予測できない変化が起こり続ける時代のことを、ニューノーマル時代といいます。絶えず変化が続く環境で、人々が充実し満足する生活ができる機会を創出するために、企業はどのように行動すればよいのでしょうか。

そのひとつの基準になりうるのが「SDGs(エス・ディー・ジーズ:持続可能な開発目標)」です。

今、世界の企業や投資家たちが特に注目しているSDGsは、おそらく多くの方が一度は聞いたことがあると思います。しかし、SDGsがどのようにビジネスに関わっているのかを説明できる人は少ないのではないでしょうか。

そこでここでは産業ごとにどのような活動が求められているのか、国内における企業の動向、今後の展望などを紹介します。

 

SDGsとは

まずはSDGsの概要について簡単に紹介しましょう。SDGsとは、2015年9月に国連サミットで採択された、「持続可能な開発目標」のことです。すべての国と国民の「誰一人として取り残さない」ことを基本理念に、2030年までに達成すべき17の目標と169のターゲットで構成されています。

 

 
 

SDGsの認知レベルは高いものの世界と日本の間にはギャップが存在

2015年の採択から2021年で6年目を迎えるSDGs。その認知度、普及度は世界的に高まっています。コンサルティング会社PwCが世界規模で行った調査「ビジネスと持続可能な開発目標(SDGs)」にて、産業界におけるSDGsの認知度は92%で、SDGsの目標達成に向けて71%の企業が何らかの行動を開始していると報告しています。
一方、日本ではどうでしょうか。次のグラフは、PwCがサステナビリティ(持続可能性)に関する認知レベルを調査した結果です。2016年からの2年間で、SDGsの認知レベルはCSRやパリ協定などに比べて大きく上昇しています。しかし、それでも認知レベルはそこまで高くはなく、世界とのギャップが見てとれます。

 

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引用元:コーポレートサステナビリティP.2)

 

企業が直面する「社会的な潮流」とは?

「世界におけるさまざまな課題や変化は企業にとって決して他人事ではない。だから、企業にはSDGsへの参画が求められる」といわれます。では、具体的に企業が直面する「世界規模の社会的な潮流」とは何でしょう?
その問いの手がかりとなるのが、世界の在り方を形づくるほどの力を持った社会や経済のマクロな動きを意味する「メガトレンド」です。

 

企業が直面する「社会的な潮流」とは?

1. 急速な都市化の進行

2030年には世界人口約83億人のうち、約49億人が都市で暮らすようになると予測されています。特に人口の流入が多い新興国の都市部では、インフラのニーズが急激に高まるでしょう。道路や住宅、教育、医療、保安、雇用など、企業には多くの事業機会が到来します。

 

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(引用元:コーポレートサステナビリティP.5)

 

2. 気候変動と資源不足

人口増加の影響で、2030年までにエネルギー需要は2012年比で50%、取水量は40%、食料需要は35%増加すると予想されています。また、温室効果ガスの影響で気候が変動し、2050年までに北緯35度以南では水不足が発生。今後60年でアフリカの食糧生産性は最大で3分の1減少すると予想されています。食料や水資源をめぐる対立や政治的緊張、温室効果ガス排出量の規制など、ビジネスには直接的・間接的なさまざまな影響が及ぶと考えられます。

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(引用元:コーポレートサステナビリティP.5)

 

3. 人口構造の変化

世界の人口は均一に増加しているわけではありません。年齢、宗教、経済力などで人口構造が大きく変動すると見られます。2015年の調査では、先の10年で世界人口は約8億人増加すると考えられていますが、そのうち3億人は65歳以上です。高齢化が進み、労働力人口の割合が低下した国では、有能な若手人材の獲得や高齢労働者の雇用維持のために、より戦略的な人材マネジメントが求められるでしょう。

 

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(引用元:コーポレートサステナビリティP.6)

 

4. 世界の経済力のシフト

現在、途上国といわれる国々では人口の著しい増加と高等教育が進んでいます。E7(主要新興7カ国)における学位取得者はG7の3倍にのぼるとの試算もあります。高い教育を受けた若者たちの力で、途上国はますます経済発展していくでしょう。また、世界各地の現地人材の力が増すことで、現在は欧米出身者が多数を占めるグローバル企業の経営層でもシフトチェンジが進むと考えられています。成熟市場は影響力と資本力を失うなか、企業には事業戦略の再考が求められます。

 

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(引用元:コーポレートサステナビリティP.6)

 

5. テクノロジーの進歩

加速度的に進む技術革新のなかでも、特に目覚ましいのが情報通信技術です。インターネット、モバイル端末、データアナリティクス、クラウドコンピューティング、AIは今後も世界を変え続けるでしょう。この技術革新により消費者の期待や行動がどのように変化するのか、ビジネスモデルはどうあるべきか、という課題への取り組みは、今後あらゆる企業に要求されます。

 

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(引用元:コーポレートサステナビリティP.7)

 

産業ごとに求められるSDGsの取り組み

「目標1:貧困をなくそう」「目標2:飢餓をゼロに」「目標3:すべての人に健康と福祉を」……、と目標を提示されても、内容のスケールが大きいあまり、具体的に何をすればいいのかわかりませんよね? 実際、2015年の採択直後はベストプラクティス(参考にすべき活動プロセス)が不足していたため、SDGsに対して意欲的な企業でも、具体的な活動方針を策定するまである程度の時間を要しました。しかし、近年になり、産業ごとの活動指針がまとめられるようになっています。ここでは、持続可能な発展を目指すプラットフォームとして活動するUnited Nations Global CompactとKPMGが発表した「SDG INDUSTRY MATRIX ―産業別SDG手引き―」から、「食品・飲料・消費財」、「製造業」、「金融サービス」、「エネルギー・天然資源・化学」の4産業に求められる取り組み内容を一部抜粋して紹介します。

 

    食品・飲料・消費財産業

  • 小企業や起業家の事業を育成するために投資する。

  • 地域産品の市場創造や地方コミュニティを結ぶ物的インフラを開発する。

  • 原材料の生産、加工、包装、流通に利用する天然資源やエネルギーを低減する。

  • バリューチェーン全体で食品ロスと廃棄物を把握し、低減する。

  • 栄養面や衛生面での消費者の意識向上を促進する。

     

    製造業

  • 資源効率の高い機械や再生可能エネルギーのインフラ、技術を開発する。

  • 3D印刷などの革新的技術を製造工程に取り入れ、長期間の生産や試作に起因する廃棄物を削減する。

  • 低・中間所得国で現地調達された材料と部品の割合を増やす。

  • 再利用とリサイクル可能性の向上を目指した製品設計を行う。

  • 異常気象など環境的打撃や災害にサプライヤーがさらされないようにする。

     

    金融サービス

  • モノやサービスに対する確実な支払いを促進。金融保護を提供する。

  • 国際的/開発金融機関および政府系投資ファンドが機関投資家の投資リスク回避を支援する。

  • 長期的なキャッシュフローと消費の円滑化を可能にする。

  • より効率的な資本配分を支援する。

  • 年金基金や保険会社などの機関投資家および金融機関が、より長期的な視野に立ってインフラに投資す

     

    エネルギー・天然資源・化学産業

  • 採鉱・生産現場周辺の公共サービスが未整備の地域に、コミュニティで共有可能なエネルギーインフラを整備する。

  • 低炭素のエネルギー源やクリーン化石燃料技術に投資を行い、普及させる。

  • エネルギー源に関する十分な情報やエネルギー産業に関する知識を消費者と共有し、啓蒙する。

  • 労働災害によるリスクを抑えるために、他のステークホルダーと安全衛生に関するイノベーションを共有する。

  • 生産に使われたエネルギー量が少ない原材料を調達する。

 

国内における企業の動向

2019年12月に、日本の中長期的国家戦略であるSDGs実施指針が初めて改定されるなど、昨今では国内でもSDGs達成に向けた活動が活性化しました。産業界でも、同年5月に経済産業省が「SDGs経営ガイド」を発表。SDGs経営に取り組む際の指針や、その取り組みをどのように評価すべきかについて企業と投資家向けに取りまとめました。
企業や非政府組織が主導する取り組みでは、2019年4月に持続可能なパーム油ネットワーク「JaSPON(ジャスポン:Japan Sustainable Palm Oil Network)」が設立。一企業では難しいRSPO認証パーム油の調達と消費を産業界全体に促すことを目的に、味の素やイオン、エスビー食品、花王など、メーカー・小売・非政府組織の18企業・団体によって結成されました。
10月には、2050年までに使用電力のすべてを再生可能エネルギーで賄うことを目指す「再エネ100宣言 RE Action」が発足。同様の取り組みとしては「RE100」という国際的なイニシアチブがありますが、年間消費電力量が50GWh以上など、加盟には条件がありました。「RE Action」の対象となるのは、その条件から漏れた日本国内の企業、自治体、教育機関、医療機関等の団体です。加盟対象となる企業や団体は日本国内の約40〜50%、約400万団体に及ぶため、今後の再生可能エネルギーの普及に向けた大きなイニシアチブになると期待されています。

 

意外と高い、日本企業とSDGsの親和性

日本は島国という地理的な特性もあり、経済や文化面で独自の発展を遂げてきました。スマートフォンが普及する前、高機能カメラや絵文字機能など国際基準とは別方向に進化を遂げた携帯電話が「ガラパゴスケータイ」と呼ばれていたことは記憶に新しいでしょう。
そのような日本に、グローバルな視点から掲げられたSDGsが果たして浸透するのでしょうか?
実は、日本企業とSDGsはかなり親和性が高いという見方があります。

 

元祖SDGs? 近江商人と渋沢栄一の精神

近江商人とは、中世から近代にかけて活動した近江国(現在の滋賀県)出身の商人のことで、大坂商人、伊勢商人と並んで日本三大商人に数えられます。その近江商人が行動哲学としたのが、「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」のいわゆる「三方よし」。自分たちの都合だけでなく、顧客さらには地域社会の発展を考えて行動することが、結果的により大きな利益となるという考え方です。これはまさしく、途上国が抱える課題を解決して地球全体で経済活動を活性化させようというSDGsの理念と共通しています。
渋沢栄一は、「日本資本主義の父」と呼ばれる事業家です。2021年のNHK大河ドラマの主人公として注目されている人物で、生涯を通じて約500もの企業を育て、約600の社会公共事業に携わりました。その彼が理念としたのは「道徳経済合一説」です。企業の存在目的が利潤追求だとしても、その根底には道徳が不可欠で、国もしくは人類全体の繁栄に対して責任を持たねばならないという思想です。これもSDGsに共通する理念だといえるでしょう。

 

会社が社会のためにあるように、人もまた社会のためにある

渋沢栄一が関わった企業は、金融では第一国立銀行(現在のみずほ銀行)や三井銀行(現在の三井住友銀行)、各地方銀行など、インフラ関連では国内初の私鉄である日本鉄道や日本郵船の前身である共同運輸会社、他にも川崎重工業やキリンビールなど、多様な業界にまたがります。そして、その多くが現在でも業界を代表する企業として存在感を放っています。大企業へと至る成長を支えたのは、SDGsのゴールにあるような社会課題の解決に取り組んできたこと、そして会社が社会のためにあるように、人もまた社会のためにあると考える人材が能力を発揮したからでしょう。
社会に貢献したいという思いは、人にとって大きなモチベーションになります。それは、ミレニアル世代と呼ばれる今の若者たちでも同じです。ただ、ひとつ違うのは会社にはどのような新規事業を行い、どのような社会インパクトを創出しているのかを、はっきりと見せてもらいたいと考えているようです。

 

ステークホルダーの中心となるミレニアル世代の価値観を知る

ミレニアル世代とは2000年代に成人・社会人を迎える人たちのことをいいます。物心がついたときからITが身近にあったことから、デジタルネイティブとも呼ばれ、今後のイノベーションを主導していく世代ともいわれています。今後、消費者や従業員、投資家、起業家として、企業を取り巻くステークホルダーの中心となる世代でもあります。
ミレニアル世代の特徴としてよく挙げられるのは、「モノ」ではなく「コト」を重視する価値観を持っている点です。彼らはマイホームやマイカーといったモノの消費ではなく、イベントやボランティア活動への参加など、コトの消費を重要視します。この価値観は仕事に対する考え方にも表れています。ミレニアル世代を対象にした調査では、財務上のパフォーマンスや収益を重要視する雇用主との意識差が明確になりました。

 

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(引用元:SDGs経営ガイド P.16)

 

この調査結果からわかる通り、ミレニアル世代は社会課題を解決したいという思いが活動の原動力になっています。
また、ミレニアル世代はインターネットやSNSに囲まれて育ったこともあり、「情報はビジュアル的に示してほしい」という考え方を持っています。つまり、どのような新規事業を行い、どのような社会インパクトを創出しているのかを、企業はきちんと可視化し、発信する必要があるのです。
顧客や従業員としてだけでなく、投資面でもミレニアル世代の存在感は今後高まるでしょう。2030年から2045年にかけて、いわゆる団塊の世代からの相続がピークを迎えるといわれています。その総額は約3,300兆円から約4,000兆円と試算され、多くのミレニアル世代が投資行動に移ると考えられています。その際の彼らの行動が、仕事に対するものと同様に、社会的価値や地球環境を重視することは想像に難くありません。

 

「国連で採択」と聞くと遠い世界のように思うSDGsですが、日本の企業にとって意外と身近なものであると少しは感じていただけたのではないでしょうか。ただ、企業としてSDGsに取り組む際には、いくつかの注意点や備えておくべき知識があります。e-book「新時代のビジネス戦略『サステナブル経営』」で詳しく説明しているので、ぜひ参考にしてください。