目は、国会の改革です。国会質疑の前夜に、国会議員から省庁に質問が通告されると、官僚は夜を徹して大臣の答弁メモを作成します。その労力もさることながら、いつ作業が発生するかわからないので、質問通告が来るまで待ち続けなければならない。国会議員から「今すぐこっちに」と対面で説明に来るよう言われることも多いので、テレワークもできないのが実態です。
今井 今、ペーパーレス化やシステム化が必要というお話がありましたが、少し前までは、欧米でも、役所の状況は日本と大差なかったように思います。パブリッククラウドを使うことにも抵抗がありましたし、個人情報保護についても厳しい規制があり、ファクシミリも多用されていました。
ただ、パンデミックでコロナウイルス感染症対策を迫られた時に、思い切って改革を進めた国が多かった。アメリカでは感染状況も深刻だったので、公務員の意識も大きく変わり、システム化やデジタル化が一気に進んだように思います。
日本でもある程度はそうした動きがあったと思いますが、スピード感はやや遅かったのではないでしょうか。逆に言うと、日本の官僚や公務員の皆さんは大変優秀なので、時間と努力を投じて何とかしてしまった、ということがあるかもしれないと感じています。
千正 おっしゃる通りで、何かを変えようとするとコストがかかるので、相当な外圧がないとなかなか変えられない。例えば「コロナ禍での病床使用率を把握して、迅速な入院調整をしなくてはいけない。でも人力では無理」となると、四の五の言っていられないのでデジタル化が進んだ。ただ、そういう動きが大いに広がったかといえば、まだ限定的な動きにすぎないのかもしれません。
今井 ただ、霞が関でも先進的な取り組みをされる省庁様が増えてきたように思います。次回は具体的な取り組みも交えながら、お話を伺っていきたいと思います。