本日は、連載全3回の第2回目。(第1回はこちら)日本企業が苦戦する原因はマーケティングの不在にあるとした前回に続いて、今回はその課題解決の糸口となるABM(Account Based Marketing)を掘り下げます。意見を交わすのは、『究極のBtoBマーケティング ABM(アカウントベースドマーケティング)』の著者であるシンフォニーマーケティング株式会社 代表取締役の庭山一郎氏、当社のマーケティングディレクターである田崎純一郎、同マネージャーの秋津望歩の3名です。

写真:シンフォニーマーケティング 庭山一郎氏

日本企業の営業に必要なものはデマンドジェネレーション

秋津:日本企業にはアカウントベースドマーケティング(ABM)が根付く土壌があるとのことですが、そもそもABMとはどのようなマーケティング手法で、普及するためには何が必要になるのでしょうか。

庭山氏:ABMの定義については、実は本場の米国でもまだ定まっていません。私は、「全社の顧客情報を統合し、マーケティングと営業の連携によって、定義されたターゲットアカウントからの売上最大化を目指す戦略的マーケティング」と定義しています。

ABMを説明する前に、まずデマンドジェネレーションの必要性について理解しておく必要があります。なぜなら、ABMで成功するためにはデマンドジェネレーションやその担当組織であるデマンドセンターが不可欠だからです。ところが、これまで日本企業では強く意識されてきませんでした。

例えば、日本企業が海外に進出したときの勝率は非常に低く、なかなかうまくいきません。うまくいくケースは、ほとんどが2つのパターンに分かれます。1つは個人が超人的に頑張るケースで、日本企業の成功事例として多いです。もう1つは、現地で非常に強いネットワークをもっている代理店に売ってもらうというケースです。ところが、日本に来ている海外企業はどちらもありません。では何が違うのか。

現地で採用した営業や販売代理店の営業に、製品のトレーニングをするところまでは一緒です。海外企業は、さらにセールスだけでなく並行してマーケティングのトレーニングをやりますが、日本企業にはこれがありません。

海外企業の営業は、セールストレーニングが終わって、売れるスキルと情熱を持った人には、いい案件が降ってきます。日本企業にはこの案件が降ってくる仕組みがないため、立ち上がらないわけです。案件を売る力はあるのに、そもそもその案件がないということです。

ビジネスとは、案件を作る仕組み、案件を仕留める仕組み、顧客を維持する仕組みといったプロセスの連鎖です。日本企業は、受注、納品、代金回収は強いのに、案件創出のところが弱いため、海外に出ると苦戦してしまう。それを学んだ企業が、「デマンドジェネレーションをやりたい、デマンドセンターを作りたい」と言い始めています。

デマンドセンターの構築に必要な5つのステップ

田崎:日本企業が海外企業との差がマーケティングやデマンドジェネレーションにあると気づいたとして、デマンドセンターを作るには具体的にどうすればよいのでしょうか。

庭山氏:デマンドセンターの構築に必要なプロセスは次の5つです。

  1. リードジェネレーション
  2. データマネジメント
  3. リードナーチャリング
  4. リードクオリフィケーション
  5. リードトゥオーダー

「リードジェネレーション」は、見込み客の個人情報をどのように集めるかです。社内に散在してある名刺情報などのデータを収集することも含めて、展示会で集めたり、SEOで集めたり、方法は様々です。

その次が「データマネジメント」です。名寄せや競合の排除、企業と個人のひもづけ、企業情報にどう属性情報を付けていくかなど、日本の場合はこれがすごく難しい。

「リードナーチャリング」は、見込み客を啓蒙育成することで、ここに事例などのコンテンツが必要になります。その見込み客をどう絞り込むかが「リードクオリフィケーション」で、スコアリングなどと呼ばれます。

最後が、「リードトゥオーダー」で、どうやって営業に渡してフィードバックをもらうかです。

これに「How to」を付ければ終わりです。それぞれの企業の中で、自社のマーケティング環境、ポジション、製品優位性、直販か代理店販売なのかで変える必要はありますが、決して難しいものではありません。

営業の案件アクセプト率を高めるABM

秋津:リードを作って、データを整え、ナーチャリングを行うところまではいいとして、クオリフィケーションのところで営業が認めるものができないという悩みをもつマーケティング担当者も多いですね。

庭山氏:ABMが生まれた背景にも、クオリフィケーションが絡んでいます。2000年初頭にマーケティングオートメーション(MA)が出てきたことで、マーケティングとして案件を供給することは以前よりスムーズになり、質・量ともに向上しました。ところが、次は営業のSAL(Sales Accepted Lead)という大きな壁が立ちはだかりました。

2000年初頭のSALは20~30%。現在でも平均的なデマンドジェネレーションのSALは50%と言われています。言い換えれば、イグノア率(無視率)が50%ということですが、この数字は米国だと「費やしたお金の半分がムダになっている」と厳しい評価が下されます。そこで、あの手この手でイグノア率を下げようと試行錯誤した結果、一番成果が出たものがABMだったというわけです。

日本の場合は、SALは10%どころかゼロという企業も少なくありません。マーケティングにまったく頼らずに、営業だけで作った売上が100%という企業が圧倒的に多いのです。「うちのマーケティングは頑張っているよね」という企業でも、10%を超えることはなかなかありません。そういう意味で、日本と米国の差はまだまだ大きく、それを一気に縮めるためにABMに取り組む価値があると思います。

私はABMのことを「営業の視点で再設定したマーケティング」と説明しています。営業としては、マーケティングの感性と視点で絞り込んだ見込み客を追いたくないというのが本音です。クリック率やコンバージョン率には興味がなく、ただ実数が欲しいのです。営業にとっては、確度の高い案件が何社あり、電話したときに手ごたえを感じるか、訪問したときに案件になるかがすべてなので、その視点でマーケティングも設計しなければなりません。

写真:右から庭山氏、当社プロダクトマーケティング秋津、田崎

ABMを企業戦略として位置付けることが重要

田崎:ABMで成功するためには、営業視点のマーケティングが重要とのことですが、マーケティングと営業が互いに協力し合ってアカウントプランを作るための秘訣はなんでしょうか。

庭山氏:ABMを企業戦略として位置付けることです。組織横断型の取り組みなので、経営層が「売り方を変える」という意思決定をして、そのために戦略を立て、組織を作らないとうまく回りません。

日本の営業は、非常に製品指向だという特徴があります。事業部ごとに製品があり、製品ごとに営業がいます。ところが横串で見ると、売っている製品は違っていても、営業している先は同じだったという話があります。

しかし、これがなかなか見えません。そこで、横串を通したアカウントベースのデマンドセンターを作ると、初めてそれが見えてきます。でも顧客には最初からそれが見えていて、「事業部が違っていても同じ会社なのだから、シナジーのある提案はないの?」と思われているはずですよ。

組織横断デマンドセンターのもう一つの効果は、リードデータの共有です。例えば、事業部Aでは、ある製品をどうしても売りたいが、なかなか売れない。弱小部署なのでリードデータもほとんど持っておらず、困ったと言う。そこで、どの企業のどの部署で何を担当している人に売りたいのか聞くと、その人がいる部署とは、社内の事業部Bが取引しているというのがわれわれには見えてきます。そこで、事業部Bの顧客データと統合すると、事業部Aにとっても非常にいいリードになるということがよくあります。

顧客を“点”ではなく“面”で抑える

秋津:顧客企業の「A社って、こんな製品売っていたんだね」や隣の部署の「ここの会社、うちの顧客だったんだ」という機会損失を防ぐことができる点が、ABMの特徴であり、これまでのマーケティングとは一線を画するところですね。

庭山氏:ABMには、「顧客企業からの売上を最大化する」という明確なミッションがあります。以前は、製品を売っている営業とその製品を必要としている顧客企業のエンジニアや購買部といった、点と点の関係でした。たくさん売れている場合は、その点がたくさんあるということでした。

ABMはこれを否定して、面で抑えようというコンセプトをもっています。たくさんの商材とたくさんの事業部、エンジニア、研究開発部、購買部という相手を面でカバーするわけです。これを実現するには、データとコンテンツの高度なマネジメントが必要ですが、うまくいくと圧倒的な威力を発揮します。

マーケティングと営業の間にある溝を埋めるABM

田崎:私は、MAやSFAの導入現場を見ていると、マーケティングと営業の間にはいまだに深い溝があると感じています。営業はマーケティングを理解しないまま、出てきたリードに対して「売上にならないじゃないか」と不満を抱く。営業には、会社の売上を担っているという自負もあるし、社内での発言力も強い。マーケティングは、そんな営業とうまくコミュニケーションが取れず、さらに彼らを納得させられるだけの十分な材料をそろえられないという悪循環に陥っています。

秋津:営業からマーケティングに行く人はいても、マーケティングから営業に行く人はめったにいないことも、互いに理解が進まない原因になっています。マーケティングが何をしたいのか、あまり理解していない営業は多いです。

田崎:ABMは、営業とマーケティングのコミュニケーションを促し、両者間の溝を埋めることができると思います。おそらく、これまでは数字を基にした会話をしていないでしょうから、少なくとも両部門間のコミュニケーションのきっかけにはなるはずです。その際、ターゲットのお客さんにどういった商品を売るのか、アカウントプランを用意するのは営業の役割であり責任です。

第3回に続く。