コロナ禍以降、私たちの生活は一層のオンライン化が進行しました。リモートワークが普及することでワークスタイルが変革し、自宅のリビングで新作映画をストリーミング視聴するということも日常となりました。このような新たな生活様式では、インターネットへの接続が不可欠となります。通信事業者にとってのビジネス拡大は、単に接続ニーズの増加だけで実現されるものでしょうか。実際には、ネットワーク接続サービスだけでは、差別化が難しくなり、競合他社との価格競争に陥っています。生き残りのためには、ネットワーク接続に依存したビジネスからの脱却が必要となっています。
通信業界は大きな転換期を迎えています。従来の音声通話は、次々とソフトウェアやオーバー・ザ・トップ(OTT)ソリューションに置き換えられ、コニュニケーションサービス自体がコモディティ化しました。マーケットプレイス、ソーシャルネットワークといったビジネスは、通信事業者のネットワークを活用し、その規模を拡大しています。大手テクノロジー企業やクラウドサービスプロバイダーとの競争は、通信事業者に対して、ビジネスモデルの見直しを求めています。通信事業者が新たな収益源を開発し、ビジネスの拡大を継続するためには、以下に挙げる戦略をアジャイルで実行していくことが不可欠です。
通信事業者は顧客に関する多くの情報(契約者情報、利用サービス、利用状況)を既に保有しています。こうした既存の顧客情報に加え、今後は通信サービス以外の利用情報なども集積することにより、より深い顧客理解が可能となります。顧客に関する様々なデータを顧客データプラットフォーム(CDP)で一元管理することで、その有効活用が可能となります。その結果、以下のような新しいサービスを創出できる可能性があります。
通信事業者は重要なパラドックスに直面しています。リアルタイムでの顧客接点とデジタルを含めた統合的な顧客ジャーニーの設計は最優先課題であり、同時に最大の挑戦でもあります。事実、IT リーダーの89%(*1)が、企業内にあるデータのサイロ化が企業のデジタルトランスフォーメーションを阻害していると認識しています。これにより、顧客中心の企業への変革が妨げられています。
この課題を克服することは、通信事業者にとって非常に重要です。顧客が求める便利で一貫性のある体験を提供するための答えは、組織内に孤立して存在するデータへのアクセスです。顧客中心のデータ駆動型のアプローチへと変革できた企業は、収益成長、顧客維持、および利益性といった主要なビジネス指標で優れたパフォーマンスを示すことができます。しかし、どのようにして顧客のニーズを予測し、競合他社の一歩先を進む包括的なデータ戦略を構築できるのでしょうか?
従来の接続サービスの提供だけでなく、顧客のことを十分に理解し、パーソナライスされたサービスを提供するには、コンタクトセンターへの入電、チャット、Eメール、Webページビュー、キャンペーン別の反応、購買行動、サービス利用など、あらゆる接点での顧客とのインタラクションでの情報を収集蓄積して、「顧客の360度ビュー」を実現することが必要です。しかし、ビジネスリーダーの88%(*2)が組織全体でデータを活用することが不可欠だと認識しているにもかかわらず、ほとんどの企業が具体的なデータ戦略を欠いています。
顧客データの一元化を行い、より洞察力のある、実用的で、信頼性の高いデータを手元に持つための解決策の一つは、顧客データプラットフォーム(CDP)を構築することです。通信事業者は、エンゲージメントデータ、顧客注文管理、ロイヤルティ、マーケティングジャーニー、プライバシー管理を結びつけることで、統一した顧客プロファイルを作成できます。さらに、AIを導入することで相関関係を分析特定し、望ましい結果をもたらす行動を推奨し、データ利用を次のレベルに引き上げることが可能となります。
VodafoneZiggoはボーダフォングループとリバティグローバルによるジョイントベンチャーとして2017年にオランダで設立されました。同社は390万人の固定顧客と520万人の携帯顧客にテレビ、インターネット、電話サービスを提供しており、このうち150万世帯がボーダフォンとZiggoの両方の製品を利用しています。消費者から個人起業家、中小企業から企業レベルの組織まで、幅広い顧客にサービスを提供しています。
VodafoneZiggoは、CDPを構築し、社内プラットフォームやデータレイク、パブリッククラウド、ウェブサイト、外部ソースからのインサイトを組み合わせることで、顧客に関するより豊かなインサイトを取得し、セグメンテーションとパーソナライゼーションを次のレベルに引き上げることに成功しました。パーソナライズされた適切なメッセージを顧客に送ることで、顧客エンゲージメントは大幅に改善されました。そして、顧客が期待するタイミングで、適切なチャネル経由で、一貫性のある顧客体験を提供することを可能にしました。これにより、顧客にとって信頼されるパートナーとなると同時に、マーケティング費用の効率性を高めることにも成功しました。
通信事業者は、顧客と仕事、教育、医療、エンタメなどの生活の重要な接点をこれからも提供していきます。顧客データを活用したアプローチを適用することで、より顧客との関係性を深められます。これが可能になれば、新たな収益源の創出に近づきます。業界を問わず、顧客データの活用によって、新たなビジネスの可能性が拡がると言えます。
*1: Mulesoft 2023年 接続性ベンチマークレポート(共同調査:デロイト・デジタル)
*2:『マーケティング最新事情』レポート(第8版)
顧客データを統合し、お客様が求めるマーケティングの実現に欠かせないCDP。その理由を解き明かします。
石井 トシオ
株式会社セールスフォース・ジャパン
インダストリーズ・トランスフォーメーション事業本部
常務執行役員 事業本部長
通信メディア業界を主に担当し、業界動向や海外でのDXへの取り組みに関するインサイトを基に、カスタマーエンゲージメント強化に関する様々なアドバイスを提供しています。セールスフォース入社以前は、戦略コンサルティングファーム、IBMにおいて、通信メディア業界のお客様のビジネス変革を支援。この業界で20年以上のキャリアがあります。