本日は、連載全3回の最終回(第1回はこちら、第2回はこちら)。ABMの基本とそれがマーケティングと営業の間にある溝の解消につながるとした前回に続いて、今回はABMを実践するうえでの具体的な仕組みについて掘り下げます。意見を交わすのは、引き続き『究極のBtoBマーケティング ABM(アカウントベースドマーケティング)』の著者であるシンフォニーマーケティング株式会社 代表取締役の庭山一郎氏、当社のマーケティングディレクターである田崎純一郎、同マネージャーの秋津望歩の3名です。
秋津:アカウントベースドマーケティング(ABM)を実践するにあたって、これだけは守らなければならないことを挙げるとしたら何でしょうか。
庭山氏:繰り返しになりますが、スモールスタートでかまわないので、会社全体の戦略として位置づけることです。例えば、ある部門がABMをやりたいと思い、導入済みのセールスフォースオートメーション(SFA)に蓄積されているデータをマーケティングオートメーション(MA)に流し込んだとします。
ところが、既存顧客のデータに「ドントタッチ(触るな)」というフラグが営業によって立てられていた。営業としては、マーケティングが勝手なことをやり始めたから、「自分たちの顧客に触ってくれるな」と言うわけです。もちろん、これではABMは不可能です。会社の戦略だと、経営層からトップダウンで位置づけることが必要です。私はABMを説明するときに、「戦略」という言葉を必ず入れるようにしています。戦術でも道具でもなく、経営戦略なのだと位置づけて取り組んでほしいからです。
もう一つは、マーケティングのプロに手伝ってもらうことです。日本にはマーケティングのノウハウを持つ企業がまだ少なく、ツールだけ買ってきて本を読みながら自分でやるのは難しいです。実際、そんな生易しいものではありません。とにかく、最初は信頼できる専門家とともに取り組むことで、成功する確率は大きく高まります。
写真:「AIが進化しても専門家は必要」、シンフォニーマーケティング庭山氏
田崎:ABMの第一歩は、企業戦略として位置付けて、専門家とともに取り組むこと。次の段階として、具体的な仕組みをどうするかという話があります。前回お話されたデマンドセンターを構築するには、何が必要でしょうか。
庭山氏:ビジネスとは、案件を生み出す仕組み、その案件を仕留める仕組み、顧客を維持する仕組みなど、いくつものプロセスの連鎖で成り立っています。MAとSFAの関係はまさにそれで、この二つは強く連携し、一体化している必要があります。
SalesforceのPardotは昔から知っていますが、現在はSFAとの連携が強化され、驚くほどの進化を遂げました。多くのMAでは、SFAにデータを引き渡すという考え方の製品がほとんどです。しかしPardotの場合は、MAとして制作したデータをただSFAに渡すのではなく、データベースが完全に統合されていてシームレスに扱えます。これはまさに、ABMを実践するための強力な武器になるなと感じました。
田崎:当社はPardotだけでなく、Sales CloudやService Cloud、Marketing Cloudといった製品もありますが、その根底にあるのは「One Platform」という考え方です。
一つの顧客情報に対して、営業、マーケティング、カスタマーサポートなど、さまざまな部門がどうかかわったかを記録します。異なる製品でも、ユーザーエクスペリエンスを共通化し、同じ画面、同じ感覚で使えるように設計しています。
また、Sales Cloudでは集められなかったデータがPardot側にある場合に、それを使って人工知能(AI)でスコアリングを行うSalesforce Einsteinという製品も用意しています。最終的には、AIによるスコアリングを参考に優先順位を決めるだけで済むような環境を目指しています。これはOne Platformだからこそできる、Salesforceの強みだと考えています。
秋津:Salesforceでは、デマンドジェネレーションのための5つのステップを構築するために、Pardotや他のクラウド製品をつなげましょうと提案しています。
ピンポイントのソリューションを提供しているベンダーは多いですが、MAだけではマーケティングのためだけになりますし、SFAだけ推進するとどこから案件が来ているのか把握できないなど、それぞれで異なる課題が生まれてしまいます。
それを避けるには、同じプラットフォームのMAとSFAを使うことが理想です。また、単発の施策ではなく継続的にやるためには、MAとSFAで管理する情報の整合性を維持することが必要です。そのためにはデータ管理が重要であり、同じプラットフォームであることの必然性はより高まります。
田崎:営業現場のことをマーケターが理解するためにもOne Platformであることは重要です。優れたマーケティングを行うためには、なぜ顧客は購入したのかという事実や事例を集めなければなりません。そして、それは営業現場に転がっているケースがほとんどです。それらがきちんとしたデータとしてSFAで管理されていて、マーケターも利用できれば、効果的なマーケティングコンテンツを楽に作ることができます。
秋津:庭山さんは、これからは代理店の営業とのコミュニケーション管理、いわゆるパートナー管理(Partner Relationship Management、以下PRM)も重要になると書かれていますが、その理由は何でしょうか。
庭山氏:ABMは戦略であり、その上に載る戦術がPRMです。現在、米国のPRMには二つの流れがあります。一つは、いかにパートナーを作るか、どうトレーニングしてもらうか、マーケティング予算をどうコントロールするか。もう一つは、デマンドセンターで作られた案件をパートナーに渡して、いかに売上を上げるか。後者は新しい流れで、これから大きな潮流になると考えています。
販売代理店の営業にとって、もらって本当にうれしいもの、やる気が出てくるものは、メーカーからの賞状や盾などではなく、売れる案件です。メーカーがしっかりとデマンドセンターを構築して案件を作り、代理店に渡すこと。その代わり、3営業日以内に電話してアポを取り、その報告をしなかったら、次は渡さないよと伝えること。
PRMで成功している米国の企業は、パートナーの営業をすごく優遇しますが、同時に厳しいルールも敷いています。例えば、同じエリアでパートナーが5社いて、1位には優先的に案件が下りてくるが、3営業日以内にアクションがなかったら、この案件の権利は2位に移って、1位だったパートナーは5位に落ちてしまう。つまり、さぼったペナルティーです。メーカーの言い分としては、ものすごく投資をして作り出した案件を粗末にして自社のブランドを傷つけるような代理店には、チャンスはあげないよというわけです。直販より代理店経由の販売が多い日本では、より重要になります。
秋津:Salesforceでも、まさにPardotやCommunity Cloudを使ってPRMを実践しています。(詳細はこちら)Salesforce側で作った案件をパートナーに渡したり、逆にパートナーからリードをもらったりする際、Pardotの情報を共有できます。どのパートナー経由か、どんなマーケティング施策が最終的に案件化したのかなど、案件化したあとの情報も把握できるので、メーカー側とパートナー側の両方で使えます。
田崎:他には、いい代理店の担当者をスコアリングするために使うケースもあります。代理店担当者を相手にしたマーケティングですね。代理店は複数社の製品を扱っていますが、メーカーとしては自社製品を優先的に売ってほしい。そこで、定期的にメールで情報を渡して、クリック率の高い人を優遇します。また、パートナーA社とB社があって、B社のほうがメールの開封率が高くて案件も登録してくれるのであれば、B社を優遇します。
写真:右からシンフォニーマーケティング庭山氏
当社プロダクトマーケティング秋津・田崎
秋津:先日発表しましたがPardotが日本語化されることで(詳細はこちら)、より幅広いマーケターや営業の方に使っていただけるのではないかと期待しています。日本語化が、ほんの少しでも導入の敷居を下げて、初めてのMAとして使っていただくきっかけになればと考えています。
庭山氏:当社も、これからはパートナーとしてPardotを扱っていくことになります。Salesforceさんとは、実は長い付き合いで、AppExchangeもかなり早い時期から取り組んでいました。当社のお客様は中堅以上が多く、グローバルプラットフォームになる製品を必要としているので、Pardotはそこにフィットします。SFAとしてSalesforceには圧倒的シェアがあり、使っているお客様も多いので、ものすごく相性がいいと考えています。
秋津:現在、Pardotをお使いのお客様としては、中堅中小企業や100人以下のスタートアップが圧倒的に多いです。今後、大企業にも訴求していくうえで、シンフォニーマーケティング様と一緒に展開することは高いシナジーがあると考えています。シンフォニーマーケティング様のコンサルタントは運用までカバーされているので、ツールの導入後もしっかりとサポートしていただけます。お客様と一緒にマーケティング戦略を考えて実施するところは、私たちではカバーできないので、その点にすごく期待しています。
田崎:トレーニングジムで例えるなら、Salesforceはマシンを提供している立場ですが、結果を出すにはいいトレーナーが不可欠です。その役割をシンフォニーマーケティング様に担っていただくことで、ともに日本企業のマーケティングを革新していきたいですね。