本ブログの第2回では、化学業界において、率先してCRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)/SFA(セールスフォースオートメーション)を導入・利活用することに挑むTrailblazer(道なき道への先駆者)たちが集まり、悩みや問題点を共有しながら解決策を探った様子をご案内。パネルディスカッション(パネリスト企業は株式会社クラレ、積水化学工業株式会社、東レ株式会社、株式会社レゾナック)、そして出席者約30人が6班に分かれて行ったワークショップ「世界で戦える化学メーカーになるためのデジタル変革を考える」を通して、化学業界におけるDX、とりわけCRM/SFA導入・利活用へのカギをご紹介する。

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【パネルディスカッション:苦労した点と対処法、今後の展望】

パネリストには、前半パートで講演を行った積水化学工業株式会社 環境・ライフラインカンパニー 営業DX統括部 営業DX課 課長の大橋拓平さんに加え、東レ株式会社 マーケティング部門 マーケティング企画室の宮澤貴裕さん、株式会社クラレ DX-IT本部 GDX推進部 GCRMグループ グループリーダーの今宮智子さん、レゾナック株式会社 コーポレートマーケティング部 プラットフォームグループ グループリーダーの竹内良一さん-の4人が登壇した。進行役はセールスフォース・ジャパン 執行役員 カスタマーサクセス統括本部の伊原滋章さんが務めた。

パネリストの企業はいずれもすでに Salesforce を活用中で、導入に当たって苦労した点や今後の活用についての話し合いが行われた。近年、製造業においてCRMやSFAの大型導入が増加しているが、有効活用に向けた課題の点で、業種ごとに特徴があることがわかってきているという。これらのシステムを導入し単に使うだけでなく、その先のビジネス成果にいかにつなげていくかという視点が重要であることが強調された。

 

◆ディスカッションテーマ(1)苦労した点と対処法
〜ビジネス成果につなげる視点、現場の理解を得ることが重要〜

<東レ>

  • 2020年にSales Cloud(SFA)、2021年にB2B commerce(法人向けコマース)、2023年からTableau(BI)を導入。
  • まずは、何からデータを入れたらいいかわからないことがあったので、Excelを使って現場でやっている業務を棚卸ししてもらい、その後Salesforceに一括登録した。
  • これは多くの方が経験すると思うが、データを入れるのが面倒だという現場の抵抗があった。ここは、効率化等のメリットを伝えても無駄で、現場の“訓練”が必要。現場からのフィードバックを踏まえてケアしてあげることも大事。
  • データがたまり出すと、どう使おうかという感覚がわいてくるので、レポートやダッシュボードを活用しようというルーティーンとなる。その際に、営業部長など、上司が何をどのように意思決定しているかの要素を整理することが重要。最初は事務局でつくるが、するとこの情報が足りないなど、現場の意見が出てくる。Salesforceから一旦離れて要件を整理することがポイントだと思う。

 

<クラレ>

  • 2017年からSales Cloudの導入を開始。現在はほぼすべての営業部隊が使用中。2018年からはAccount Engagement(MA)をメールマーケティングに活用している。
  • 案件をすべて入れれば、生産管理もできて需要予測にもつながって便利だとわかっているが、入力の負荷が大きく現場の反発も想定した。そこで、新規案件や注力案件などスコープを縮小し、まずは現場が重要だと考える情報を正しく入力することを優先する取り組みを進めている。1部門1部門、話を聞いていくという地道な活動をしている。
  • 事業内容が部門ごとにバラバラで、商談の入力定義やステージが揃わない。そのため、全社標準の用途区分、各部門のステージをまとめる「ステージ中分類」を導入し、全社データを横串的に見る環境を整備している。

 

<レゾナック>

  • 昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)が2023年に統合した企業。2022年からManufacturing Cloud(製造業特化型SFA)の導入を開始しているが、Sales Cloudについてはそれ以前に両社ともそれぞれ導入し、浸透活動を進めていたが、なかなか定着していなかった。
  • とくに、トップダウン的に入れたSalesforceがなかば“黒歴史”と化していた原因は、エンドユーザーに当たる営業部門の「ツールを押しつけられた」という感情と、「二重の業務は絶対にしたくない」という思いに応えていなかったため。DXも本来の目的は業務改善であり、デジタル化すること自体を目的にしてしまったら間違える。対象事業部の課題把握に努めるとともに、事業所へのライセンス付与を進め、工場や開発とのつなぎを取ることにより、改善が進み始めている。

 

◆ディスカッションテーマ(2)今後の展望
〜日本ならではの暗黙知も重要、経営に生かせる活用を〜

 

<東レ>

  • 事業部によって製品が多様なので1つで通すのは難しい。小さな改善から大きな改革へ、個別最適から全体最適へと舵を切った。ワークフローや意思決定の方法がそれぞれ違うので、スクラッチでやるとすごく時間がかかるが、Salesforceのカスタムオブジェクトが非常にうまく利用できる。1つのワークフローを組み立てるのに最短で1ヵ月、平均で2~3ヵ月くらいで要件定義からやれて、現場からも「こんなに簡単にできるのか」と受けがいい。
  • 日本企業は暗黙知を生かしてやってきた経緯があるので、これまでのKKD(経験・勘・度胸)が企業の強みにもなっている。これとデータドリブンとの“両利きの意思決定”を試みたい。日本企業ならではのSalesforceの使い方というものができればと考えている。

 

<クラレ>

  • PL(損益計算書)から出る売上利益の数字だけでなく、CRMから出る先行指標を経営戦略の意思決定に生かせるようにしたい。経営陣の巻き込みがまだうまくできていない。経営陣は総論として賛成しているが、その下のマネージャークラスに今までのやり方を変えたくないようなところがあるため、その間の風通しを良くしていきたいと思っている。
  • みなさんが言うように基幹システムとの連携がこれからの挑戦になる。また、データ品質の向上も課題で、データをうまく活用するために何ができるかに取り組んでいる。

 

<レゾナック>

  • 現場の対象事業部の課題をしっかり把握することが重要。それをどうSalesforceを使って解決するか。たくさんの事業部があるが業務の「型」づくりをしっかりやるように勧めている。ここがきちんとしないとうまく浸透しない。入力項目にしても、うちは特殊だからと言われることが多いが、B2Bである以上共通化できる。それも「型」のうちである。
  • CMO(チーフマーケティングオフィサー)組織に所属しているので新規案件におけるトライアンドエラーとその成功確率の向上に関心がある。ここはしっかりと可視化して、デジタルマーケティングとSalesforceの両輪によって、成果を出していきたいと考えている。

 

【ワークショップ:世界で戦える化学メーカーになるためのデジタル変革を考える】

ワークショップのファシリテーターは、セールスフォース・ジャパンのインダストリーズトランスフォーメーション事業本部 ディレクターの國村太亮さんが務めた。出席者はA~Fの6班に分かれ、グループワークとして自社DXの取り組みとそれを加速させるKey Enabler(成功へのカギ)を共有し合い、ホワイトボードと付箋を使ってグループごとに議論。最後にそれぞれ議論した内容をグループごとに発表した。

Key Enablerを見つけるため、経営の4要素である「ヒト」「モノ」「情報」「カネ」を縦軸に、横軸には「営業・マーケティング・物流」「生産計画・生産・技術開発」を置き、Key Enablerと思われるアイデアを書き込んでいくという方法で議論が進められた。以下にグループディスカッションの結果を簡単に報告する。

 

意見抜粋

  • 「ヒト」の項目では、DXの課題自体が明確になっていない部署や現場リーダーが多いため、DXの目的や効果を経営者にしっかりと理解してもらうことが重要という意見が出た。既にExcelでコミュニケーションできているからと言い返されることもあるが、KPI(重要業績評価指標)で突き詰めていくと答えられなくなるリーダーが多い。Excelはヒトによって入れ方が違うので、営業の中だけなら暗黙知になるが、開発や工場とのコミュニケーションには役立たない。DXは社内の様々な部署から広く協力が得られないと進まないため、事業部ごとにワーキンググループをつくり、推進者を立てて進めることが大切である。特に今後全社展開していくに当たっては、いかに人材を発掘するかが課題。興味を持ってもらい、関心に火を付けるような活動に挑戦したいとの話になった。
  • 「カネ」の項目では、教育や定着が進めば進むほど、利用ユーザー数が増え、ライセンスも多く必要になるため、その費用対効果をどう訴えるか。このような状況において、短期の投資効果が重視されるとなかなか進まない。費用対効果をどこに求めるかという議論が行われた。
  • 基幹システムとSalesforceへの二重入力の問題に対し、何が解決へのKey Enablerになるかを議論した。システム連携がカギになる。そもそも今の業務を単純にシステム化するのは最悪であり、その業務を何のためにやるのか、入力した情報が下流でどう使われているかなどを精査する必要がある。マスターの整備と、それ以前に目的や狙いを明確にすること、マスターのアーキテクチャーが適切にできているかなどの問題意識を持つこと、場合によっては入力項目をシンプル化して、かつ二重に入力する必要がない態勢を整えて活用を図るべきだという話し合いになった。
  • 「情報」の項目では、既導入企業は取引先・顧客情報をどう分類していくか、見える化するかがポイントであるという意見があった。特に、基幹システムで求められるマスター(製品中心)と、Salesforceのマスター(顧客中心)では性格に違いがあるから注意が必要であり、また、それに対する経営者の理解をどうやって求めるか、システム導入に当たってはマスターの統一、基幹システムといかにつなげるかインターフェイスを取るかといった意見が多く出された。

 

今回のワークショップではグループ内で積極的な議論が展開された。化学業界においてCRM/SFAを導入し、利活用を図るための実際的な気づきがたくさん得られたと思われる。全体としては、縦軸(ヒト、モノ、情報、カネ)からの議論が中心だった印象で、なかでも「情報」と「ヒト」の視点からの報告が多かった。とくに、「情報」では基幹システムとSalesforceへの入力が二度手間になりがちなことを課題だとする意見が目立った。マスターデータの統一やシステム間連携など、まさにこのあたりがKey Enabler(成功へのカギ)になりそうだ。また、システム導入そのものを目的にしてはいけないということも再三にわたって強調されていたように思う。それぞれの企業に特有の経営的な課題、各部署の仕事の流れの中で課題となる部分を明確にし、システム導入の目的をはっきりと描き出した上で、あるべき姿に向かって改革を進める意識を全体で共有することが重要だとわかった。

今回、参加者が活発に議論できたのは、やはり試行錯誤を重ねながら共通の目的に向かってプロジェクトを推進している各々の経験が共感を呼んだからだろう。また、コロナ禍での抑圧された状態が長く続いたため、人と人との顔を合わせた交流・情報交換にみなさんが飢えていたとも感じた。活発な交流は、イベント後の懇親会でも精力的に続けられたからだ。

同時に、化学業界における“DX”の本気度、真剣さも鮮明になった。このようなイベントに、次の機会があれば、ぜひ参加されるようにお勧めしたい。

 

化学業界にDXで変化が?
ポストコロナで加速する化学・素材業界のDX戦略

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本資料では、顧客価値創造の視点でDXを展開し、ビジネスモデルを変革、企業を成長させる方法について、ご紹介いたします。

 

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黒坂 厚
化学工業日報 記者

記者歴40年。スタートがコンピューター専門誌だったため、化学・材料・医薬業界の研究開発や生産現場におけるコンピューター活用を長年の取材テーマにしている。計算化学、情報化学、プロセスシミュレーションなどが専門だが、IT業界のメインストリームの話題にも関心を寄せてきた。

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