マーケティングオートメーションが、デジタルマーケティングの活性化とあわせて注目を集めている。その特徴と国内外の プレイヤーの動向を整理し、マーケティング部門にとってのメリットを探っていく本連載。第二回目の今回は、日本国内でマーケティングオートメーション製品 をリリースしているシナジーマーケティング株式会社の谷井社長に市場動向と自社の戦略について話を聞いた。(文中敬称略)
シナジーマーケティング株式会社は、前回まとめたマーケティングオートメーションの機能の中では、2000年にEメールマーケティングツールの提供 を開始し、以降、顧客データベース、アンケートフォーム機能などを追加し、現在は、クラウドベースで複数のマーケティングツールをラインナップしている。 また、合わせてエージェントサービスとして、アウトソーシングサービスも用意し、マーケティング業務の統合サービスを提供している。そんな会社を創業より 率いる代表取締役社長兼CEOの谷井等氏にマーケティングオートメーションについての考えを聞いた。
尾花)マーケティング関連のツールやソフトウェアは、日本においては、Eメール配信ツールのような単機能のものは一定数導入されていますが、複合機能を持ったものの普及はまだまだだという状況です。その中で貴社は統合的なマーケティング支援に取り組んでおられます。
谷井)当社は「コミュニケーションエンジニアリング」というなじ みのない言葉を標榜しているんですが、なぜ使いだしたかというと、コミュニケーションというのはマーケティングコミュニケーションのことで、これをエンジ ニアリングしましょうと伝えたかったから。僕は、マーケティングというのは、企業における費用の最後の不透明な領域だと感じており、それを工業化、見える 化したいのです。
例えばペットボトルの水ひとつとっても製造原価があって、物流費や中間マージンがあって、マーケティングコストがあって、利益があります。製造や物 流はコストをコントロールした中で品質を保つことが可能なんですよね。一方、マーケティングというのは、それを販売するための費用ではあるものの、いくら かければこれだけ売れるというのは正確には分からない。分からなくても許されてしまっている。ただ製造も物流も昔は同じだったのです。かつては鉛筆にして も職人さんが手作業で1本1本作っていた。すると生産コストも高いし、その商品の個体差、品質の差も出やすかった。しかし現在、全ての製品において個体差 なく高いクオリティが保たれている。しかもその生産コストはものすごくコントロールされている。きっちり、見える化されている。しかしもしこれを昔の職人 さんに、全部同じ品質の物を10円で作ってくれと言ったら無理だと言われるはずなんです。マーケティングの世界というのは、今、まだ昔の職人的な感じと 思っています。このボールペンを100万本売りたい、そのために10円のマーケティングコストで売り切ってくれと言われた場合、2013年の今は、不透明 な部分が多くて先のことは分かりませんとなってしまいますが、これがおそらく2020年、2030年になると、こういうことも計画的になるだろうと考えて います。マニュファクチュアが工場制機械工業になったように、マーケティングも大きく変わっていくだろうと。その想いを言葉に表しています。
尾花)なるほど。感覚論でやっていたものを、きちんと管理して、 効果の再現性も、ベルトコンベアに乗せるように、工業化していくと。そんなことが、今後、来るだろうし、来させるため、そして来た時の表現としての「エン ジニアリング」だということですね。しかし2020年とおっしゃいましたが、そんなに近い未来のことでしょうか。
谷井)なんとも言えません。ただアドテクノロジーの世界ではそう いう流れが見えてきつつあります。広告枠から人へと変わって来ているし、来訪者自体を見極める術というのも少しずつ確立されてきている。これまでの10年 間の技術進化、マーケティングテクノロジーの進化というのは、これからもっと早くなってくると思うんですよ。
尾花)マーケティングコミュニケーションの設計については、デジタル化が進んだことで、PDCAが回しやすくなってきているという変化がありますよね。
谷井)そうですね。これだけのデータがある今、難しいメソッドや 統計解析手段を用いることなくしても、一定の予測というのは十分可能だと思っています。僕らが日頃多くの企業様と接する中で目の当たりにしているのは、皆 さん、自社のお客様とのコミュニケーションを真剣に考えている。ただ、それが上手くいっているかどうかの判断軸がないということです。これが一番問題だと 思うんです。例えば、メールマガジンを週1で送っています、クリック率は1%です、これっていいのかどうか分からない。比較対象がないんですよ。比較可能 なものは、過去の自分たちの配信しかない。前回、1カ月前、過去1年の平均に対してどうか……そういうことになっていくんですけれど、外的要因の変化もあ るので、なかなか比較しづらい。できるなら、できるだけ近いタイミングで、競合との比較をしたいというのが、お客様の一番の声だと思うんです。しかしそう いったデータはなかなか手に入りにくい。
当社はクラウドサービスとして、マーケティングオートメーションツールを提供していく中で、契約企業様のマーケティング成果のデータを統計解析させていただくという同意を得ています*注。 そうした中で、例えば直近1週間の中で配信されたメールなどについて、目的別とした区分けをして各分野における平均を割りだしてお客様にフィードバックし て、ひとつの評価をしていただけるようにしているんです。例えば自分のところのクリック率が1.0%で、業界平均が2.5%だと、それだけで改善の余地が あるということが分かりますよね。そのデータを活用していただけば、コンテンツを変えるべきか、タイトルを変えるべきか、ということが分かってくる。
(*注記 契約企業に還元する目的での統計データとしての利用で個人情報は含まれない)
尾花)統計解析とかいうレベルの前に、集計結果の見比べということですよね。その先、開封率、クリック率というものを投資対効果という視点でのKPIとして活用されている企業というのは御社のユーザーさんの中では……
谷井)それほど多くはありませんね。一つ重要な観点は、メール配 信に対するお客様のレスポンスが最終的にどのような成果につながったのか、というのは1本のラインではないということ。複数のラインがあるわけです。これ を区分けしてちゃんと見ること、というのはまだ難しいところだと思います。
「シナジーマーケティング株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 谷井 等氏」
尾花)最近、広告業界ではアトリビューション分析によって効果を測りだしています。
谷井)はい、同じようにCRMの分野でもそういったことが求めら れはじめているなあ、と思っているんですね。例えばコンタクトセンターへの問い合わせが、どれだけのユーザー満足に繋がっているかとか、なかなか計測が難 しいじゃないですか。こういうもの全てを、絡まった紐をきれいに整理して、どれが一番太い紐なのか調べることができるようになるためにはもうちょっとかか るだろうなと思っています。
尾花)それは先程おっしゃっていたような「集計」ではなく、まさ に「統計解析」といったものが求められてくる分野ですよね。今、御社のツールでも、ある人にメールを送ったとして、開封、クリック、ウェブ閲覧、来店、購 入云々のデータを1人の履歴として出すことができる。この履歴から、その人についての分析ができるはずです。ただ現状では、施策軸の分析ばかりをしている ように感じています。1人の相手とのコミュニケーション履歴の分析の積み重ねをもとに、ある施策を中止にしたときの影響を考えるといったようなことについ てはまだまだかと。
谷井)コミュニケーションにおける最善の姿というのは、最少のコ ミュニケーションで最大の効果を上げることです。接点が多いことが望ましいと思う方がいらっしゃいますが、実は余り増えすぎるとダメで、例えば、1メート ルごとに広告看板があるともうその広告は見られなくなる。メールでも同じで、毎日送ると効果があるかというとそうじゃないことはお分かりだと思います。と はいえ、他社がたくさん送っている中に埋もれてしまう危機感もあり、どこが最適なのかと悩んでしまうわけです。
でも、そうではなくて最終的な姿としては、ある特定の方に、いつどのような情報を届ければ、最もコンバーション率が上がるのかというのを測定して、 その瞬間にその相手に必要な情報を自動的に届けるというのが理想です。それは結局、個人が特定されなくてはいけないわけで、個人を軸とした測定は今後重要 になっていくと思います。これにより、何か展示会やセミナー、新商品の案内をしたい場合、それを必要とする人のみ区分して送り届けると。そのセグメントの 仕方がこれから重要になってくると思います。これはデモグラフィックな情報ではないんですよ。20代男性、といった情報だけではなくその人の価値観を捕ま えなくてはいけないので、そのためにはその人についてデータを溜めていくのが大切であると考えています。
尾花)それができていない企業もたくさんいますよね。というより大半の企業ではできない。
谷井)我々にとって、クラウドサービスの考え方というのはより多 くの会社さんにより多く使っていただくというのが基本的な思想です。そのためには簡単でなければいけない。僕の感覚ですが日本に会社が400万社ある中で 399万5000社くらいは、ロジックは分からなくても売上が上がったらそれでいいと思っていると思います。例えば、商店街とかの店舗だと、5万円の出資 で20万円の利益があれば試してみると。当社が飲食店さんへのサービスを提供してきた中で、月5000円いただく場合でも、「来月効果を上げるには何をし たらいいか考えて教えて欲しい、言われたことには協力する」といったケースが多い。ロジックや理由を求めているわけではなくて、打率が上がる方法があるな ら試したいと。
尾花)「このグローブを使えば間違いなく飛距離が10ヤード伸びますよ」といった話ですよね。「お金は払うし、言われた通りにするから、難しいことは考えといて」という。
谷井)そういう中で一生懸命分析するツールよりは、何かは分から ないけどデータを放り込んでボタンを押したら何か答えが出るとか、もしくは、我々のこれまでの統計データの結果から日本人について分類した結果、効果の高 いラベルを使用した方がそのままよりはキャンペーン効果が高まるといったような、簡単さをできるだけ追い求めていくべくサービスを開発しています。
尾花)なるほど。ある意味、究極のオートメーションですね。そこを目指してサービスを提供されている谷井さんからみて、日本のマーケティングは今後、どうなっていくべきだとお考えですか。
谷井)大きな話になってしまうのですが、マーケティングだけが変 わっていくということはないと思うんです。会社の思想の問題で、マスマーケティング中心でコミュニケーションが一方通行だった時代、消費者の声が拡散しな かった時代は、一方通行でよかったし不都合な情報はよほどでない限り拡散しなかった。今はそれが逆転して、消費者の声の方が大きな影響を及ぼす時代です し、これはマーケティングに限らないと思っています。働く人が企業を選ぶ場合にも表では社長や人事が素晴らしいことを言っていても、ブラック企業だという 情報が掲示板に書き込まれるなどして、嘘が通用しなくなってきている状況になっています。
マーケティングも同じで、嘘のない範囲であればいいという時代ではなく、真実の姿を伝える姿に変わって来ていると思うんです。消費者が共感してくれ るかどうかが問われているのだろうと。会社の思想自体が、消費者に誠実に向き合うようになる中でマーケティングの在り方も変化していくと思っています。い かに消費者の方のフィードバックを集めるか、それに迅速に対応できるか。ただ、いい悪いだけでなく、世の中の動き、お客様の無意識の反応、そういうものも 含めた中で、コミュニケーションや商品、広告の出稿の改善に活かしていくというマーケティングの姿を考えると、従来からのデータの持ち方が重要な時代にな るかなと考えています。
対談を終えて―
「難しいことはよう解からんけど、これ使うたら上手くいくねん」という簡単さを追求する、まさに自動化製品を目指していることは、マーケティングオート メーション市場を拡大していく起爆剤になり得ると評価できる。家業であった洋服屋でEメールの可能性に魅せられてこの世界に入った谷井氏、エージェント事 業として顧客内に入り込んだ業務請負をしていることとも合わせ、本当に求められていることが見えているのだろう。どれだけの企業に"上手くいく"ことを実 感させられるか、この先の展開に期待したい。なお、シナジーマーケティングの提供するツールについては本連載のVol.4にて紹介をする予定。