メディアビジネスの未来、前回は「DIGIDAY[日本版]」編集長の長田真氏による講演をお届けしました。ユーザーのデジタル化が進む一方で、メディア企業はどのようにデジタルを利用して、より良い顧客体験を届けるべきでしょうか。今回は、長田氏とセールスフォース・ドットコム マーケティング本部ディレクター加藤希尊による、パネルディスカッションした模様をお届けします。

顧客と読者の違い

加藤:「マーケティングに積極的なBtoC企業にインタビューを行った際、うまくいっている企業は、どの企業もきちんと『顧客にとってどのような価値を提供するか』か、はっきり定義をしています。この点メディア企業では、顧客に対して、どう考えているものですか?」

長田氏:「パブリッシャー(出版社、新聞社)は顧客ではなく『読者』というふうに認識しているところが多いです。メディアの考えとしてはまず新しい考えを提示して、そこに『読者』に集ってもらうという考え方が強いものです。

それに対して、米アトランティック社では顧客体験の担当者を置いて、対応するなどの動きも見られます。ただ一般企業と違って、パブリッシャーが完全に顧客主導になってしまうと、フェイクニュースや、タイトルであおる“釣り記事”のようなものが優先されてしまう可能性があります。パブリッシャーはうまくバランスを取り、顧客体験をしっかりしたものにしつつ、メディアとしての矜持を見せていこうと考えているのではないでしょうか。」

上手くいっている企業の共通点

加藤:「なるほど。ではそういう点で言えば、うまくブランド軸を立てている企業の例は、メディア企業にも役立つという見方もできるわけですね?

もう少し話を進めてみましょう。これらのBtoC企業は、顧客に「これこそ私のブランドだ」と思ってもらうために、非常に注力しています。これを「マイブランド」とここでは呼ばせてもらいますが、従来はBtoC企業も、製品やサービスを起点として、いわば「プロダクトアウト」の世界でした。しかし最近では、「顧客体験の価値」こそビジネスの源泉であるということに気づいて、この戦略を180度転換して、一部の先進的企業は顧客の立場から戦略を立てているのです。

私がお話をうかがった、マイブランドを実現できている企業には7つの共通点がありました。

  1. カスタマージャーニー戦略 : 顧客視点がマーケティング戦略に組み込まれているか
  2. 企業メッセージと顧客文脈のマッチ : 自社が伝えたいことと、顧客が受け取りたい・体験したいという文脈がマッチしているか
  3. テクノロジーの活用 : カスタマージャーニーに沿ったテクノロジーやデータベースの活用がなされているか
  4. 企業の上層部も含む協力体制 : 企業の上層部が顧客軸へのシフトを理解し、支援しているか
  5. マーケターのリーダーシップ : 上層部や他部門からの支援を引き出せるマーケターのリーダーシップが存在しているか
  6. 施策の実行と安定した運用 : 施策のPDCAをスムーズに運用できる体制があるか
  7. 信頼できる外部アドバイザー  : 信頼できる外部アドバイザーが存在するか

以上の7つです。」

この後ディスカッションでは、この7つの共通点をもとに、メディア企業ではどのような取り組みが行われているか、という観点で、話が展開されていきました。

日本にCMOはあまりいない

長田氏: 「5番目に挙げた、『マーケターのリーダーシップ』というのは気になりますね。」

加藤: 「これはGDO様というゴルフに関する総合サイトを運営されている企業様での取り組みなのですが、以前は『メールを出せば出すほど売れる』という考えのもと、結果として1人につき、1日20通ぐらいになるほどメール配信が行われていました。

このような状況下から、より良い顧客体験を提供するために、従前のプロモーションの方法と、送付内容をコントロールして配信する方法とを比較して、売上に差があったかなかったかを検証していきました。難しいハードルではありますが、このようにデータを使って成果を出しながら、社内を説得していくということがマーケターに求められています。」

長田氏: 「CMOというのはアメリカでは当たり前の考え方なのですが、こういった動きは日本においても進んで来ているのですか?」

加藤: 「正直言って進んでいないと思います。100社ぐらいのマーケティングの責任者とお会いしていますが、CMOの肩書きのついている企業は、ベンチャー的な企業か、もしくはグローバル展開している企業のどちらか。今まではマス広告が主流で、デジタルが台頭してきたのが2008年ぐらいから。組織の融合は進んでおらず、今は広告宣伝部長が兼任という形の企業が多いです。」

プレゼンする人が重要になっている

長田氏: 「古い編集部だと、先述した『読者』に発信したいという意識が根強いです。GDOの場合、基本的には物販という印象ですが、コンテンツに関してはどのように作られているのですか?」

加藤: 「コンテンツを作るチームと、そのコンテンツを出していくブロードキャスティングのような考え方を持っていて、しかもコンテンツを出す際にはきちんとセグメンテーションすることになっています。それらをすべてお客様体験デザイン本部がコントロールして決めていく中央集権型の組織を形成しています。また、リーダーシップを発揮する際、必ずしもそれがCMOである必要はなく、部門横断的に関連付けしてみんなでプロジェクト化するというスタイルもあります。そしてその際に必要なのが、カスタマージャーニーマップなのです。」

長田氏: 「それを聞いて思い出したのですが、業績が低迷していたワシントン・ポストをAmazonのジェフ・ベゾスCEOが買収し、Amazon由来のテクノロジーを導入したことでものすごく盛り返しています。同社のテクノロジー担当者が、様々なデジタル製品を作って、新しい顧客接点を創出しているといいます。要するに、ただコンテンツの内容がいいだけではなく、それをうまくプレゼンテーションする人が今、重要になっているのです」。

信頼できるパートナーを選ぶ

長田氏: 「テクノロジーの活用について教えて欲しいのですが、例えば新聞社は1~2年前からDMPを導入していますが、『とりあえず入れたけれど、使い道がわからない』といった声が少なくありません。」

加藤: 「そういう面で重要なのが、信頼できる外部のアドバイザーの存在です。先ほどの7つの共通点でお話したとおり、結局テクノロジーを導入しただけでは発奮しません。

アダストリア様の事例なのですが、精緻なカスタマージャーニー精緻を作るために、弊社と二人三脚で3ヶ月ぐらいかかりました。ファッションブランドなので、『どこの時点でトキメキを感じるんだろう?』という基準をもとに、新しいジャケットを買ったから、それに合うシャツをどういったタイミングでお客様に届けるべきか?DMPでデータとセグメンテーションをかけあわせて、手段はメールなのか、LINEなのかというシナリオを一緒に作っていきました。」(アダストリア様の事例はこちら

長田氏: 「ここ数年DMPではないですけども、例えばフェイスブックのインスタント記事をどう作るか、広告販売など、外部のパートナー企業の大切さは痛感していますね。」

顧客理解を深めることが重要

加藤: 「最後に今日の講演を振り返って、長田さんの目から見て、今すぐメディア企業の方々ができること。次のステップというものをどう考えていらっしゃいますか?」

長田氏: 「パブリッシャーが顧客を理解することはとても重要なことだと思います。例えば、『少年ジャンプ』のアンケート至上主義については賛否がありますが、確実に実績を残してきたという面もあります。

そのやり方を今後も続けていくのがいいのかどうかはわかりませんが、デジタルの力を使って、新しい顧客理解を行っていかなければならないだろうとは思います。DMPなど方法はいろいろあるでしょうが、そういったことをどんどん模索してみることが重要なのだと思います。」