日本への影響は? 2012年、世界最大となったソーシャル・クラウドの祭典 Dreamforce 2012の本質 vol.1

「本当にそんな豪華なイベントが開催されるのか?」

正直、その告知画面を見る限り、あまりに豪華すぎる登壇者に、参加当日まで現実味を感じることができなかった。

DREAMFORCE

というのも、たった1社のクラウドサービスを提供する企業が主催するイベントに、GE、バーバリー、コカコーラ、ヴァージン、フェイスブックといっ たトップ企業の最高責任者の他、ヴァージン会長のリチャード・ブランソン氏や、パウエル元長官までが集うという。まさに各界リーダーのオールスターとも呼 べるような面々が名を連ね、その参加登録者は9万人近くになるらしい・・・こうした種類のビジネス・イベントでは、だいたい4万人前後が最大規模だ。いき なり9万人とは「なんだか嘘くさいな」と勘ぐりたくもなる。

そんな想いを抱きながら、2012年9月19日、サンフランシスコ空港へと到着。目指すは、今回で10回目を向かえるという、セールスフォース・ドットコム社が開催する「ドリームフォース2012」ソーシャル・モバイル・クラウドのイベント会場だ。

ソーシャル・モバイル時代のビジネスツールの祭典

だが開催地のサンフランシスコに着くなり、その光景を目にして「すみません、私が間違っていました。」と心の中で謝った。日本とのスケールの違いを 見せつけられた。サンフランシスコは、シリコンバレーにも近い西海岸の都市で、IT関連の老舗企業や新興ベンチャー企業も多く集う街でもある。安全な区域 なら最低でも6000万円は出さないと住めないらしい。そんな街の至る所が、セールスフォース・ドットコムにジャックされている。

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会場は、サンフランシスコの中心であるユニオン・スクエアから歩いて数分のモスコーニ・コンベンションセンターだ。いつもならタクシーで近くを通る と、道路の両サイドに大きな会場が2つ見えるのだが、今回はこのイベントのために道路が完全に封鎖され、人工芝が敷かれ、コンサート会場が設置されるな ど、専用のイベントスペースと化していた。

個人的にも今年は2度目のサンフランシスコだが、前回とはまったく様相が異なる。現地の日本を知る人に言わせると「日本でいうなら青山通り」ほどの 結構な交通量のある道路を封鎖してしまうほどのこのイベントは、CEOのマーク・ベニオフ氏がサンフランシスコ出身とういこともあり、街おこし的な要素も ある。当然、9万人の参加者には会場も一つでは足らず、インターコンチネンタルなど、近隣のホテル内のイベントスペースもドリームフォース2012の会場 となっていた。

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セールスフォース・ドットコムって?

そうはいっても、日本では、セールスフォース・ドットコムを知らない人はまだまだ多いだろう。簡単に説明すると、顧客データをクラウド上に持ち、イ ンターネット経由で、売上や顧客満足度などを向上させるシステムを提供する、いわゆる「ビジネス・クラウド」の先駆け的な存在だ。こうしたサービス企業は 他にも存在するが、彼らの強みは「スピード」と「安価」にある。逆に、モバイルやソーシャルが登場する以前に作られたシステムは、おうおうにして堅牢さを 重視するあまり、古いしくみを捨てきれないし、また高額だ。一方、モバイルやソーシャルメディアを前提としたシステムやサービスのフットワークは軽く、ビ ジネスの変化に対応するスピードの重要性を理解している。セールスフォース・ドットコムもそうしたサービスの担い手のひとつで、彼らのサービスを導入して いるクライアントは、現在約10万社だという。ホテル、牧場、eコマース、など業種も様々だ。

「もっとも革新的な企業」として、フォーブスなどのビジネス誌ではグーグル、アマゾン、アップルを抜きナンバーワンの企業として評されていることは 知っていたが、サンフランシスコでのそのイベントの規模は想像できなかった。日本にいては分からないことは有るものだな、と、再認識した。

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そんな彼らが「ようやくビジネスにソーシャルを活かせる時が来た」と声高らかに新機能を発表するという今回のイベントのテーマは、 「Business is Social」だ。日本でも、ソーシャルメディアの利用者は年々拡大しており、事業者にとって収益をもたらすレベルにまで至っていることは、今までも各方面で説明をしてきたが、 (※参考はこちら)、 さらにビジネスがどのようにソーシャル化してゆくというのか。その最前線にいる企業が取り入れる「しくみ」と「方向性」を、いち早くこの目で見て触って確 かめ、また、会場に参加している一般ユーザからもバイアスのかかっていない生の声を聞いて、その本質を日本に持ち帰る事が今回の目的だ。

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いったい、クラウド・コンピューティングで、何が解決されるのか。

どんなに場所が離れていても、どんなに数が多くなったとしても、スタッフ・顧客・パートナー、それぞれひとりひとりに、深い満足度を提供してゆきた い。ビジネスを営む人間であれば、誰しもがそう願っているだろう。だが、現実にはなかなかそうも行かない。社内の各担当間の連絡網がスムースで無いため に、見積もりの作成に手間取り、ライバル会社に出し抜かれ、大切な契約を逃してしまうこともあるだろう。

こうした各部門間の連絡網のまずさは、顧客からのクレーム、在庫切れなどのトラブルを起こすこともある。問い合わせ電話のたらい回しなどはその良い例だ。

だが、中には何千人もの顔や車のナンバーまで覚えているドアマンがいてくれるおかげで、一生涯のファン・ユーザを多く持つホテルもある。しかしその ような人材はごく一握りだ。誰だってそんな風になりたいと思うが、能力という名の壁はどの企業内にも実在する。これらを「システム」という機能とチーム ワークで解決してくれるのが、セールスフォース・ドットコムが提供するような、クラウド・コンピューティングによる顧客管理システムだ。

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顧客や名刺のデータベースが、ソーシャルと繋がると?

では、自社の顧客や見込み客、パートナー企業の担当者といった人間のデータベースが、ソーシャルメディアと連携すると、一体、どんなことが起こるというのだろうか。

今では飛行機に乗れば、当たり前のようにエコノミークラスでも座席シートのモニターで映画が見られるが、こうしたサービスをいち早く提供したのが、 ヴァージン・アトランティック航空だ。今回、同グループの、ヴァージン・アメリカ航空が、このモニターにクラウド・ソーシャル・モバイルを利用した「顧客 との交流」を見いだした。

例えば、ある便の到着が予定より遅れることになった。管制塔と連携しているヴァージン・アメリカ社のシステム上では、スタッフはすぐにそのことを察 知し、顧客データベースから乗客リストをチェックする。すると、ファーストクラスにある一人のVIPの乗客が乗っていることが分かった。

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さらにこのユーザは、ソーシャルメディア上で旅程を書き込みしている。

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だが今回の遅延で、当初このユーザが予定していた乗り換えは困難となった。そこで、到着予定の空港スタッフとチャットでやりとりし、スムースな移動 手段を記載したプラカードをpdfで作成。「●●さん、ようこそ。」と書かれたプラカードはクラウドを経由して、現地スタッフのipadにダウンロードさ れる。

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到着ロビーでは現地スタッフがそのプラカードをipadに表示させて待機しており、そのことを、搭乗中の顧客のモニターに案内される。「あなたの次の飛行機への移動を私たちのスタッフがお手伝いします。地図もお送りします。」と、こころ憎いサービスを提供するのだ。

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システム的に考えれば、もう少しスマートなやり方もあるはずだが、あくまでこれはデモンストレーションなのだろうか、あるいはあえてヒトの気配を残すように設計したのだろうか。いずれにせよ、これらはセールスフォース・ドットコムの各ツールで可能となっている。

こうして考えると、消費者の立場においても、何も特別なシステムにログインしなくても、普段使い慣れたソーシャルメディアで情報を書き込んでおけば、色々と便利なサービスを受けられるようになるというのは喜ばしいことだ。

また、スキー用品メーカーであるロシニョール社の事例では、商談先の担当者のソーシャルメディアの書き込みをチェックし、そつなく商談を進める。コ スト交渉までたどり着けたら、すぐにその場で社内の担当者とモバイルシステムで連絡を取り合い、決裁責任者にもチャットで迅速に承認を得て、クライアント に見積もりを提示する、うまく商談が成立した。だが、そこで終わるのでは無く、しっかりとその場でタブレット端末にサインをもらうことも忘れない。商談成 立のその当日に「契約成立」となった。

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2017年、CMO(マーケティング最高責任者)はCIO並のITスキルが要求される?

だが、こうしたソーシャルメディア好きなユーザが、自社のユーザ層に今どのくらいいるだろうか。あるいは、ソーシャルを活用しているユーザの気持ち がわかるスタッフが社内に何人くらいいるだろうか。いくらソーシャルメディアが日々成長しているとはいえ、そのバランスが整い、運用を開始すべき時期はい つ頃なのだろうか。

今回のカンファレンス中、マーク・ベニオフ氏は「ソーシャル革命」という言葉を繰り返しながらも「今後、IT化の実権はCIO(最高情報責任者)か らCMO(マーケティング最高責任者)へと移行するだろう。それは、2017年頃ではないか。」と、IT分野での調査やコンサルタントで定評のあるガート ナー社のレポートを元に、遅くとも5年以内に本格的なソーシャルメディアを使ったマーケティングが実用的な時期を迎えることを示唆した。

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実は、今回のカンファレンス中、多くのCMOが各企業から登壇、あるいは一般参加していた。会場の日本人から、「CMOって何?」という言葉も聞い たことから、日本ではまだなじみの薄いポジションなのだろう。実はC■Oという、Cレベルの最高責任者を表す言葉としては、他のポスト同様に最初から存在 していた。というのも私自身、創業から上場まで携わった企業でCIOの肩書きだったが、実際には、CMOの要素が高かったため、名前をどうするか社内で討 議されたことがあった。一言でいうなら、CIOはバックオフィスを担当し、CMOはフロントエンドのITを担うことになる。個人的には呼称はどちらでも良 かったが、IT化したマーケティング1本でまずは成長しよう、という方向性だけは決まっていたため、IT担当者がやることは多岐にわたった。システム開発 からマーケティング、人事、物流、コールセンター、商品開発など、思い通りの売上を作るためには、そこまで広範囲に口を出せる権限がないと、ITに特化し たマーケティングの導入は困難だったろう。その点、当時のCEOはよく理解を示してくれたと思う。

最近になって比較的大きな会社に伺う立場になり、長らくIT知識を必要としていなかった会社が、いきなりITでマーケティングを始めようとすると、 ちょっとした簡単なことでも、とたんにハードルの高い作業となることを実感している。ただでさえ、コスト面などのプライオリティが低い上に、正体不明の分 野は後回しとなることが多い。

逆に言えば、IT知識を持ち合わせ、マーケティングセンスのある経営層がいれば、CIOだろうがCMOだろうが、肩書きに振り回されなくても十分ソーシャル時代で成功する企業としてスピーディに成長してゆけるだろう。

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つまり、現段階の多くのCMOはITとは別の作業を行っている。まだIT(あるいはデジタルマーケティング)に割かれる予算というのは、通常の企業 のマーケティングコストのうち、ほんの一部のケースが多い。さらにソーシャルメディア周りとなれば、その10分の1程度だろう。だが、そのバランスが逆転 するタイミングが、2017年ではないかというのがガートナー社の予測で、マーク・ベニオフ氏もそれを肯定している格好だ。

これは肌感覚になるが、筆者自身は、日本に関して言えば、もう少し早くても良いのかな、と 感じている。いずれにせよ、マーケティングの入り口に、システムが大きく関与しはじめている事には代わりはない。今のうちから、どういったシステムを導入 すべきなのかを検討を始めても遅くは無いだろう。また、システムは、いったん導入すれば完了だが、人の教育はなかなかそうも行かない。このあたりはカン ファレンスでも各担当者が「最後は人だ」と強調していたことからも、まだまだ革新はヒトによってこそ起こされる、と改めて認識した。準備として、システム を見極めると同時に、それらを受け入れるだけの企業風土や企業文化といったものをソーシャルに対応させておく必要もあるだろう。

重要視される「情緒」と「システム」の共存

だが、往々にしてこうしたシステムからは人間の持つ「情緒」といったやっかいなシロモノは排他されがちだ。なぜなら、「数値化・無人化・効率化」と いったシステム化によって得られる「スピード」や「量」を、ヒトの「情緒」が妨げかねないからだ。確かに、こうしたIT化によってサービスは均一化されれ ば、より多くの顧客に間違いのない一定の品質を供給できる。

しかし、従来のシステム化がめざそうとしていたものとは全く「ま逆」の「ムダ・ヒト・感情」といった要素を消費者は渇望し始めた。かつて、「電子音 楽」という領域が全盛だったころ、誰もがそのテクノロジーの発展に注目した。だが、ユーザはある時期から「アコースティック」な、ヒトの手のぬくもりや微 妙なズレを好む路線へと変わっていった現象と似ていないだろうか。

メディアも同様に、記録、伝達、創造、の順序で、文字・画像・音声・動画メディアがテクノロジーの進化を繰り返してきた。しかしこれらの進化の歴史 で共通していえることは「最後は完璧な技術よりも、適度に不完全なヒトに回帰する」ということではないだろうか。ソーシャルメディアの中心的役割とも言え る「交流」は、ヒトが本能的に求めているもので、阻止することはできない。今後、どのようにTwitterや、フェイスブックが盛衰 しようが、何らかの形を変えて、その時代時代に手段が登場してくる。

銀行という場所そのものが、そもそもソーシャルだった。

例えば、オーストラリアの大手銀行Commonwealth BankでもCMOが登場していた。銀行といえば、安定性やセキュリティの観点からもなかなか古いシステムから脱却できず、いまだコボルなどの古いプログ ラム言語が現場で活躍している業種でもある。そうした旧態依然としたシステムで成り立つ、 革新的な変化を受け入れにくいイメージをもたれがちな銀行が、クラウド化とソーシャル化を導入することで顧客からの満足度を獲得し、銀行に出向かなくとも スマートフォン上で預金管理ができたり、目の前にいるアルバイト社員に給料を振り込むなどの便利な機能のほか、そうした端末を通じて銀行スタッフと交流が 図れるという古きよき「社交場」としての機能を取り戻しているという。

『銀行が組織として変わらなければ、ソーシャル時代の消費者には対応できない。』という彼の一言が印象的だった。守るものが多くなれば、変化という 革新を起こすことは困難になりがちだが、時代の変化に対応した文化を社内に設計することが求められていることをいち早く察知し、実際に変革を起こしてい る、その事例がオーストラリアでも最大の銀行である、ということに少し驚きを覚えた。

ソーシャル時代のシステム活用は、ヒトの変革から。

このように、単純に「ソーシャル・クラウド・モバイル」これらを兼ね備えたシステムを導入するだけでは、革新は起こらない。安易にモノに頼っていて は「失敗するのがオチ」だろう。使う側のヒトが変わらずに、そうした努力をおこたり、システムに任せっきりにしたところで、変革がうまくゆかない。それど ころか、変革の失敗をシステムのせいにしてしまいがちだ。これでは正しい投資の評価すらできないばかりか、進むべき道を誤りかねない。

「(システムの導入にあたって)ヒトとヒトとの関係性がまずは重要だ。」facebook、CIO ティム・カンポス氏

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「(ヒトの集合体である)組織が変わらなければならない。」パウエル元長官

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「システムの導入にしても、銀行が変わる必要があった。」Commonwealth Bank CMO アンディ・ラーク氏

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実際にソーシャルをからめた運用事例を持つ、あるいは豊富な経験から時代を読み解く洞察力に優れたリーダー達 が語る言葉の節々に、ソーシャル・クラウド・モバイルの時代に対応するためには「ヒトの変革が必要」という言葉が、耳に残った。

「いいね」のかわりに「ありがとう」が社内を活性化させる。 work.com

そうした「ソーシャル・モバイル・クラウド」によって社内活性につながるしくみ、work.comのデモは、ビジネスにソーシャルを取り入れるとい うテーマの中でも、もっとも「リアリティ」を感じた。 つまり「いいね」の代わりに、「ありがとう」というボタンが組み込まれ、オフィス内でわからないことがあった場合は、チャットで質問するとその履歴が残 り、OJT(現場での指導)に貢献した社員には、いいねならぬ「ありがとう」が押される。

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そうしたありがとうが集まることで、バッジが与えられる。そのバッジにはamazonクーポンなどを付与することも可能で、実質的な「報酬」として買い物することも可能だ。

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こうした日陰の努力や成果をマネージャは管理画面から可視化して把握することができる。「評価」されれば「やる気」にもつながる。

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ねたみ・そねみ・根回しなど、社内を「透明化」することで、そうした負の要素がオフィスから姿を消し、全社員のモチベーションをアップさせ、生産性 の高い事業体をめざしてシステム構築されている。今、先進的な組織が体感していることを、Work.comのデモンストレーションは、もっとも雄弁に語っ たように思われる。

実名性のサービスは日本では流行らない、という専門家の意見を覆す格好で日本でも着々とそのユーザ数を増やしているfacebook。彼らが掲げるのは「透明性」「公平性」によって、ネットを通じてヒトに「豊かさ」をもたらすことだ。

もともと、そうした「ソーシャル」を前提にシステムを開発する彼らだからこそ、ソーシャル・ネットワークをオフィスに導入するという「革新」もスムースに進むのだろう。隠蔽や階級差別、といった古い風土を抱えている企業では、まずはここから紐解く必要性があると感じた。
いずれにせよ、こうした体制作りには時間がかかるものだ。システムを取り入れるにせよ、企業の中身を変革させて行くにせよ、今から少しずつソーシャルを意識した体制づくりが必要なのではないだろうか。

次回では、実際に、彼らがそうしたシステム を導入するに際して、実際どう取り組んで、実用化させたのか。いくつかのヒントを持ち帰ることができたので、今回、具体的に紹介できなかった、各システムの機能なども含めてご報告をさせていただきたい。

ところで、周囲が外国人ばかりの会場で、筆者が心細く思いはじめていた頃、大きくスクリーンに映し出された「日本郵政」の赤いポストは、妙に凛々しく思えた。

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