ご承知の通り、全産業に波及するデジタルトランスフォーメーション(DX)の大波は化学産業にも押し寄せている。その中で、グローバルCRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)に情報や業務を一元化し、顧客に対して最適かつ最大の価値を提供する取り組みを図る企業が増加。営業やマーケティングだけでなく、工場・生産現場や技術・開発メンバーも含む全社展開で部門間の垣根を越え、製販一体で生産性を向上させるなどの戦略も注目されている。しかし、目標に至る道は容易ではなく、さまざまな困難が立ちはだかることも事実である。そのためには、外部のコンサルタントらの助言も必要だが、ひとまかせの考え方ではなく、自社組織の事情や必要に合わせて自ら考え、納得しながら導入・展開を進めることがカギになるようだ。
本記事は、2023年3月22日に東京・箱崎のロイヤルパークホテルにおいて開催されたイベント「化学業界 Trailblazer Networking ~ 積水化学工業社の事例に見る Salesforce 導入のコツと今後の進め方」から、2回に渡って化学産業のCRMを活用したDXについて説明する。
今回はイベントの前半パートの講演「積水化学工業社事例に見る Salesforce 導入のコツと今後の進め方」を紹介しよう。お話しされたのは、積水化学工業株式会社 環境・ライフラインカンパニー 営業DX統括部 営業DX課 課長(2023年3月時点)の大橋拓平さん。
積水化学工業は住宅事業「セキスイハイム」でも有名だが、大橋さんの担当は鉄をプラスチック素材に置き換えたパイプやバルブなどが主力製品。最終的な顧客は建設・建築現場で専門工事を請け負うサブコンストラクターだが、代理店や販売店が間に入るためエンドユーザーが直接見えにくい業態となっている。
同カンパニーは2021年7月から Salesforce によるSFA(セールスフォースオートメーション)新環境の導入をスタート。販社・支店を含め全国83拠点への展開を完了し、Sales Cloud 約600アカウントでの運用を進めている。その他、リード(見込み顧客)創出のための Account Engagement やデータ分析ツールの Tableau も導入。大橋さんはSFA事務局での推進責任者の立場で、さらに十数名のSFA担当者が、各拠点に置いたキーユーザーらへのサポートを含めた浸透を図るという推進体制になっている。
大橋さんが推進責任者に選ばれた経緯としては、
-などがあげられるという。推進者の選任という点で、参考になるポイントだといえるだろう。
さて、今回の事例で特徴的だったのは、Salesforce 導入から効果創出までのステージ設定を緻密に行ったことだろう。コンサルタントを起用して、マイルストーンを明確に描き出した。導入直後から効果が出るようになるまで3年かかると想定し、5つのステージを設け、それぞれのステージの間に5つの壁があると設定したという。「コンサルタントはどういう壁があるかは示してくれたが、それぞれの壁を乗り越える方法は教えてくれなかった」と大橋さん。
「5つの壁を乗り越えるため、独自の手法を自分たちで考え、キープレイヤーとミッションを整理していった。そうしないと社内にノウハウが残らなかったと思う」という。
とくに、各ステージの達成基準については、SFAチーム内で十分に議論し、独自にクリア基準を設定。スケジュールも、当初予定にこだわらず、進捗度合いに合わせて柔軟に見直したとのことだ。それぞれの壁を乗り越えるために実施したPDCA(計画・実行・評価・改善)を行う際に、大橋さんは「自社の“言語”で考えることが重要だ」と強調した。「それぞれの壁に対して、それを突破するためのキープレイヤーが誰なのかを決め、彼らがPDCAサイクルで何をやるべきかをミッションとして明確化した。そのうえで、現行の会議や資料でやっていることを Salesforce に置き換えていくイメージがわかるようにした」と述べている。
具体例としては、「ステージ3に入ると現場ごとに違いが出てくるが、進め方の基準を決めて展開した。共通して基本となる準備項目を用意して進めるとともに、定例会議体で進捗状況の報告と課題共有を行った。また、達成基準はこちらで決めたが、達成したかどうかの判断は支店長や販社長などの現場の責任者に委ねた。こういうかたちでPDCAを回した結果、やり方が分からない、現状を変えたくない、総論賛成各論反対などと最初は抵抗勢力になっていた営業ライン長の方々が変化し、理解や協力が得られるようになっていったことはうれしかった」としている。
さらに、並行して教育・トレーニングにも力を入れ、ファーストステップとしてレポートやダッシュボード作成の基礎を学ぶセミナーを開催、論理的思考を強化するための研鑽会、KPI(重要業績評価指標)マネジメント研修を実施。また、メンバー全員に対してKPIとダッシュボードを活用するためのワークショップを開催し、スキルアップを促しながら、同社のDXプロジェクトを前進させていった。
今回のプロジェクトは、中期経営計画の営業DX化に合わせて進めてきたが、「これまでの取り組みは環境整備や意識改革が中心で、導入フェーズだったと思う。経営層からも求められているが、2023年度から2025年度にかけての新中計においては成果にこだわって次の3年をやっていくとわれわれも宣言している。そのため、4月から営業DX統括部の陣容を倍増する。将来的には、海外や新規事業の強化を視野に、国内でやっている業務はSFAなどの活用で属人化を廃して標準化・効率化し、成長領域にリソースを回せるようになればと思っている」と大橋さん。
最後に、企業が考慮すべき営業生産性指標として、「経営層はPL(損益計算書)ばかりを見て会議しているが、これは結果指標であり過ぎ去った数字。これからは先行指標である Salesforce の数字も見てもらいたい。PLから先行指標につなげるツリーをつくり、可視化して経営会議に使ってもらえるような準備をしている」と述べ、示唆に富んだ講演を終えた。
今回の講演では、積水化学工業が Salesforce 導入を進めるに当たってのリアルな情報もかなり細かく説明された。イベント出席者はそれぞれの社で実際にSFAを推進する立場の方々であり、参考になる情報が得られたと思われる。会場の空気の真剣さ、熱気が印象的だった。
ブログの第2回では、本イベントの後半パートで行われたパネルディスカッション(パネリスト企業は株式会社クラレ、積水化学工業株式会社、東レ株式会社、株式会社レゾナック)、そして出席者約30人が6班に分かれて行ったワークショップ「世界で戦える化学メーカーになるためのデジタル変革を考える」の様子を報告する。
日本の化学・素材企業において、研究開発や製造におけるデジタル化は進行しているものの、市場環境が激変する中で重要となる顧客との接点、つまり販売・サービスでは、欧米企業と比べて領域や深度で格差が出ているようです。
本資料では、顧客価値創造の視点でDXを展開し、ビジネスモデルを変革、企業を成長させる方法について、ご紹介いたします。
黒坂 厚
化学工業日報 記者
記者歴40年。スタートがコンピューター専門誌だったため、化学・材料・医薬業界の研究開発や生産現場におけるコンピューター活用を長年の取材テーマにしている。計算化学、情報化学、プロセスシミュレーションなどが専門だが、IT業界のメインストリームの話題にも関心を寄せてきた。