少子高齢化・低成率といった日本を取り巻く環境が厳しくなる中、行政機関においてもDXによる変革は待ったなしの状況ではないでしょうか?しかしながらDXを進めることは、組織文化の変革やデジタル技術を活用した基盤の整備、高度なセキュリティの確保など多面的なアプローチが必須になります。その支援のために、総務省を中心に行政のDX化の支援のためさまざまな方策も打ち出されていますが、かぎりのある予算の中で人材の確保も厳しい地方公共団体(以降自治体)が、これらの支援を受けてもDX化を進めることは容易ではないことは想像に難くないのではないでしょうか?このような環境の中で、行政のDXを進め、より良い行政サービスを提供する方法を考えてみたいと思います。

 

地方公共団体の現状

日本は縦に長く、南部の温暖な地域と北部や山間の雪深い地域、沿海/山間、工業地域/農業地域/ベッドタウンなど、地域の特性や文化的な背景が大きく異なるため、地域の実情に合わせた自治を行っていくことが必要です。

今回のコロナ禍においても、地域個別の対応が重要なことを改めて実感されたのではないでしょうか? 現在の自治体は、インフラの老朽化、人口減の中での新しい街作り、多様化する住民ニーズへの対応など、より多くの課題への対応が求められて、それらの問題は複雑さを増しています。増えない税収の中、限られた人員を有効活用してなんとかやりくりしてきた自治体も、このままでは遠くない将来機能不全に陥ってしまう可能性があります。

 

この課題に対しては国を中心にすでに対策が打ち出されています。その中でも重要な施策のひとつがデジタルを活用した、自治体の行政改革、つまり自治体DXです。

しかしながらこの20年の電子政府の歩みや、行政改革の流れを考えると、DXどころかデジタル化さえもままならない自治体が出てくる可能性があります。

 

簡単に振り返ると、行政機関のデジタル化は、コンピュータ技術の発達とともに、行政事務を支え、効率化といった目的を達成してきました。しかしながら、今や積み上がったシステムが足枷となり、その予算のほとんどがメンテナンスや制度変更に消えていき、行政の課題を解決できる基盤とはなり得ていないことは、コロナ禍における特別給付金の混乱を見れば明らかです。

予算も限られIT部門に要員を割り当てるのでさえままならない自治体が、仕事の整理や事務の方式・組織体系を変えないままに、今回自治体DXの推進のための専門家を育て、標準システムを導入し、自治体DXを進め次のステージに進めることは非常に困難を伴うものであることは容易に想像がつきます。




 

 

もちろん自治体も対策を打ち出していて、予算や人材の課題に対応するために自治体間の『システムの共同利用』や『システムの開発・運用委託』業務を積極的に進めてきました。

 

本稿では、このシステムの共同化や委託に関して、より良いものにするためのアプローチについて考えていきたいと思います。

 

地方銀行の事例を参考に、共同化のポイントを考える


共同化で思い起こされるのが地方銀行の事例です。2022年春の段階で、90%以上の地方銀行が何らかの共同センターに加盟しています。黎明期から10年以上の期間が経過して、制度対応やセキュリティ面、そしてコスト面では共同化のメリットがあります。一方で、いくつかの問題点が顕在化してきました。金融庁のレポート(※1)によれば、主なものは、以下の3点です。

 

  • 新たなデジタル技術への機動的な対応が困難

  • 行内のデジタル人材不足と行内に蓄積するノウハウの希薄化

  • 共同センターにおける開発・運用コストの合理性への疑問

 

これら3点は、自治体のシステム共同化でも起こりうることです。これらに加えて、自治体システム共同化の問題点と言われている主要項目と、解決への視点をまとめたものが以下のチャートになります。

 


 

視点を変え、それぞれの組織としてのやらなければならないことの整理、共同化する単位を変えることで、今の問題や将来発生する可能性がある問題に対処できる可能性があることが、おわかりいただけるのではないでしょうか。

 

共同化をキーにしたデジタル化のアプローチ


自治体におけるシステムの共同利用や自治体クラウドなどの取り組みは一定の成果を上げたものの、課題が多いのも事実です。システムを中心に考え、それを共同で利用するという視点の共同化は、コンピュータリソースのシェアードサービスという観点では有益ですが、導入までのコストや事務全体の最適化や効率化、DXの推進といった観点では課題が存在します。

 

そこで行政事務を共同化すれば、これらの問題を解決しつつ行政が注力すべき課題に今までよりも時間を割くことができ、より良い行政サービスの提供ができるようになるのではないでしょうか?また、今までのように個々の事務単位でまとまるのではなく、主要20業務を中心にできるだけ多くの自治体業務を同じ枠組みで共同化することで、より多くの成果が得られる可能性があります。これは今の広域連合の枠組みを発展させれば、実現可能性は高いと思います。

 

あらゆる自治体が、基本的には同じ事務作業を行っています。この行政事務の大部分は、申請書の受付や書類の確認、簡易な問い合わせ対応など、事務処理の中でも付加価値の低い業務です。これらをRPAなどの技術で効率化を図る動きもありますが、事務の中でも付加価値が低く定型的なものを事務作業の中のノンコア業務と切り出して、共同化して外部に委託し処理すれば、貴重な職員の時間を重要な行政課題の解決といった、本来自治体が取り組むべき施策に振り向けることができます。

 

事務そのものを共同化することで、デジタル基盤は委託された事業体が整備することになり、システムの調達や運用から自治体職員を解放します。行政事務は法定事務としての基本部分は同じでかつ現在標準化も進んでいるため、標準プロセスとしてシステムを整備して共有します。もちろんそれだけでは全ての自治体の業務をカバーすることはできませんし、制度の細かい部分で違いがあることも事実ですが、現在のテクノロジーでは標準システムの外側にマッシュアップする形で機能を追加することは難しいことではなく、各自治体の独自施策と標準事務の共存も可能です。

 

議会や市民とのコンセンサスの問題はあるかもしれませんが、すでに窓口業務の民間委託などの事例は多数あり、市単位での事務センターの立ち上げなども進められています。事務の委託の共同化は、その方法やルールさえ整備されれば、(一部法整備も必要かもしれないですが)一気に進む可能性は大いにあると思います。

ここで重要なことは、ITに関しては民間の知恵を活かし、デジタル庁や総務省の支援をえながら一気に整備を進め、大規模な共同センターで規模の経済を働かせ、DXの基盤とコストメリットのある仕組みを整備することにあります。

今の手法で、1700もの自治体がそれぞれ標準システムを導入し、DXを推進するよりははるかに現実的なアプローチだと思います。

 

地域特性を考慮する

リスク低減の観点でも、コスト最適化・サービスレベル向上の観点でも、事務の共同化を担う団体は、複数創設されることが理想でしょう。具体的には、「東北」「九州」など一定のエリアに2、3社が同様のサービスを提供し、自治体はそのサービス内容からどの事業団体へ事務を委託するかを検討することが理想です。

 全国をカバーするようなサービス事業者が出てくることもあるかもしれませんが、雪国と南国では明らかに違った行政課題が存在します。そうした課題を考慮した対応を考えた場合、一定の地域でまとまった方が、メリットが多いように思います。また、その他の効果として、コンタクトセンターでの方言への対応や、特定の外国人の方への対応等、より丁寧な対応も期待できます。

 

共同化センターへのアウトソース成功のために

 


 


上図は、地域・広域の一括事務委託のイメージです。事務とシステムは一体となっていますが疎結合で、必ずしもすべての事務作業を委託する必要はありません。必要かつコストメリットのある部分だけを委託することもできます。

 

安心した仕組みとするために

事務の委託は、作業としてはそれほど難しいものではありません。民間では多くの事例もあり、実現する可能性は高いと思いますが、個人情報への対応やセキュリティの担保といった民間サービスよりも高度な配慮が必要になります。そこで、あらかじめ定期的な監査や、問題が発生した場合に改善命令を出せるような仕組みを入れ込んでおく必要があります。もちろんセキュリティを守る仕組みも、デジタル庁や関係機関と連携してベースラインを決めておく必要もあります。

 


 

このように、複数の機関が連携しながらPDCAを回し、安全でより使い勝手のよいサービスの提供基盤を構築できれば、将来の新しい制度が立ち上がった時も、迅速に行政サービスを国民に届けることができるようになります。

 

過去道州制などの議論もありましたが、文化的な背景や慣れ親しんだ県域の考え方を変えることは容易ではありません。また広域連合などの政策もありますが、まず作業だけを切り離し、それらをまとめて規模の経済を追求し、それを支えるIT基盤を専門家により構築・運用することは、個々の自治体がデジタル化を推進するよりも、より現実的で有益なものになると考えます。

 

最後に、システム共同化の先にある本格的なDXに向けた、「市民中心につながる次世代の電子行政プラットフォーム」についても素案を示します。これからは住民中心にワンストップで住民それぞれニーズにあった行政サービスを提供できるようになるでしょう。そのために、個々の業務は標準システムで提供しつつそれらを繋ぎ、それぞれの住民にあったサービスを提供できる基盤が必要です。またその基盤には、自治体独自の施策をローコード・ノーコードで素早く実現できる機能も必要でしょう。

 

最初に述べた通り、多くの自治体は非常に厳しい環境下でDX化を進めていくことになります。それらを成功に導くためにも、自治体自身がすべきこと、多くの仲間と共に一緒に取り組むこと、そして外部の知恵を活用することを見定めて、できるだけ早く次のステージに進むことが、自治体DXの成功のために進む道ではないでしょうか?

 


 

※1 金融庁「金融機関のITガバナンス等に関する調査結果レポート」より2020年6月より

 

 

待ったなし!自治体業務のデジタル化

パンデミックは現状の業務体制がいかにレジリエントではないかを露呈。同時にデジタル技術の効果を広く知らしめました。新型コロナの感染拡大に伴い、自治体での支援策整備について、京都府が「休業要請対象事業者支援給付金」のシステムをわずか1週間で構築したその裏側を取り上げました。
   
 



松本 一善
株式会社セールスフォース・ジャパン
インダストリーズトランスフォーメーション事業本部
公共担当 シニアマネージャー

大学卒業後、SIベンダーにて主に地方自治体の業務アプリケーション構築・運用を担当、その後米国ソフトウエアーベンダーに転職後、公共機関向けのデジタル化やDX化の支援の仕事に従事。セールスフォース・ジャパンでは新規事業開発やアライアンスを含め、国内公共機関向けのビジネス推進を担当。​
 

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