セールスフォース・ドットコムではメディア企業向けに、「メディアビジネスの未来へ -マスメディアから『マイメディア』時代へのシフト-」と題するイベントを開催いたしました。今回はVol.1として、デジタルマーケティング戦略情報サイト「DIGIDAY[日本版]」編集長の長田真氏による講演「国内外におけるメディア戦略の最新事例とその先にあるもの」をダイジェスト版でお届けします。
DIGIDAY[日本版]では、米「DIGIDAY」の翻訳記事が全体の6~7割を占めています。最近翻訳記事でよく使われるようになったのが「デュオポリー(Duopoly)」という言葉だそうです。これは、グーグルとフェイスブックの2社による寡占状態のことで、Statista*によると2016年現在モバイル広告収益の54%がこの2社によるもので、2020年までに向けてこの傾向は強まると予想されています。
*米国におけるモバイル広告収益の企業別シェア 2017年3月10日
さらに、2015年にはグーグルでAMP(Accelerated Mobile Pages)が、フェイスブックではインスタント記事が発表されました。これにより、メディアサイトに飛ばすことなく、グーグルもしくはフェイスブックのプラットフォーム内で記事が読めてしまうため、メディアサイトとっては、誘致した後に広告表示させてビジネスを行うということが難しくなりました。ユーザーにとっては読み込みが早く、すぐに読めるというメリットがあります。このような状況下で、欧米のパブリッシャーの間では、2強状況の中でいかにして生き残りを図るかといった議論が起きています。
長田氏によると、このデュオポリーによって、メディアが直面している課題には、次の5つがあるそうです。
AMPやインスタント記事のように、ユーザーが2社のプラットフォームに滞在している状況では、マネタイズし難い。
フェイスブックのアルゴリズムでは、メディア記事よりユーザーに近しい人物からの投稿のほうが優先されたり、またグーグルではコピペメディアによるアルゴリズムを利用した上位表示などの問題がある。
レガシーのメディア各社は、プラットフォーム各社と提携をしたりという施策が打てるが、新興メディアでは上記のような体制が取りづらい。
似たようなニュースがプラットフォーム上に集約されるため、メディアの違いが読み手に伝わらない、ブランディングの欠如。
自社サイトに呼び込むことができないため、どのようなユーザーなのか、データから分析できない、引いてはデータ分析による広告価値を高められない。
ではこのような課題にメディアはどのように取り組むべきなのでしょうか。長田氏はこれに打ち勝つための打ち手として、メディアがどのような取り組みを行っているかをまとめました。多くは、次の7つに集約されるそうです。
「分散型メディア」とは、GoogleやFacebookにピッタリと寄り添ってメディアを運営していくというもの。米NowThisは自社サイトを持たず、FacebookやSnapshot、Twitter、Instagramなどで、ニュース動画を提供している。SNSサイト内で完結したメディアであり、Facebookでは、2017年4月の時点で約2100万の「いいね!」と、月間25億の動画視聴回数を記録している。分散型メディアの強みは、アルゴリズムやメディア格差といった課題を解決できる点。一方、ユーザーを自社メディアに連れてくることができないため、マネタイズやブランディングなどの点で課題あるように見受けられる。
英国の新聞社The Independentは、若者向けの新聞「i」を発行し、そのデジタル版である「indy100」を運営。indy100は、サイトに訪れると人気の高い記事が表示され、トップページは存在しないことが特徴。米DIGIDAYの取材によると、2010年度に約43億円あったIndependentの赤字は、iとindy100の収益によって赤字をほぼすべて解消したとのこと。
米ブルームバーグは、Webサイト「Bloomberg」のテクノロジーセクションを再開した際、各記事を下へスクロールしていくとトップページが現れる仕様を採用。結果、開設3カ月後の月間ページビューが、開設前の半年間と比べて7倍に増加。米の新興ビジネス情報サイト「AXIOS」ではサイトデザインを、Facebookのニュースフィードに似た形で掲載。記事自体も一般的なFacebook投稿のようにまとめ、全てがトップページで読めるようになっている。
トップページの再発明は、マネタイズやブランディング、オーディエンスデータの面で強みを持ちますが、プラットフォームとの連携に関して、特に強みが生まれるわけではない。
英国の一般紙「The Daily Telegraph」では、全コンテンツの20%だけをペイウォール(Webサイトがコンテンツを一部有料化し、対価を支払ったユーザーのみアクセスできるようにすること)とし、残りの80%は無料で閲覧可能。これにより、1日の登録者数は300%伸び、ログイン訪問者数は400%も成長。
英国の一般氏「The Guardian」では3つの有料会員プランを設けているものの、サイト自体は誰でも無料で全て閲覧可能。こちらの有料会員は、ビジネスのサポーターとしての募集の位置付けという戦略。ビジネスは順調に成長しており、2017年2月時点の有料会員数は、過去1年間で1万5000人から20万人に伸び、約42億2000万円の収益を上げている。
サブスクリプションでは、マネタイズとブランディング、オーディエンスデータの面は強いものの、新規拡大に課題がある。
「ファクトチェック」は、フェイクニュース(偽ニュース)やコピペメディアに対抗するもので、例えばBBC(英国放送協会)では、ニュース編集室の中心に嘘を暴く特命ユニットを設置。ニュースの真偽を確かめることでパブリッシャーとしての矜持を見せている。
フランスの日刊紙「Le Monde(ル・モンド)」は、オンラインにおけるフェイクニュース拡散を抑制するプロダクト群「Decodex(デコデックス)」を制作。Decodexは3つの事実確認プロダクトで構成され、600のWebサイトが登録されたデータベースが中核をなしている。DecodexにURLを入力すると、そのサイトが怪しいサイトかそうでないかを判断。それにより、Le Mondeのブランド力を強化している。ファクトチェックは、マネタイズなどの拡大戦略にはつながらないものの、メディアのブランディングの側面からは有効。
「バーティカルメディア」とは、専門サイトのこと。日本の生活総合情報サイト「オールアバウト」の前身である米国の「About.com」。同社は、メディアの細分化を推し進め、検索訪問者向けのワンストップサービスから各種メディアブランドの集合体へと移行している。
米オンラインメディア「HuffPost」も、健康志向の新しいヴァーティカルブランド「The Scope」を開設。The Scopeは独立したサイトではなく、FacebookやTwitter上にのみ存在し、そこに投稿されるリンクはすべてHuffPostの「ヘルシーリビング」カテゴリーの記事へ飛ぶ仕組み。
メディアを細分化することで確かなブランディングしつつ、確かなオーディエンスデータも利用可能、マネタイズにつなげる試みとなっている。
「マイクロペイメント」とは、その名の通り、ひとつの記事を数十円単位で販売する仕組み。米国の新興企業ブレンドルは、大手パブリッシャーとともに米国内でマイクロペイメントのβテストを行った。テストには、ニューヨーク・タイムズやウォールストリート・ジャーナル、タイム、ワシントン・ポストなどが参加。この結果では、35歳以下のミレニアム世代の多くがニュースの購読者になったことが判明している。日本でも「LINE NEWS」でも同様の取り組みを行っている。
デュオポリーに対抗するため、ポルトガルの商業メディアトップ6社が連携して、ログインデータを共有。自社サイトのみだと通常総オーディエンスの平均16~18%にしかリーチできないところ、ログインデータを共有することで、より精緻なオーディエンスデータを利用可能になる。
日本でも同様に、複数パブリッシャーがアライアンスを組むという、Japan Publisher Alliance on Digital(J-PAD)を発足。枠ではなく、オーディエンスの価値をブランドに提供していくという試みを進めている。
この動きについて、「マネタイズやブランディング、オーディエンスデータの面で強みを持ちますが、拡張性という面ではまだ考えなければならないことがあるかもしれない」と長田氏は指摘しました。
さらに長田氏は、これらの最新事例を紹介した後、「量から質へということが重要で、ただプラットフォームに則って拡大しているだけでは意味がありません。例えば、コンテンツの質やオーディエンスの質、広告の質などを1つひとつ突き詰めていかないと、今後のパブリッシャービジネスは難しいと感じています」と講演を締めくくりました。
(Vol.2では、「メディア企業が取り組むべき新たな顧客体験の創造とは何か」をテーマに行われた、パネルディスカッションの様子をご紹介します!Vol.2はこちら)