リードを創出、育成し、評価して後工程に引き継ぐという一連のマーケティング工程について統合的な環境を提供するマーケティングオートメーション。本連載の最終回として、その統合環境をどう活かすか、そのために備えるべきことは何かを整理してみたい。
マーケティングオートメーションのツールを導入しても、それだけでマーケティングが自動化される(オートメーションになる)わけでは、もちろん、な い。そこを目指す環境が与えられるだけだ。活用し成果を出すためには準備も体制も、そして継続的なワークも必要になってくる。しかし、マーケターとしてや るべきことに集中できる状態には確実に近づく。
そもそも、今、なぜマーケティングオートメーションが注目を浴びているのだろうか。それは、マーケターが相対する買う人たちの行動が劇的に変化をし ているからにほかならない。買う側の立場にいる人が、今ほど簡単に手軽に買うものについての情報を入手できるようになったのは、インターネットが一般に広 く使われだしたここ10年~15年の話だ。さらに近年はスマートフォンの普及に伴い、いつでもどこでも欲しい情報にアクセスできるようになった。
20年前、私たちは、例えば旅行に行こうと思った時には、駅に旅行会社が設置したツアーパンフレットを家に持ち帰り、内容を読んで吟味をし、確認し たいことを頭で整理してから、旅行会社のカウンターに行って相談をしていた。それに対して、今はどうだろう。ネットで検索しサイトを閲覧することで、どん なパッケージツアーがあるのか、どれくらいの金額がかかるのか、そこに行った人たちはどんな感想を持ったのかなどを、事前に情報として入手することができ るようになった。人々は、それらを把握してから旅行会社のカウンターに行って相談と申込みをしている。さらに、予約や申込みもネット上で完結してしまうこ ともできる状況だ。
B to Bの世界で言えば、同じ頃、購買を検討している人にとっての情報源は、足繁く通ってくる営業担当者、年に数回開かれる展示会、今よりも種類が豊富だった専 門誌紙にほぼ限られていた。ニュースや書籍などにも当然のように接触していたが、自社が欲している製品・サービスを提供している会社の情報、そこの製品に 関する詳細情報などを、自分の好きなタイミングで、自由に手に入れることは不可能に近かった。そのため当時は、営業はカタログを持参するだけでも一定の価 値を提供できていたし、そうやって情報を届けてくれる営業担当者を購買担当者も歓迎していたのである。それが今やどうなっているかは言うまでもないだろ う。
これらの変化は、劇的なものなのだが、今の状態が当たり前すぎて軽視してはいないだろうか。対応が出来ていないにも関わらず注視しないでいる組織が 多いと感じるのは筆者だけではないだろう。もちろん、Webがあればすべて何でもできるということではない。少し前までは、そのようなことを主張していた 人も多かったが、幻想だろう。ただ、言うまでもなくWebによるコミュニケーション抜きでマーケティングが成立しないことは、純然たる事実だ。この人々 の"情報行動の変化"に対応したマーケティング活動を行うための環境――そのようにマーケティングオートメーションをとらえると、今、注目が集まっている 理由の根っこを理解することができるだろう。
もう一方で、ダイレクトマーケティングの流れについても少し触れておきたい。情報を提示するだけの広告から、「意図する相手に対して遠隔から直接的 にメッセージを届けることで成果を出す手法」として、ダイレクトマーケティングは発展してきた。狙った相手にダイレクトメールを郵送する、カタログを送付 する、FAXを送る、電話をかける、など活用されるコミュニケーションのチャネルは時代とともに増え、ここにさらにEメールが加わった。それまでの郵送や FAXでは、相手がそれを手にとったのか、開封したのか、中身を読んだのかについて、簡単に知ることはできなかった。それがデジタル化されたダイレクト メールでは、開封や中身に対する反応がトラックできるようになったのである。
対面での会話や電話などの人的な双方向コミュニケーションであればつかみやすい相手の状況を、ネットでの情報行動やEメールへの反応などから推察で きるようにした。これはマーケティングオートメーションのテクノロジー面での1つの大きな意義と言える。前回の比較表にも掲載したEloquaの創業メン バーでCTO(Chief Technology Officer)だったスティーブン・ウッズによる書籍に「Digital Body Language」(2010年)があるが、人々のネット上での行動を、このタイトル通りにまさにボディーランゲージとして読み取る機会が与えられたの だ。
マーケティングオートメーションを導入してマーケティング活動を展開していこうという場合、先の時代背景もあいまって、「顧客側に立つ」ということ が成果を出すために絶対に外せない鍵となる。マーケティングオートメーション以前のコミュニケーション活動が、売る側視点の内容で、売る側起点のタイミン グで行われていたのに対して、買う側視点、買う側起点にするということだ。
買う側視点というのはつまり、コミュニケーションをする相手にとって有益な内容にするということだ。これは相手の状況に応じて、相手が欲する内容を 用意することになる。例えば、自社で開催したセミナーに参加した相手に対して、一律で同じ内容の御礼メールを出すのではなく、セミナーのアンケート結果に 応じて内容を変えて出し分けるなどというのは今すでに多くの企業でやっていることだと思う。セミナーの内容に対し「詳細な説明とデモを希望する」と言って いる相手に対しては、個別に連絡をしているだろうし、「期待していた内容と違った」と言っている相手には電話をして不満だった点を聞いているかもしれな い。これと同じようなことを、もっと多くのシーンに適用することが成果を出すために必要になる。社員採用に応募してきた人と、製品に関して問合せしてきた 人に対して、その対応が終わった後にも継続的にコミュニケーションを取ろうとして、同じ内容のメールを送ったりはしていないだろう。だが、購買検討のため の具体的な調査をしている人と、来期に向けたネタ探しで情報収集している人に対して同じ内容でコミュニケーションしていないだろうか? この両者にとっ て、有益な内容は本当は異なるかもしれない。
もう1つ、買う側起点と先に書いた。これはコミュニケーションを行うタイミングを、こちらの都合で行うのではなく、相手にとって最適なタイミングに するということだ。これは、コミュニケーション開始のトリガーを相手に担ってもらうことで実現しやすくなる。例えば、先ほどの海外旅行の例で言えば、「申し込み」という行動をトリガーにして、旅行までに用意するべきことについてコミュニケーションをするのもよいだろうし、その後、その顧客が、旅行先の美術館 についての情報をWebサイトで閲覧したならば、その閲覧をトリガーにして、観光情報についてコミュニケーションをするのもよいだろう。
これらは、Eメールで行うこともあるだろうし、Webサイトの表示内容を相手に合わせて動的に変えることでも行える。マーケティングオートメーショ ンの機能の中で、このWebコンテンツのダイナミックな出し分けは、近年、各社が力を入れている領域でもあり、サイトを真のコミュニケーションチャネルと して機能させるためにも積極的に活用するべきだろう。
これらを具現化するためにはコミュニケーションコンテンツをしっかりと用意する必要がある。まず、見込客が自社の顧客となる一連の流れ、つまり、購 買プロセス(カスタマージャーニー)を整理し、そこで必要とされるコミュニケーションを想定して、コンテンツを準備する。このとき、その見込客像(ペルソ ナ)は、複数タイプになることも多いだろう。そして、デジタルボディーランゲージを読み解き、相手の状況を推察して、それに応じたコンテンツを用いてコ ミュニケーションを行う。このコンテンツを用意することは、マーケティングオートメーションで成果を出すために必要な1つのポイントになる。
ここで勘違いしないで欲しいのは、これは、Webの世界のことだけを言っているのではないということ。顧客化の一連の流れの中で、その時の相手の状 況とコミュニケーションするべき内容によって、そこで使うべきチャネルは異なる。Webサイトかもしれないし、Eメールかもしれないし、あるいは、紙のパ ンフレットやセミナーの方が良いかもしれない。これまでの施策別/チャネル別の視点ではなく、顧客側に立って、整理し準備して、手段も最適なものを選んで 欲しい。
本稿の読者諸氏の中には、社内にマーケティング専門の部門が無い、あるいはあっても人数が少ないので、十分なコンテンツを用意することはできないと 感じられる方もいらっしゃると思う。そんな方には、ぜひ次のようなことを検討されることをご提案したい。今、営業全員が、リードの発掘~案件機会の醸成~ 提案~クロージングまでをこなしているとしよう。その営業担当者のうちの一部を、リードの発掘~案件機会の醸成を担う"案件創出専任チーム"にアサインす る。残りの営業はそのチームから引き継がれる案件への対応以降を担う役割にするというのはどうだろうか。案件以降を担うチームは既存顧客対応も役割に含む とすると、1人あたりの担当数は多くても数十社になる。それに対して、案件創出チームは、商談中および既存顧客を除く対象マーケットすべて、1人あたり数 千社から数万社を担当するようなイメージだ。見かたを変えると、先発完投型の営業プロセスから、マーケティングと営業とによる継投リレー型のプロセスへの 変革になる。
案件以降を担うチームに所属するメンバーは、各案件に対して個別に提案書というコンテンツを作成する。製品やサービスにもよるが、作成したものは1 度きりしか使わないことも多いだろう。それに対して、案件創出チームもコンテンツを作成する。ただし、それは提案書ではなく、もっと購買プロセスの前半で 必要とされるものとなり、1度きりしか使わないということはなく、似たような状況にある相手に対して繰り返し使われる。つまり、購買プロセスに応じて目的 が異なるコンテンツを、その内容を考えて時間をかけて作成する。そしてそれらのコンテンツは、受注の成否を決めるという点で重要なものと、多くのリードに 対して用いられるという点で同じく重要なものになるのである。
マーケティング部門が独立している場合でも、マーケティングオートメーションで成果を出すために、今以上にコンテンツの企画・制作・改善に、時間や 費用をしっかりと投入する判断を伴った上で、導入して欲しいと思う。なお、マーケティングオートメーションの取り組みに際しては、ツールの運用に加えて、 コンテンツの企画制作まで含めてアウトソーシングサービスとして提供している会社もあるので、そういったサービスの活用を考えてみるのも1つの選択肢とな るだろう。
顧客の購買プロセスを仮説立て、そこで必要とされるコンテンツを用意し、買い手視点、買い手起点でコミュニケーションを実施していく。この時に、 ツールとしてのマーケティングオートメーションは、買い手視点で考える支えとなり、買い手起点を実現するための環境となる。そしてまた、それらコミュニ ケーションの結果をトラックしているので、評価し改善するための基盤ともなる。テクノロジーだけが担える部分/テクノロジーに任せるべき部分と、人間が頭 を使い時間をかけるべき部分とをきちんと見分けることも、成果を出すために必要なことだ。この時、理想を追求するなかで「ツールで自動的にはできず、人が 時間をかければできること」があった場合、やらない、という判断も必要だ。矛盾しているように感じるかもしれないが、買い手視点や買い手起点を実現するた めだとしても、見返り以上のことをやる必要はないし、それ以上に、もっとやるべき必要なことがあることも多い。理想的にはこう出来るべきでは? と感じる ことがあった場合には、使っているツールのベンダーに伝えて実装を待つというのが使いこなすという点においては1つのコツだろう。
SFA(Sales Force Automation)が、世の中に出てきたときに、多くの企業が夢を抱いて導入したが、想像と違う結果になり利用を停止したということがあった。マーケ ティングオートメーションについても、導入が進んでいるアメリカで、現在マーケティングオートメーションを使いこなしているのは導入企業のうち25%程度 だと言っているコンサルタントがいるような状況だ。そこでの原因は、使い方が難しいとか、考え方が理解できない、と言ったようなことではなく、本稿で指摘 したコンテンツを継続的に用意する体制を十分に整えられていないことにあるようだ。
これからのマーケティングは、顧客体験をどうデザインし、それをどう実現していくかがポイントになるだろう。情報行動の主導権はマーケターから顧客 側に移っている。その中で、相手に対して良質な役立つ内容でコミュニケーションをしていくこと、相手が喜ぶようなタイミングや手段で行うこと(最低限不快 にさせないこと)、と同時に相手の購買マインドを高め、購買プロセスを推し進めることを実現すること。そう、非常に難しいことに挑戦しなければならない環 境にいるのだ。それに対して、マーケティングオートメーションはマーケターに必ずや力を与えてくれる。ぜひ多くの方に活用していただきたいと思う。
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