プログラミングの知識がなくても、アプリやネットサービス、システムを簡単に作れるノーコード/ローコード開発ツール。
社内のIT部門やITベンダーに頼らずに、仕事を助けてくれるツールを自分で開発できるとして、注目を集めている。
米調査会社のフォレスター・リサーチによれば、2018年に4000億円だった市場規規模は、年率50%の成長を続け2022年には2兆円を超えると予想。
同じく米調査会社のガートナーは、2024年までに新たに作られるビジネスアプリケーションの50%以上がノーコード/ローコードプラットフォームによって構築されると予測し、長期的に人気を集めそうだ。
今注目を集める理由、有力プレーヤーの特徴は何か。そして本当に非エンジニアが作れるのか。──そんな疑問を解き明かすべく、今回、この市場をリードする3社に集まってもらい、鼎談を実施。
ライバル同士が垣根を越えてノーコード/ローコードを語り合った。
──今回は、みなさん、ライバルなのに快く鼎談をお受けいただきまして、ありがとうございます。
(3者)こんな機会めったにないですからね(笑)、よろしくお願いします。
──早速ですが、みなさん数年前からノーコード/ローコードでアプリやシステムの開発ができるソリューションを展開しています。最近になって盛り上がってきた印象ですが、感触はどうですか。
相馬(サイボウズ) 多くの企業はいま、DX(デジタルトランスフォーメーション)に積極的ですよね。
でも実際のところは、目の前の業務が優先されてなかなか着手できない、取り組み始めても現場の理解を得られにくい、といった課題があったのではないでしょうか。
それがコロナ禍でビジネス環境は一変し、変化に適応できなければ生き残れない状況になった。
DXにも本腰を入れて取り組まざるを得ない状況になり、その一環としてデジタル活用をスピーディーかつ低コストで推進できる「ノーコード/ローコード開発」に注目が集まっているのだと感じています。
平井(日本マイクロソフト) 相馬さんが言うように、直近の市場成長はコロナ禍が大きく影響しています。
突然状況が変わったことで、早急にビジネスプロセスを変え、それを支えるシステム・ツールを新たに早く作る必要が出てきた。
ノーコード/ローコードは、ソフトウェア開発の知識が乏しくても、自分たちに適したツールを容易に開発できるので、こうした状況に対応する一つの手段として注目されています。
ノーコード/ローコードによって、エンジニアではないソフト開発者、言うなれば“シチズンデベロッパー(市民開発者)”が増えていると感じています。
また、プロのエンジニアもすべてゼロからプログラミングするのではなく、ノーコード/ローコードを活用して、時間やコストを削減する動きもブームを後推していると思います。
岩永(セールスフォース・ドットコム) コロナ禍は、すべての企業に均等に襲ってきた危機で、お二人が話されたように、新たに生まれた課題の解決や、既存業務の進め方の見直しを一気に進める必要性が高まりました。
問題や課題の解決は、気づいた人がリードしてすぐに対応しないと間に合わないのに、従来のシステム開発期間のように、要件定義に2カ月、開発に1年、テストに4カ月かけてリリースするといった時間軸では間に合いません。
実際、新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、緊急事態宣言が解除されるまでの3カ月間に、リモートワークの整備など変化に対応できなかった企業は、顧客満足度も従業員満足度も大きく下がったと思います。
コロナ後のビジネス環境は、変化にどれだけスピーディに対応できるかが、より一層重要になる。だから、ノーコード/ローコードが注目を集めているのです。
──新型コロナウイルスまん延の「前」と「後」では、ノーコード/ローコードに対するニーズはどれくらい変化しましたか。
岩永 以前は、ノーコード/ローコードという言葉は認知されていなくて、当社のノーコード/ローコード開発ソリューション群「Salesforce Lightning Platform」を紹介するとき、別の日本語に訳さないと理解されませんでした。
でも、コロナ以降はそのまま使っても通用するようになったんです。肌感覚ですが「キャズムを超えたな」と。
──数字で表すと、どんな感じですか。
岩永 キャズムを超える前、つまりコロナ前のニーズが「1」で、キャズムを超えたという指標が「5」だとすると、今は「6」くらいのイメージです。
相馬 岩永さんが言葉を変換していたと話されていましたが、私も同じで、サイボウズのノーコード/ローコード開発基盤「kintone(キントーン)」も「業務改善ツール」という説明をしていました。
それが、ノーコード/ローコードという言葉で、自然に説明できるようになった。まさにキャズムを超えた実感がありますね。
平井 まさに私も同じ感触です。
数字で表すのはなかなか難しいのですが、当社のノーコード/ローコード開発ソリューション群「Microsoft Power Platform」の商談件数、マーケティング施策の反響を見ると、コロナ前後でニーズは三桁成長しています。
ノーコード/ローコード開発は、重厚長大なシステムよりも、身近なアナログ業務をデジタル化するのに適しています。
そうした観点から、リモートワークの弊害になった紙文書でのやりとりをデジタル化したいからノーコード/ローコードを検討している、という声も多いですね。
──海外と日本を比較すると、普及状況や活用の仕方に違いはありますか。
岩永 いくつかありますが、一つあげるとすれば、欧米諸国はユーザー企業で活用されることが多いのに対し、日本の場合、利用者がSIer(システム開発会社)などのITベンダーであったこと。
ITベンダーがユーザー企業に向けたシステムを開発するためのツールとして活用されてきたんです。
それがコロナ禍で変化しつつあります。日本企業も、ITベンダーに委託していたのでは間に合わないから、内製化して自分たちで作るようになってきました。
平井 確かに、海外では内製化が進んでいることもあって展開のスピードが速く、全社的にローコード/ノーコードプラットフォームを採用して活用範囲をどんどん広げています。
一方国内では、ユーザー企業が単独で内製化をスタートするのは難しく、パートナー企業が内製化を支援する形でローコードに取り組むケースが増えていますね。
相馬 普及状況という観点では、アメリカはかなり進んでいる印象です。
日本には、Salesforceさんやマイクロソフトさんなど強い相手がいますけど(笑)、プレーヤーの数自体はそこまで多くありません。
アメリカではニーズが強いから、この領域のスタートアップがどんどん出てくるし、大企業でも躊躇なく導入します。現場がそれぞれに希望するツールを求め、自ら開発して改善する動きが当たり前にあるんです。
一方で、日本は少し消極的かな、と。現場から積極的に業務改善を行い、システム部門がそれをサポートするような企業はまだ少なく、それが普及に向けての課題になっているように感じます。
──日本の場合、IT人材がITベンダーにいるケースが多いから、結果的に“丸投げ”する傾向があります。それを変えて、自分たちで改善していく文化を根付かせるのが、みなさんのビジネス拡大には重要ですが、難しいことのように思います。
相馬 確かに、今まで「システムのことはわからないから」と丸投げしていた企業は、自分たちで改善していくことに難しさを感じたり、予期せぬ対応への抵抗があるかもしれません。
しかし今は、多くの企業がこのビジネス変化に、早急に対応せねばならない状況に置かれています。
その点では、コロナが転換点になっており、自分たちで改善するようになった企業は、徐々に自社内でシステムを改善する文化が根付き始めていると思います。
平井 この半年間で「内製化」という言葉をよく聞くようになりました。エンジニアが社内にいない企業は、いざというときにクイックに動けないことを身にしみて感じたのだと思います。
ITベンダーとしても、ユーザー企業でローコード/ノーコードを活用できる人材の育成支援、内製化支援といったサービスを展開する企業が増えてきました。
今後は海外のように、社内で状況変化に対応する文化が広まると私も思っています。
──「プログラミングなしで簡単にツールが作れる」。素晴らしいですが、単純に「ホントに作れるの?」とも思ってしまいます。それを払拭するためにも各社のユーザー事例をいくつか教えてください。
平井 2つご紹介します。1つは東京都福祉保健局さんの事例。
東京都は2020年3月、医療機関がコロナ禍の重症患者の治療に注力するため、軽症患者をホテルなどが受け入れることを決めましたよね。
しかし、ホテル滞在時にも問診が必要で、看護師や職員が毎日患者さんの体調を確認し、手作業で入力していたのでは時間がいくらあっても足りません。
そこで、ノーコード/ローコード開発基盤「Microsoft Power Apps」を活用して、患者さん自ら毎日の体調をスマホから入力し、看護師や行政機関が管理できる「健康管理アプリケーション」を開発しました。
典患者用のスマートフォンアプリ
すごいのは、アプリケーションを作ると決めてから運用開始までが「2週間」だったこと。通常の開発プロセスで外部に委託していたら、医療現場は立ち行かなくなっていたかもしれません。
もう1つは、海外プラントの設計から建設を手がけている日揮グローバルさんです。
プラントの建設現場には、配管のサビ予防やバルブの締め忘れの確認など、「Punch」と呼ばれる残作業があり、大きな現場になると数万件のPunchが発生すると言われています。
Punchは現場監督者が巡回して見つけて、マネージャーに報告するそうですが、報告は口頭や紙、写真、Excelで作成した一覧表などフォーマットが定まっておらず、取りまとめるのに膨大な時間と手間を要していました。
そこで非エンジニアの新入社員に、現場の勉強も兼ねて課題解決できるアプリをMicrosoft Power Appsを活用して開発してみてほしいと依頼したところ、約3週間後にアプリができあがりました。
この効果はかなり大きく、プロジェクトで5万件のPunchがあったと仮定すると、短縮される作業時間は約5億円分の価値に値するそうです。
相馬 サイボウズからも2つの事例をお話しします。1つ目は大阪府八尾市の取り組みです。
八尾市は、大阪府が定めた給付金の枠組みからは外れてしまう事業者向けに、独自の「八尾市事業者サポート給付金」制度を作りました。
窓口での混雑・接触を回避し、職員の負荷を減らす必要がある中、八尾市はkintoneを活用して独自に開発に取り組んだ結果、2週間で「オンライン申請システム」をリリースできたのです。
それだけでなく、押印など付随する無駄な作業もなくして、業務全体の効率化も実現されていました。
2つ目は、油圧爪付きジャッキでトップシェアを誇る今野製作所さんの事例です。
今野製作所さんは創業約60年、従業員数約40名の企業で、リーマンショックの影響で売り上げが減少し、個別受注生産で挽回しようとされました。
しかし、各部門で持っている情報やノウハウを部門間で共有できていなかったため、年間数件の受注にしか至らず、業績にインパクトを与えられていませんでした。
そこで、受注から生産、納品までのすべての業務プロセスと課題を可視化し、kintoneで個別受注生産を加速するためのアプリを開発。
結果、年間数件しかなかった個別受注が年間200件にまで増え、さらにそれだけ受注してもパンクしない体制を作れています。
また、今野製作所さんは「攻めのIT経営中小企業100選」に選ばれていますが、実は社内にIT人材がいらっしゃいません。そのため、毎年新入社員にはkintoneでのアプリの作成方法を教えているとのことでした。
岩永 じゃあ、私もお二人に合わせて2つ(笑)。1つ目は、千葉県船橋市の保健所の事例です。
船橋市の保健所は当社と連携して、市民からのコロナウイルスに関する相談内容や病院の紹介、PCR検査の管理などができるプラットフォームを開発しました。
コロナ以前、保健所での管理は紙ベースでも事足りていましたが、緊急事態宣言下で通常の何十倍の相談が殺到することを想定すると、早急に管理体制を変える必要がありました。
そこで、Salesforce Lightning Platformを活用して1週間でプラットフォームを作り上げ、その1週間後には実稼働をスタート。
職員の手間を大幅に削減し、また聞き取り漏れもなくしたことで、現場がパニックに陥らずに済みました。
もう1つは、旅館の元湯陣屋さんです。
大正7年に創設された老舗温泉旅館の陣屋では、予約業務や顧客管理は手書きの台帳やホワイトボードなどアナログな方法で共有していたため、急な変更に対応できずに経営も悪化していました。
そこで、4代目社長は経営を立て直すためにSalesforceのソリューションを導入。予約台帳管理と会計処理のシステムを構築し、ホームページの予約サイトと連携させるなど、旅館経営に必要なアプリケーションを開発しました。
これにより、予約情報や顧客管理が一元管理され、全従業員がすべての情報をリアルタイムで把握できるようになって、情報の共有漏れや二重予約も解消。
しかも、スマホやタブレットでも使えるので、パソコンが使えない従業員も違和感なく使えるようになり、ビジネスは右肩上がりで推移。
今では弊社のAppExchangeから旅行業界向け製品を提供するパートナーにもなっていただいています。
宿泊、日帰り、売店など各売り上げを一元管理
──なるほど、ノーコード/ローコードは、窮地を乗り越えるために、「あったらいいな」を知識がない現場の人でも開発できる有効な手段であることが、事例から読み取れました。
岩永 ノーコード/ローコードは、業務課題を解決するアプリケーションを誰でも簡単に素早く作れる、いわば現場の救世主。
時間やコストも抑えられるので、労働力人口が減少し、効率化が求められる日本企業において、長期的に有効なソリューションになることは間違いありません。
また大げさかもしれませんが、私はノーコード/ローコードは3つのギャップを解消できると思っています。それは「ジェンダー(性別)、ジェネレーション(世代)、リージョン(地域)」の3つ。
ソフトやシステム開発者は圧倒的に男性が多く、年齢も若年層に偏っており、場所を問わず開発できるとはいえ、都心にいる人が多い。
でもノーコード/ローコードは誰もが簡単に進められますから、世代やジェンダーの垣根がなくなります。もちろん、ネットワークとパソコンさえあればどこでも開発できるので、場所も関係ありません。
もっとたくさんの人に、ソフトやシステムを開発する醍醐味を味わってもらうには、これまで縁遠いと思っていた人のハードルを下げる必要があり、それに貢献するのがノーコード/ローコードです。
だから、一過性のブームでは終わらせないし、人口減少や急速なデジタル化の波、未知の変化への対応など、さまざまな事情を考えても終わらないと思っています。
ノーコード/ローコードは、コロナを機にキャズムを超えた感覚はありますが、市場はまだ黎明期です。
だからこそ、日本マイクロソフトさんやサイボウズさんなどを競合と捉えるのではなく、「戦友」として一緒に市場を盛り上げたいと思っています。
「戦うのはその先」ということで(笑)、引き続きノーコード/ローコードの価値を共に広めていきましょう!
相馬・平井 「戦うのはその先」ですね!(笑)
私たちも一過性のブームに終わらせるつもりは全くありません。こちらこそ一緒に盛り上げていきたいので、引き続きよろしくお願いいたします!
(制作:NewsPicks Brand Design 執筆:田村朋美、編集:木村剛士、デザイン:小鈴キリカ)
あなたもアプリが作れる ノーコード新時代
①【入門】誰でもアプリを作れる時代が来た。噂の“ノーコード”を徹底解説
②【ライバル集結】ノーコード旋風は一過性のブームか本物か
③ 未経験者がアプリを3日で開発。ノーコードはどこまで使える?
④【異色エンジニア鼎談】ノーコード/ローコードで、身近な課題を解決したい
⑤【徹底分析】“toBテック”のGAFA? Salesforce 、爆速成長の「7つの秘訣」