日本への影響は? 2012年、世界最大となったソーシャル・クラウドの祭典 Dreamforce 2012の本質 vol.2

5年以内に訪れるといわれる、クラウドが指し示す未来とは

2012年というのは、システム業界にとってある意味、大きな変革のあった年だ。伝統的なシステム大手が、こぞって「今後はすべてのシステムをクラ ウドへと移管してゆく。」などの発表を行った。 このような時代の流れを予想していたかはわからないが、今年で10年目となるイベント”ドリームフォース2012”をセールスフォースは開催し、世界最大 の規模を誇った。

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年々成長するドリームフォースの参加者2012年は最終的に9万人の参加者があったという

イベントでは、ガートナーの「2017年を目安に、ITコストはCIO(最高情報責任者)よりもCMO(マーケティング最高責任者)によって費やされるだろう」と、いう言葉が繰り返された。つまり、いまから5年以内には、モバイルやソーシャルメディアなどのテクノロジーが浸透し、デジタルが最大のマーケティングツールとなる、ということだ。

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ソーシャルでの消費者の会話が2012年、1日あたり15億に増加。

会場では、それらを示唆するソーシャルとクラウドの最先端事例が映し出され、ビジネス全体をソーシャル化させるための新しい機能が紹介された。中に は現実から少しかけはなれた近未来的で実験的な取り組みも紹介されたが、年々増加し続けるこのイベントへの参加者の数が、そうしたクラウドがもたらすビジ ネス革新への注目度と、未来への期待の高さを雄弁に語っていた。

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バーバーリーの先進的な事例を解説するCEOのアンジェラ・アーレンズ氏

なお、当日の基調講演などは、すべてyoutube上で公開されている。

顧客向けのソーシャル・クラウドは期待値。本質は、社内のソーシャル化と外部コラボ。

とはいえ、日々売上と格闘している現場目線で考えると、今回発表された革新的な「顧客向け」のソーシャル機能はまだまだ期待値の域である。自社のブ ランド名をソーシャル上で検索したときに果たしてどのくらいヒットするだろうか。ガートナーの言葉通り、2017年までに徐々に成熟して行く日を待ちなが ら、じっくりと準備に取りかかるべき課題かもしれない。
ただし、Work.comのような社内の透明化ツールなら、維持よりも変革を求める組織にとっては、リアリティを持って導入できるだろう。一応、デモンス トレーションのマシンを触る機会があったので、日本語が通るところまでは確認したが、説明やメニュー項目などの表示項目が日本語化されるには少し時間がか かるようだ。英語環境のまま日本語で運用できるのかどうかについては、現在筆者も検証中である。

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会場のデモマシンで、Work.comに日本語を通してみた

こうしたツールに期待する今後の大きな役割は、無料で使えるサービスと比べ、組織でビジネスをする前提でデザインされているところにある。さらに、 社外のパートナーにも参加してもらうことで、社内が抱える個々のプロジェクトは、より「見える化」され、生産性は増して行くように思われる。

オフライン・ビジネスこそ、ソーシャルに参入できる土壌が整った。

ちょうどイベント期間中に発表されたiphone5(iOS6)の機能に「パスブック」というのがある。今まで財布の中でかさばっていた、会員カー ドやチケット類をスマートフォン上に収めてしまう機能だ。つまり、ユーザはかさばるカードを持ち歩く必要もないし、店側も十分なサービスが提供できる。

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iPhoneの「パスブック」のクーポンや会員機能と、iPadを利用したPOSレジの顧客管理システムなら、小さなお店でも安価にユーザへ豊かな満足が提供できる。

今回、セールスフォースが、iPadを使ったPOSレジのシステムをデモンストレーションしていたが、このレジと、スマートフォン、クラウドによっ て、各支店と本店とが接続できれば、導入コストは格安に抑えて利便性の高いサービスを提供できる。結果的に、オンラインストアとオフラインストア共通の クーポンを発行したり、ソーシャルメディアの口コミを使ったマーケティングも容易になる。

ソーシャルメディアの住人というのは限られた人数だが、「オフラインでの口コミの起点」としての影響力は大きい。将来的には、彼らを通じた、オフラ インでのアフィリエイト・システムも可能となるかもしれない。まだまだ試行錯誤の時期はあるとは思うが、泥臭い人間関係を作り上げてなりたっていた「商 売」が、ようやくネット上でも陽の目を浴びるようになったのではないだろうか。

ビジネスのソーシャル化の前に整理しておくべき「企業風土」

ソーシャルでは「透明性」と「公平性」が不可欠だ。だから、もみ消し、根回し、虚偽の報告、スケープゴートにヨイショまで、人類が駆使してきた「処 世術」は、通用しないことになる。おうおうにして、処世術というのは個人の「保身」に必死だ。チームワークどころか足の引っ張り合いが発生し、能力はある ものの世渡り下手な人材が埋もれることもある。結果的に、組織の成長が阻害されているのだから、革新的で有能な芽を次々と摘んでゆくのが処世術ならそれ は、組織にとっての不利益だ。

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企業の成長を、個の処世術がさまたげる

こうした不利益は密室の会議室で発生しがちだ。現場担当者ならすぐわかるような操作された数字が、誰も気づかず、指摘もせず、一部の幹部が有利とな るように横行する。なにもスタッフや部下の責任ではない。それらを容認する組織の幹部や経営者、あるいはそのオープンではない「企業風土」に問題があるの だ。
今回のドリームフォースでも、テクニカルなブースが多い中、社内の「企業文化」を変革させるためのセミナーが開催されていた。ザッポスでは教科書にもなっ ている「ピーク経営」の著者、TEDなどで人気のチップコンリー氏が、顧客・社員・経営陣がどうすれば豊かになれるのか、その「企業文化」のありかたを話 されていた。偶然、4月にプライベートセミナーを受けていたので、DF2012にいるなら来ないか、と誘われ足を運んだが、大きな会場は満杯になるほどの 人気であった。システムよりの話ではないにも関わらず、会場は満杯で「エモーショナル」をテーマに1時間強の講演となった。

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カリフォルニア州では最大規模のホテルチェーンを経営するCEOでもある、チップ・コンリー氏は、独自の経営手法で自社をV字回復させてきたことでも有名だ。セールスフォースのユーザでもある彼がセミナーで語ったのは「エモーショナル」だった。

例えば、そうした意味では早期に組織の企業文化をソーシャル時代にマッチさせた事業者に「ザッポス」がある。「早く月曜になって欲しい。」週末を迎 える社員達が、そう口にするという、米eコマースの雄だ。透明性・公平性・ソーシャルを活用しながら驚異的な売上をあげてゆくことで有名だが、その企業文 化を彼らはどのようにして浸透させているのだろうか。筆者もザッポスを訪れ、現場マネージャから話を聞いたことがあるが、その基盤ともなるのが「採用」 だった。教育研修が4週間あり、その間「あなたはこの企業文化にフィットしているか?辞めたいと思っていないか?」と、多い時は20回以上は確認するとい う。そして入社後1ヵ月目と2ヵ月目に「今なら退職金を給付するので、もし企業風土があわないなら辞めて欲しい」と面談がある。もちろん、入社前にはみっ ちり研修した上でのことだ。
もしここで退職しないのであれば「私は企業文化に同意しています。」という契約書にサインをしたも同然であるという。だから、3ヶ月目以降、もし企業文化 にあわないのであれば、容赦なく「クビ」だ。しかし、合意の元に進めてきたわけであるから、感情的なしこりは残らないらしい。
社員の評価システムにも、隠し立てのない公平なルールが設けられている。トレーニングを受けるとバッジが設けられるし、そのトレーニングは社内の先輩が就 業時間中に行う。月に1度の評価は、マネージャであったとしても、部下や同期、先輩などから公平にあたえられるしくみだ。

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ザッポスでは、社内スタッフが社員にトレーニングを行い、メールの書き方など20のスキルセットを身につけることができる。スキルを身につける毎に、バッヂが配られる。

今回発表された各機能の内、まさにWork.comはザッポスのような企業が手作業でおこなってきたしくみをクラウド上に実装したといえる。逆にいえば、新しく構築した企業文化の浸透に困っているなら、こうしたツールで企業文化の定着を計るというのも一つの手だろう。

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Work.comでは、クラウド・システム上で、Zapposのようなトレーニング、および、評価システム(バッジの付与など)を社内に導入が可能となっており、企業のソーシャル化を助長するしくみを持つ。

クラウドのリーダーが構築する新たな「共存」の構造

セールスフォース・ドットコムの構造として、

  • 企業買収でスピーディに機能追加し、
  • サードパーティの参入でユーザに安価な機能拡張を提供する

という特徴がある。ドリームフォースの会場内では、そうしたサードパーティによる展示会、「クラウド・エキスポ」が行われていた。セールスフォース にeコマース機能を追加したり、ゲームや楽器、生産・受注システム、在庫管理など、さまざまな機能拡張アプリが並んでいた。また、Work.comや Radian6という機能も、もともとは他社のしくみを買収によって機能としてスピーディに取り込まれたものだ。一攫千金を狙ってM&Aをかける ベンチャー企業、さらには、自社の製品をセールスフォースと組み合わせることでさらなる市場拡大をもくろむサードパーティ各社。「ドリームフォース」とい う言葉が、もっともしっくり来たのがこのエキスポ会場だった。なお、12月には日本でも同様のイベントが開かれるというので、こうした製品群のトレンドに興味のある開発者などは見学されるのも良いかもしれない。

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ドリームエキスポ会場前では、セールスフォースのマーケティングクラウドという製品群を使ったメディアセンターが設けられ、Radian6などによるソーシャルメディア上のモニタリング解析の様子がリアルタイムに公開されていた。

システムを受け入れ、なにを創造するのか?

ソーシャル、モバイル、クラウドは、消費者側の生活にも着実に浸透しつつある。また、事業者側もそうした時代の透明性・公平性に「新しい企業風土」 で適合してゆく必要があるだろう。そのためには「ヒト」が重要である、と今回のスピーカー達が共通して語った言葉だと感じた。だが、現場に戻れば、さまざ まな障害が日々発生するだろう。せっかくの変革を頓挫するかもしれない。そのために、例えばセールスフォースが提供するような、企業のソーシャル化を助長 してくれるシステムを導入することも重要なのだろう。
そうした「受け入れ体制」を整える一方で、事業者は、ソーシャル時代にマッチした自社のサービスや製品を「生み出す」必要もある。いったい我々は、どのような発想を持ち、努力をすべきなのだろうか。
ちょうどこの原稿を書き終えた頃、スティーブ・ジョブズ氏の1周忌を向かえた。Apple.comのトップページには追悼動画が公開され、彼のいくつかの 写真と肉声が流れた。動画をしめくくる最後のセリフは、ドリームフォースの会場にもなった「モスコーニ・センター」でスティーブ・ジョブズ氏がiPad2 発表の際に語った言葉だった。
「テクノロジーだけでは不十分、幅広い教養や文系的領域が、テクノロジーと融合してはじめて、私たちに感動を与えてくれる。」
専門領域に狭く固執せず、より広い視野を持ち、読書や芸術に触れ深く勉強せねばならない、それが、ドリームフォース2012でセールスフォースが唱えた未来、あるいは、これからの時代で何かを生み出して行く時の、よいヒントになるように感じた。