vol.4 コミュニケーションとブランドはどう変わったか

今回第 4 回では、コミュニケーションとブランドの視点から、現代のマーケティングについて考えてみたいと思います。

意思決定が短くなった

マーケティングの実践にとって、顧客の購買意思決定、つまり顧客が購買の決定をくだすプロセスが重要な課題であることは論を俟たないでしょう。そしてその購買意思決定に影響を与えるメッセージングも当然重要です。

マスメディアにデジタルメディアが加わったコミュニケーション環境の現在、コミュニケーション戦略においては何がどう変わったのでしょうか。

デジタルメディアを用いるようになって顧客の意思決定において、購入の決定から実行までの時間がより短くなったことが最大の変化ではないかと私は考 えています。例えば、E コマースにみられるように、顧客は「これにしよう!」と思ったとき、スグにクリックして購入を申し込むことができます。そして自宅にいながら商品を手にす ることもできます。この意思決定時間の短縮化が何をもたらしたか、のちほどその意味について述べてみたいと思います。

「イメージ広告」のメカニズム

従来のマスメディア広告の最大の課題は「時間」のカベを乗り越えることでした。つまり、顧客が広告に接触してから、意思決定やアクションに至るまで時間の懸隔があること、これがマスメディア広告の解決すべき重要課題であったのです。

例えば、テレビのゴールデンタイムに 15 秒 CM を視聴者が何度か視聴したとして、その広告の成果が現れるのは、少なくとも翌日以降、その消費者がスーパーマーケットに行って、その商品を手にとって購入 したときなのです。このため、広告とコンタクトする瞬間と購入時点とは少なくとも数時間、あるいは何日も、ときには数ヶ月も離れていました。

この時間のカベを乗り越えるために、マスメディア広告が行ってきたことが「イメージ広告」でした。イメージ広告の役割とは、こうした時間的な懸隔を乗り越えて、購買時点でブランド名と広告内容を想起してもらうための工夫であったのです。

ここで言う「イメージ広告」とは、有名タレントが出演したり、気を引くような新奇な映像であったり、ユーモアのあるオモシロ広告だったり、つまり本 来的に広告が訴求すべき商品情報以外を強調した広告表現のことです。こうしたイメージ広告で訴求することのメリットとは、広告内容を後から想起してもらえ ることであり、これが重要だったのです。

我々消費者にはたまにこういう事態が起ります。「あのタレントが広告でこういう演技をしていた」というようにテレビ広告の内容は想起できても、それ がどこの企業のどのブランドの広告だったか、がわからないというケースです。もちろん、ブランド名が想起できる広告はより望ましいわけですが、テレビ広告 はこうした内容想起だけでも効果があるし、また仮に内容を想起できないとしても効果があるのです。なぜでしょうか。

そのブランドを購入する時点で、例えば、店頭でブランド商品を見たときに、広告情報の一端を想起できれば、それが「引き金」となって購入につながる 可能性が大きいからです。つまり、「イメージ」とは、購入時点で思い出され、ブランドとのつながりを明らかにする情報のことだったのです。

このような広告効果メカニズムにふさわしい商品とは、パッケージ型消費財です。
パッケージ型消費財とは、お菓子や調味料・冷凍食品などの食品、PET ボトル飲料、家庭用医薬品、ヘアケアなどあらかじめパッケージに包まれ、スーパーやコンビニ、ドラッグなどに陳列されている製品のことです。こうした製品 の特徴は、購入される頻度が高く、低価格である点にあります。こうした製品群では、上記のようなテレビ広告が効果を発揮しやすく、現在でも、コスト的に引 き合うメディアであるのです。

つまり、マスメディア広告の時代とは、パッケージ型消費財のマーケティングの時代であり、イメージ広告の時代でもあったのです。そしてこうした広告活動には少なくとも何千万円から何億円単位の予算がかかることが普通でした。

成功するデジタルメッセージ

しかしインターネットによるコミュニケーションが発達した現在、第一回の連載(詳細はこちら) で書いた「マーケティングの民主化」という事態が起きました。ここで新しいコミュニケーションの担い手が登場しました。それは BtoB や中小企業など、これまで本格的なマーケティングとは無縁だったような企業です。デジタルコミュニケーションの変革は、こうした企業に新しい可能性をもた らしました。

マーケティングオートメーション(詳細は vol.3 をご覧ください)などの新しい手法をもとにして、潜在的な顧客に少ない予算でもアプローチできる可能性が高まったのです。また E コマースやダイレクトマーケティングの発達もこうした傾向を後押ししました。

ではこうしたデジタルコミュニケーションにおいて、必要なメッセージング戦略とはどのようなものでしょうか。

先に書いたように、デジタルな環境においての顧客行動の特徴とは、マーケティング刺激を受けてから、アクションに至る時間が短いことです。これは E コマースや旅行の乗り物の予約のような場合に顕著に表われます。自分が欲しい、利用したいと思った商品をワンクリックで購入できるのです。こうした場合、 広告とコンタクトする時点と、購入の実行をする時点とは、かなり近いものとなります。

ただし、注意しなければならないのは、こうしたデジタルな環境では顧客は簡単に決めてしまうわけではないことです。例えば、化粧品や栄養食品につい て、価格や品質、あるいは購入条件などを入念に比較します。顧客は手元に情報を持ち、それらを比較しながら意思決定することができます。

こうした入念な意思決定は、BtoB の場合より頻繁になります。例えば、何かのマーケティングサービスを利用するときなど、時間がかかる意思決定の場合、直接、売り手に接触する前に、オンラ インでできるだけ情報を仕入れようとするでしょう。特に相手が信用できる相手なのか、また、相手の能力や提供できるサービスの質はどのようなものなのか、 ネットで入手できる情報から判断することになります。

また、インターネットを介したビジネスでは、持続的に顧客を育成する、つまりリピート顧客を多く確保することが何よりも重要になります。例えば、E コマースで単品通販(一種類の商品に集中して販売する)の場合、「一万人のカベ」ということが言われています。一万人リピート顧客を持たなければ、ビジネ スが維持できない、という意味です。

このためには、まずトライアルしてもらえる見込み顧客を開発しなければなりません。最初の段階で見込み顧客を多く獲得しなければ、次の段階でリピート顧客を確保できないからです。

加藤公一レオ氏はネット広告でクリック率が高いコピーとは、「特定のターゲットのみを狙ったキャッチコピー」(p.61)だと言っています。例え ば、「コラーゲン入りの美容液を求めている方に」という訴求の方が、「自然派美容液でいつまでも美しく」という抽象的な訴求よりも有効なのです。また加藤 氏は、モデルやタレントの写真入りの広告よりも、商品写真だけを掲載した広告のほうがクリック率は高いと述べています。つまりデジタル広告においては、余 計な「イメージ」は必要ないのです。

また別の E コマースの専門家によれば、「パーティサイズ」というコトバと、「ファミリーサイズ」というコトバでは後者のファミリーサイズのほうが、顧客の反応が高い。なぜならば、パーティを行う日本の家庭は実際には少ないからだ、というのです。

ここから考えられることは次のようなことです。マス広告では「イメージ」が広告コンタクトポイントと購買時点との時間的懸隔を埋めるために必要でし た。しかし、デジタル広告の場合では、すぐにクリックというアクションを顧客にとってもらうために、顧客自身にとってのメリットがはっきり伝わる広告のほ うが有利に働くのです。

ではこうしたメッセージを開発するためには、何が必要でしょうか。ひとつは、A/B テストのような手法を用いて、より効果の高いメッセージを選択すること。もうひとつは、顧客インサイトに基づいて、顧客が求めている、またすぐに伝わりや すいメリットとは何かを研究することです。

デジタルブランディング戦略とは

上記のようなコミュニケーション戦略の変化は、ブランド戦略にも反映しています。

マスメディア時代のブランド戦略とは、顧客がブランドと自分とを同一視するようなブランドが有利でした。つまり、顧客が自分のありたい姿(理想的自己)を表すようなブランド、あるいは、ブランドがあこがれの自分を演出してくれることが重要でした。

なぜならば、ブランドが購買時点で有利に働くために、自分のあり方=セルフイメージと密接に関連するブランドのほうが思い出されやすく、選ばれる可 能性が高かったからです。例えば、1982 年に西武百貨店は「おいしい生活」というキャッチコピーを発表しました。これは糸井重里氏が考えたものです。この前年のコピーは、「じぶん、新発見」 (1980年)、「不思議、大好き」(1981年)というもので、この時代のブランドは、自分がかくありたいと思う姿やライフスタイルを表現していること が重要だったのです。

現在ではどうでしょうか。資生堂の有力化粧品ブランドである「マキアージュ」も 2005 年に新発売した当時は、「ビューティ・クライマックス はじまる」というキャッチコピーでしたが、2014 年秋には「魅せリップ、ぷるり。/魅せ肌、つるん。」というようなより具体的な訴求に変化しています。

もちろんデジタルコミュニケーションの時代にあっても、知名度や連想などのブランドエクィティが重要であることは変わりません。変わったのは、ブラ ンドと顧客との関係です。かつてのようにブランドが顧客のありようを規定する代わりに、現在では顧客がブランドのもつ能力や姿勢を評価するようになったの です。

Apple は Macintosh を新発売した 1984 年に、IBM 中心のコンピューター環境を批判する「1984」というテレビ広告をつくりました。Apple は主流文化に対して「対抗文化」(カウンターカルチャー)の象徴ブランドであったのです。ユーザーもこうしたアップルの姿勢に共感していました。しかし現 在では、かつての対抗文化としてのブランドイメージは薄れているようにみえます。

現代のブランドは、商品・サービスとその機能・ベネフィットを、自社の能力によって提供する存在となり、顧客はそうしたありようを評価して、買うか 使うかを決定します。日立製作所は「社会イノベーション」という企業コンセプトを打ち出して、何ができる起業か、何をしてくれる企業かを明確に打ち出して います。

デジタルが優勢なビジネス環境において、コミュニケーションもブランドのあり方も大きく変化しています。こうした変化のありようを正確に把握し、これからの変化を見通すことがビジネスパーソンに求められています。

【引用文献】

  • 加藤公一レオ (2015)『100% 確実に売上がアップする最強の仕組み』ダイヤモンド社