vol.3 「マーケティングオートメーション」、その実力と導入における注意点

前回までの連載で、デジタルテクノロジーの隆盛により、"マーケティングの民主化" が起こったこと。また、そのひとつの現象として比較的規模の小さい企業や法人向けのビジネスを展開する企業までもがマーケティングに取り組めるようになったことを示唆しました(詳しくは Vol.1 をご覧ください。)また、同時にインターネットは顧客の購買プロセスにも大きな変化をもたらしています(詳しくは Vol.2 をご覧ください)。

デジタルテクノロジーが発達するにつれ、従来のマスメディアを用いた方法では多様な価値観を持つ顧客にアプローチがしづらくなってきています。そこでデジタルマーケティングにおいて、特に注目されているのが、「マーケティングオートメーション」という考え方です。

そこで今回は、特に BtoB 企業向けマーケティングオートメーションに詳しい 2BC の代表取締役である尾花淳氏をゲストに迎え、お話を伺いました。

尾花淳
2BC株式会社代表取締役

半導体商社での営業職、BtoB インサイドセールスのアウトソーシング会社にて、コンサルティング部門に従事。責任者として幾多の法人営業部門の改革に携わる。2012 年に日本初のインバウンドマーケティング専業エージェンシーの創業に参画。2013 年 5 月に独立し、株式会社クロスシフトの代表取締役に就任。2014 年 8 月より社名を「2BC株式会社」に変更した。マーケティング領域において、アナログからデジタル、アウトバウンドからインバウンドと広くにわたる知見と経 験が強み。

「マーケティングオートメーション」のバズワード化

田中 今回の連載で、私はあらゆる企業がマーケティングに関心を持つようになり、多様な手法が生まれた現状を「マーケティングの民主化」として書いています(詳細は vol.1 をご覧ください)。この民主化の背景には、インターネットの普及による顧客の購買行動の変化と、その行動をデジタルテクノロジーによって企業側が可視化で きるようになったことだと思います。結果として大企業だけでなく、比較的規模の小さい企業や BtoB 向け事業を行っている企業までもが、ネット上での顧客行動が把握できるようになりました。その結果、自社の製品やサービスに関心を持つ個人を、従来よりも 広い範囲から探し出し、効果的にコミュニケーションできる可能性が生まれたわけです。さらにアドテクノロジーを使った広告提示や、メールを使ったコミュニ ケーション、ウェブサイトでのコンテンツ展開など、その手法も多彩になっています。

こうしたマーケティングプロセスを変革する手法の一つとして「マーケティングオートメーション」に注目が集まっていますが、これにより、マーケティングが従来とどのように変わるのかについてお聞かせください。

尾花 近年、マーケ ティングの方法論としての「マーケティングオートメーション」と、その実現を支援する「マーケティングオートメーションツール」が注目されるようになりま した。BtoB 企業を支援する立場として、テクノロジーを利用してよりビジネスを発展させる傾向にあることは大変嬉しく思っていますが、一方で言葉が一人歩きしているの ではないかという懸念も抱いています。

マーケティングオートメーションという概念は、非常に広い意味で使われているので、ここでは BtoB 企業向けマーケティングオートメーションに絞ってお話したいと思います。バズワードに踊らされず成果を出すためには、何を実現するかを明確にして導入する ことが大切です。

まずはこのツールが適した商材を知ることが重要です。ひとつは、啓蒙や育成といった「リード ナーチャリング」が重要な鍵を持つものが挙げられます。「どこの誰かは分からないが、買い手が確実に存在する商材」や「購入の検討を始めてから、実際に買 うまでの期間が比較的長い商材」などのことです。

90 年代中ごろまでは、営業が顧客のところに度々出向いて、「今、世の中のトレンドはこんな状況ですよ」とか「同業他社ではこんなことをやっていますよ」と話 すことで購買意欲を高め、意思決定に導くということをやっていましたよね。「リードナーチャリング」のためのマーケティングオートメーションツールは、そ うした営業活動のうち、「デジタルに置き換えられる部分を置き換えて、効率化しましょう」というものです。

人間が「シナリオ」を作り、マーケティングオートメーションが自動で「行動」する

田中 このツールに よるリードナーチャリングの方法論は、企業にとって特に興味深いところだと思います。従来の「営業活動」の良くない側面の一つとして、例えば営業担当者に 興味のあるそぶりを見せると、すぐに電話番号を知りたがり、頻繁に電話を掛けてきて迷惑することがありますよね(笑)。買い手の気持ちが十分に定まってい ない段階で、意思決定を急がせるようなところがあり、それが結果として買い手にネガティブな印象を植え付けてしまうことがあると思います。マーケティング オートメーションでのナーチャリングプロセスには、そうした問題はないでしょうか。

尾花 そうした失敗 は、マーケティングオートメーションの「Automation(自動化)」という言葉の意味を取り違えている場合に起こり得るでしょう。「自動化」するの は、あくまでも営業担当者が行っていた「行動」の部分であって、「どの顧客に、どのタイミングで、どのようにコミュニケーションすべきか」の「判断」では ありません。そこを間違えると、マーケティングオートメーションツールはただの「迷惑メール大量発生装置」になってしまいます。

マーケティングオートメーションツールでは、商談状況の情報を見て「この人には電話した方がい い」とか「この人にメールを送った方がいい」といったタイミングで、自動的に処理を行います。しかし、そのタイミングを決めるのは、あくまでも人間が作っ た「プログラム」なんです。このプログラムは「シナリオ」と呼ばれます。マーケティングオートメーションは、あくまでも人間が考えた「シナリオ」に沿っ て、ナーチャリングを含むマーケティングのプロセスを自動化するものなのです。

田中 その「シナリオ」の設定までは、自動化できないということですね。

尾花 シナリオ設定 の自動化に近い機能を持つ製品も出てきてはいますが、現時点では難しいと言っていいでしょう。今は、これまで営業担当者がやっていた、リードの状況を「見 きわめ」、どんなコミュニケーションを行えば購買につながるかを「考え」「実行する」というシナリオを、どう設定できるかが活用にあたって最も重要な工程 になるわけです。

田中 面白いですね。マーケティングオートメーションでのナーチャリングプロセスでは、自社の営業担当者が経験的に持っている判断基準を、ベストプラクティスとして標準化し、シナリオにいかに落とし込むかがポイントになってくるんですね。

マーケティングオートメーション導入の目的は「顧客とのコミュニケーションの可視化」

田中 では、マーケティングオートメーションの導入で高い効果を得るために、企業が考えるべきことを教えてください。

尾花 まず、マーケ ティングオートメーションが「すべての問題を解決する万能解」ではないということを理解すべきです。かつて製造業の分野では「ファクトリーオートメーショ ン(FA)」というキーワードが流行しました。FA では、IT の力で製造工程の自動化、効率化を目指しますが、製品や工程を「設計」するのはあくまでも人間です。それと同様に、マーケティングオートメーションも方法 論であり、ツールは人間が作ったシナリオの実行をサポートするためのシステムに過ぎません。

導入にあたっては、顧客に対するコミュニケーション手段を増やすべきかが判断基準の一つです。 例えば、BtoB の企業であれば、展示会への出展やウェブサイトでの情報発信、日々の営業活動といった形でのマーケティングには既に着手しているでしょう。では、「次に何 をやれば売り上げが伸びる可能性があるか」を考えるわけです。

もし以前に比べて、展示会への来場者が減っているのであれば、会場に来なくなった人たちと、ど のようにコミュニケーションをとればいいのかを検討すると思います。売り先が減っているのであれば、商材によっては海外に対して売っていく方法を考えるか もしれない。さらには、コンテンツマーケティングのような新たな手法に取り組むことで、見込み客の獲得を目指すかもしれません。

このように日々ニーズが変わる顧客に対応するために、新たな営業活動を追加していけば、おのず と顧客とのコンタクトポイントが複雑化し、個々の顧客の状況が見えなくなってきます。もし、その管理ができなくなっているのであれば、顧客とのコミュニ ケーションを可視化するためにも、すぐにマーケティングオートメーションツールを導入すべきでしょう。

まず企業が行うべきことは、今実施している営業活動の中に「何が足りないか」「何を組み入れれ ば効果が上がるか」を考えて実行することです。その結果として増えるコンタクトポイントを統合的に管理し、買い手の状況に適したアプローチを助けるのが、 マーケティングオートメーションの役割だからです。

マーケティングで活用される多岐にわたるチャネル

増加する顧客とのコンタクトポイントを統合的に管理し、
個々の顧客の姿を「可視化」するためにマーケティングオートメーションは有効な手段となる。

「シナリオの最適化」のプロセスが導入効果を高める

田中 そうした過程を経て導入したとして、その次に必要なアクションは何でしょうか。

尾花 マーケティン グオートメーションツールと CRM、SFA との連携はやるべきでしょう。こうした連携は、技術的には難しいことではなくなってきています。マーケティングオートメーションというと、ネットを中心と したデジタルな世界に閉じた方法論だと思われる方も多いのですが、電話やリアルも含めたすべてのコンタクト情報を集約するほど、顧客が「見える」度合いは 上がっていきます。

そして、一度作ったシナリオの「最適化」を続けるサイクルは絶対に必要です。人間が立てた仮説を、結果を元に検証する工程ですね。

田中 最適化を続けていくことで、自社に合ったシナリオが見えてくるということでしょうか。

尾花 最適なシナリオというのは、商材の性質、買われ方のパターンによって異なります。最適化サイクルを持つことで、変化への対応も柔軟になります。顧客は変わり続けます。今年ベストだったやり方が、来年ベストだとは限りません。調整は常に必要なのです。

田中 多様なコンタ クトポイントから得られる情報を統合集約し、多数のシナリオを作り上げる。さらに、その最適化を継続的に行っていくということになると、現時点では難しい 「シナリオの最適化」そのものを自動化する機能も、今後のマーケティングオートメーションツールには求められるようになってくるでしょうね。

尾花 現時点 でも、マーケティングオートメーションツールを使っている企業で、シナリオを何万パターンも作って管理しているというケースが出てきています。もはや数人 の人間で管理できるレベルを超えるのも時間の問題です。シナリオ最適化のプロセスをできる限り自動化して人間をサポートする仕組みに対しては、今後さらに 強いニーズが生まれると思います。もしそれが実現できれば、それが次世代のマーケティングオートメーションツールの姿ということになるのではないでしょう か。

田中 本日は興味深いお話をありがとうございました。