2020年1月11日~14日、米・ニューヨークにて「NRF 2020」が開催されました。全米小売協会(NRF:National Retail Federation)が主催するこの展示会は、小売業界や流通業界を対象に毎年開催され、今年も参加者は世界約100カ国、約4万人に上りました。出展企業は800社を超え、会場では小売企業向けの最新テクノロジーが展示されたほか、さまざまなセッションが催されました。
この展示会は、全米最大級のイベントということもあり、ここで扱われたことがアメリカ小売業界の、ひいては日本の小売業界の最新トレンドとなる傾向にあります。日米の小売業界の動向に詳しいSalesforce 熊村剛輔(詳細プロフィール参照)と、実際に参加した同 小川哲(詳細プロフィール参照)に、NFR 2020から読み取れる小売業界と消費者の動向を聞いてみました。
ECが一般的になったいま、消費者は自分にとって都合の良いタイミングとコンテクストで商品を購入できます。小川は「商品を買うこと自体はオンラインでも可能です。消費者は、店舗でしか得られない体験を得るためにオフラインの店舗に赴くのです」と話します。ECでの購入と同様に、実店舗においても多くの消費者は自分の購買行動に沿った、パーソナライズされた接客や購買体験を求める傾向にあるというのです。
そして熊村は「現在の消費者は”待てなくなった”といっていい状態です」とも話します。「消費者は、ECの利用により時間的制約、地理的制約が少なくなったことで“自由”になりました。そのため、さまざまなシーンにおいて待たされることや手間、我慢することを厭い、フリクションレスな購買体験を望む傾向になったといえます」(熊村)。
そのような消費者の傾向がみられるなか、熊村は「NRFで大きく感じられたのは、“本気のCustomer Centric”が始まっているということです」と話しました。「Customer Centric」とは「顧客視点からビジネスを見直す」動きのことです。「アメリカの小売業界は、ビジネスの中心に顧客を据え、その中心にいる顧客にとって最高の体験をデザインし、それを具現化させるためのテクノロジーを実装しようとしています」(熊村)。
その具体的な動向を、NRFと実店舗の視察から把握した小川は「オフラインだからこそ可能な体験型の店舗が増加し、スマートフォンなどを活用してフリクションレスな顧客体験を向上させています。」
「また、ネットで注文して店舗で受け取るというスタイルも増えています」と指摘します。NRFにおいても、オンライン/オフラインを問わずどこでも買い物ができる「Anywhere Commerce」というキーワードが多用されていました。それを実現するため「最新のAI、ロボティクスを使った店舗運営の効率化や、商品自体を顧客好みにカスタマイズできるパーソナライゼーションサービスの提供も始まっています」(小川)。
さらに「店舗をショールームのように使って集客し“ブランド体験”の場とし、実際の販売はネットを介する、といったDtoCを意識した動きも見られます」(小川)とし、これによってよりサステナビリティを推しだそうとする店舗戦略も登場していると言います。
また熊村は「従業員目線を重視する傾向も強まっています」とも話しました。顧客中心のビジネスを展開する場合、来店した顧客にデジタル技術では補いきれない購買体験を提供するために、店舗従業員の質が問われるようになってきています。そのため「従業員教育によって業務知識を身につけさせたり、在庫情報や商品情報にすぐにアクセスできるようなデジタルデバイスを貸与するなどして雑用を減らしたりし、従業員満足度を向上させる店舗も増え始めています」(熊村)。従業員満足度と店舗売上との相関性が認められ始めていることからも、従業員目線を重視する傾向は今後も高まっていくことが予想できます。
小川と熊村は、そんなアメリカで展開されている新たな小売スタイルとして、HomeDepotとWalmartの事例を解説しました。
究極のDIYをサポートするHomeDepotは、スマホアプリの活用に力を注いでいる。アプリに近隣のMy店舗を設定し、たとえば補修したい自宅の壁紙を撮影して検索すれば、同等の壁紙がMy店舗に在庫があるかどうかを確認でき、店舗で購入するかネットで購入して配送してもらうかを選択できる。このように実店舗とオンラインを相互接続することで、オンライン売り上げが24.1%増加したほか、前者売り上げも7.9%増加した(HomeDepot Annual Report 2018より)。
Walmartは、実店舗でゆっくり買い物ができない顧客に対し、スマホアプリを使って「Buy Online Pick-up In Store(BOPIS)体験」を提供。アプリから商品を注文するとわずか20分ほどで店舗での受け取りが可能である旨の通知が届き、以降の時間いつでも受け取りができる。そして実店舗へ近づくとGPS検知によってアプリは「Store Assistant Mode」に切り替わり、店舗のどこで商品を受け取れるかを指示。店の入り口付近に設置してある無人の「Pick-upTower」を利用すれば、広い店内を歩き回ることなく、受取の列に並ぶこともなく、ほとんど時間を取られずに実店舗での受け取りが完了する。また、もしこの手続き中に値段が変動して低価格化した場合は、その差額が返金されるほか、返品についてもアプリから手続きできる。
さらに、一部店舗をWalmart Intelligent Retail Labとし、AIカメラやビーコンなどを店頭に配置し、店舗内データセンターにサーバを置いて在庫管理分析を行い、店頭の様子から需要予測、欠品補充などに活用している。そのほか、従業員向けの店舗トレーニングゲームをAppStoreで公開して、誰でもプレイが可能に。店舗でのスタッフの行動を広く認知させることにもトライしている。
アメリカの小売業界にて顧客視点からビジネスを見直す、「Customer Centric」の動きが見えるなか、日本の小売業界においても、新たな購買体験を提供する動きは見え始めています。小川はいくつかの小売業者の事例を挙げて解説しました。
2019年11月にリニューアルオープンした際、飲食店フロアにおいて、新宿ゴールデン街やニュー新橋ビルのような、あえて整備されていないような雑多な空間を作り出した。訪れた顧客はそこから店舗を探しだし、発見して喜ぶ、という体験を得られる。
スマホ向け「ニトリアプリ」をリニューアルし、来店前に情報を収集したりECで購入できたりする「おうちでニトリ」機能と、店舗でバーコードや商品画像を撮影して検索できる「お店でニトリ」機能を備えると同時に、アプリと店舗のどちらからでも見つけた商品を登録できる「お気に入り商品」機能などを備え、フリクションレスな購買体験を与える。
九州を中心にスーパーマーケットを全国展開する同社は、実店舗の一部に多数のAIカメラを配備。訪店した顧客の性別や利用しているカートの内容を把握し、店舗内のサイネージ前を通った際にその顧客に合った広告を切り替えて表示するという、パーソナライズされた顧客体験を実現している。またAIカメラは店内の棚の欠品状況を把握し、売れ筋商品の補充を従業員に促すなど店舗オペレーションを改善する。
実店舗店頭に新製品、試作品を配置し、ユーザーの反応をAIカメラで撮影する。どのような属性の顧客がどんな商品を手に取ったかを情報収集し、D2Cメーカーにフィードバックしている。
こうした最新の取り組みの具体例がありながらも、「日本における実店舗での購買体験提供の動きはアメリカに比べればまだ3合目ぐらいです」と小川は言います。その理由として、市場が拡大しているとはいえ、日本におけるEC化率が低いことを指摘します。「アメリカでのEC化率は約10%で、対する日本は約6%」(小川)で、アメリカではECへの抵抗が低く利用率が高い状況にあります。
この点について、熊村は、「店舗へのアクセスがあまり良くないアメリカでは、実店舗への集客が従来からの課題であり、デジタル施策を含んだ新たな購買体験の提供による集客は自然な流れといえます。」と話しました。一方「日本では、消費者にとって店舗へのアクセスは容易であり、従来から店舗での接客も洗練されていたため、これまで購買体験の提供やデジタル施策を加速する必要が生じなかったと推測されます」(熊村)。
実店舗での購買体験提供についてはやや後れを取っている日本の小売業界ですが、今後の取り組みに必要なこととして小川は「オンライン/オフラインの違いを意識させない、一貫した購買体験の提供が必要だと思います」と話しました。
消費者の「いつでも好きなタイミングで買い物をしたい、好きな場所で受け取りたい」という意識変化を受け止め、店舗受け取りもその1つの手段として考慮する必要があります。「ECでの購買履歴、SNSでの発言など消費者のさまざまなデジタル接点の情報をとらえ、パーソナライズされたサービスをオンライン/オフラインの区別なく提供することも必要でしょう」(小川)。
熊村は「ECと店舗の顧客を中心に据え、その購買体験を再定義する必要があると考えます。購買するだけではない、それ以上の広い体験をいかにして提供できるかを検討していくと、ECと実店舗それぞれで行うべきことが見えてくるでしょう」と話しました。
従来、企業側の都合で部門ごとに切り分けられていた顧客接点を統合し、日本の小売業界が得意としてきた店舗オペレーションにデジタルを取り込んでいくことが、今後の課題になります。
前述したような「消費者のさまざまなデジタル接点の情報をとらえ、パーソナライズされたサービスをオンライン/オフラインの区別なく提供」するために、Salesforceでは小売業のお客様に向けてユニファイドコマースというソリューションをご提供しています。Salesforceの考えるユニファイドコマースでは、店舗/ECの購買履歴、非購買になった商品、接客履歴、Webの閲覧履歴、カスタマーセンターへの問合せ履歴、アンケート結果など、顧客に関するすべての顧客体験を基にし、パーソナライズされた購買体験を提供します。
また、そういった顧客の姿を見極めることを目的としたデータを収集するため、Salesforceは「Be Everywhere Commerce」の考え方のもと、マーケティング/コマース/サービスを一気通貫で管理するソリューションを提供します。場所やタイミング、デバイスにとらわれずに消費者を特定し、常に消費者ごとに最適なECサイトやメッセージを構築し、消費者との繋がりを強めてフリクションレスな購買体験を提供することでさらに消費者のデータを収集し、よりパーソナライズされた購買体験を提供する……といったサイクルを生むことが可能になります。
マーケティングもコマースも顧客”接点”のひとつにすぎません。大切なのはどのような顧客”体験”を提供できるかということ。また、その実現において企業が改めて考えるべきことは、次の3つになるでしょう。
1.Trust
小売業者は、消費者に関する重要な情報を保有する立場になるため、セキュリティ・プライバシー・信頼性を、高い次元で構築する必要がある
2.Data
顧客にとって “企業側の都合” は全く関係なく、ベストな顧客体験を提供するのに、拡張した顧客接点からもたらされるすべてのデータがつながっている必要がある
3.Customer-Centric Experience
顧客を中心にして体験をデザインし、それに合わせたビジネスの仕組みの変革が必要になる
これからの小売業界において、顧客体験にテクノロジーは欠かせなくなります。Salesforceでは、上記3つのポイントを有したソリューションを提供し、小売業界での成功を力強く支援します。
【インタビュイー詳細プロフィール】
熊村 剛輔
株式会社セールスフォース・ドットコム
ソリューションエンジニアリング統括本部
デジタルマーケティング・ビジネスユニット
エバンジェリスト/マスタービジネスコンサルタント
小川 哲
株式会社セールスフォース・ドットコム
インダストリートランスフォーメーション事業本部 コンシューマー業界担当
マネージャー、リテール・ストラテジスト