2023年5月31日(水)にSalesforce Tower Tokyoで開催された「Trailblazer Party for Consumer Goods 2023」(セールスフォース・ジャパン主催)。
「DX x SPEED:激変する市場環境への迅速な変化対応を実現するDX実行環境」との副題を冠した本セミナーでは、株式会社インテージ 生活者研究センターでセンター長を務める田中宏昌氏が、コロナ禍によって市場環境や消費者の行動様式がどのように変化したか、また消費財企業がそれにいかに対応するべきかをデータの観点からひも解きました。さらに、コロナ禍の中でSalesforceを基盤としてDXを推進している消費財企業の好例として、株式会社コーセー 経営企画部の進藤広輔氏と情報統括部の谷口椋子氏が、同社の取り組みを紹介しました。本記事ではそれらの講演を中心に、セミナー全体の模様をレポートします。

 

コロナ禍で揺れ動いた生活者の意識と行動、一気に進行したスマホ・アプリシフト

本セミナーは、消費財企業の経営企画・DX推進・営業・IT・マーケティング各部門に所属する経営層・マネージャー層を対象として、50名の方にご参加いただき開催されました。オープニングのあいさつでは、セールスフォース・ジャパン エンタープライズ営業第一統括本部 第一営業本部 消費財・ヘルスケア/ライフサイエンス営業部長の白神正洋氏が登壇。「これまで企業におけるDXは、テレワークの環境整備などのパンデミック対応が主流だったが、今後はいよいよ、消費者の行動様式や仕事の仕方の急速な変化など、新しい時代に対応するビジネス変革という観点での推進が必要になる」と本セミナー開催の背景と趣旨を説明しました。

続いて登壇したインテージの田中氏は、「Beyond COVID-19~変わったこと・変わらないこと~」と題する講演を行いました。最初に触れたのが、コロナ禍の約3年間、生活者の意識と行動がどのように揺れ動いたかについてです。

「感染者数の増減にシンクロして上下してきた生活者の感染不安や行動不安は、現在、感染拡大以降もっとも低い状態にあり、今後以前のように高まることはおそらくない。リモートワークは実施率5割程度で定着し、人流はほぼコロナ前の水準に回帰している。一方、家庭の暮らし向きが回復していると感じていない人の割合は30~40%程度であまり変わっておらず、物価高とも相まって生活者の節約意識は依然高いままだ」(田中氏)

コロナ禍や値上げによる生活者の買い物意識の変化をより細かく見たとき、レジャーやイベントに対する支出は緩んでいる一方、主食・主菜やインフラなどに関しては節約・低価格化へと進んでいる、と田中氏。ハレ消費は以前の水準に戻ったものの、コロナ禍は日々の暮らしにいまだ影を落としている、と指摘しました。

 

流通については、生活者のそうした購買意識・行動の変化を受け、スーパーマーケットが苦戦しているのに対し、ドラッグストアは2023年に前年増と健闘。生活者が両者を利用する理由として、スーパーマーケットについては「買いやすさ」や「品揃え」、ドラッグストアについてはポイント・クーポンなどの「販促」を重視していると説明し、次のようにまとめました。

「生活者は、感染不安や周囲の目を気にした自粛・自制から解放された。節約意識は根強いが、一方で回復する消費マインドを満たすため、『普段はがまんしているのだから、これぐらいはいいだろう』と心の中で合理化し、ご褒美としてお金を使う場面を探している側面もある」(田中氏)

続けて田中氏は、コロナ禍における生活者のメディア利用の変化について言及しました。コロナ禍以前と比較して生活者のメディア接触時間が急増する中、全世代の総接触時間において、ついにスマホがテレビを超えたのは重要な変化だ、と田中氏は強調します。

「30代以下の世代だけでなく、40代でも男女ともにスマホがテレビを逆転し、70~80代でもスマホを使いこなしている人が想像以上に増えている。ただ、そうしたデジタライゼーションは、コロナ禍によって突然新たな動きとして出てきたわけではなく、いずれ絶対に起きるはずだったこと。コロナ禍で背中を押され、時計の針が早く進んだだけだと理解したほうがいい」(田中氏)

田中氏は、そのように高齢層でもスマホ・アプリシフトが進んだ経緯について、当初はワクチン接種の予約などの“安心・安全”を得るために利用し始め、次第につながりや情報、“お得”を実感するようになり、“暮らしの支援ツール”として定着した、と分析。また、全世代的なスマホ・アプリシフトによって、生活者のDXが一気に加速したことから、今後は企業でも“生活者起点のDXデザイン”が非常に重要になる、と指摘しました。

 

3つのキーワードでひも解く、消費財企業の「これから」に向けたヒント

消費財企業は、そうした変化にいかに対応するべきか。田中氏は、今後に向けたヒントとして、新しい消費のスタイルを表す3つのキーワードを挙げました。1つ目は「堅調消費」。「節約はしたいが、暮らしをさびしくしたくはない」「情報収集でスクリーニングすることで、購買の失敗を避けたい」という消費者心理です。田中氏は、それに応えるため、「推し」や「豊かな体験」をどれだけ作り出し、提供できるかが重要になる、といいます。また、スマホが生活者の感覚器・外部記憶装置として“身体化”している現状を踏まえ、情報の接触から収集、購入までをワンストップで、シームレスに行えるプラットフォームを提供する必要がある、と指摘します。

2つ目のキーワードは、「持たざる/決めざる消費」です。“シェア”や“サブスプリクション”という言葉に象徴されるように、生活者の消費行動は、「いろいろ楽しみたいから、気分やシーンに合わせてモノ・コトを選択したい」「“所有”や“新品”はお金がかかるから、シェアやレンタルで構わない」という傾向が強まっています。そのニーズに応えることが、今後の消費財企業には求められる、と田中氏はいいます。

3つ目は「省力化」。新しい消費のスタイルにおいて、“タイパは正義”であり、時短・簡便が徹底的に求められています。「時間・お金を無駄にしたくないから、情報をわかりやすく届けて欲しい」「欲しいと思ったときに情報・商品を手に入れたい」というニーズに応えるため、消費財企業は、顧客それぞれの暮らしや嗜好を的確に把握し、最適な情報・商品を届ける必要がある、と田中氏は強調します。

3つのキーワードに代表される、新しい消費のスタイル。それを踏まえて田中氏は、今後ビジネスを展開する上でカギを握るものとして、「ワンストップでさまざまなデータがつながっていること」を挙げ、次のように講演を締めくくりました。

「データのつながった世界を体験してしまった生活者にとって、それができていない状態は大きなフラストレーションになる。ゆえに今後のビジネスでは、データを連携させ、徹底的に使い倒すことが求められる。各社知恵を絞り、“ならではの体験・シーン”を生み出していけるよう願っている」(田中氏)

 

コーセーのこれまでのDXの課題とこれから求められること

続いて行われたのが、「テクノロジーと新たなパワーで進めるXトランスフォーメーション~個人の成長・組織の成長・ビジネスの成長を信じて~」と題するコーセーの講演です。まずは、同社のIT・DX戦略を立案・推進する進藤氏が、これまでのDXの取り組みの概要を紹介しました。

同社では2020年から、商品情報のグローバル化や商品企画・決裁のワークフロー化を進めてきました。さらに2022年以降は、「全社で進めるデジタル活用の先のビジネストランスフォーメーション」を目指し、お客様相談室の刷新や全社データ活用基盤の構築などに取り組んできました。ただ、進藤氏によると、実態としては本質的なDXの一歩手前、部分的・単発的なIT化に留まっていたといいます。

「そもそも一般論として、『経営陣にDXに対する興味がない』『権限移譲がまったくない』『明確なDX予算がない』という課題がある。企業でDXが進まない理由として、『DXに対する会社のコミットメントがないから』とよくいわれるが、それ以前に意思決定者である経営陣にコミットメントするだけの知識・スキルがなければならない。だからこそ最優先で取り組むべきは、経営陣・会社に働きかけ、チェンジに対して前向きになってもらい、支援してもらえるようにすることだ」(進藤氏)

単なるIT化に留まらない“真のDX”を実現するためには、その第一歩として、DXに対する期待や狙いを鮮明化する全社的な啓蒙活動や、“商品”から“顧客”へのマインドチェンジを図るDX教育と効果測定を行わなければならない、と進藤氏。また、業務プロセス・フローを可視化するための業務調査を行い、自分たちの足元を確認・整理する時間も必要だといいます。そして、BPR施策を実践する中で改善ポイントを見つけ、改革につなげて新たな業務モデルを確立していく。その意味で、BPR施策とDX施策はほぼ同一のものだ、と進藤氏はいいます。

その上で進藤氏は、コーセーの描くDXの全体像を提示しました。「企業価値の向上」を最大の目標として、「新たな顧客体験・サービスの創出」「すべてのバリューチェーンの再生」を事業単位ごとに実現していく。そして、それを支えるデジタル基盤を強化するため、Salesforceを活用する、という構想です。進藤氏は、「企業価値の向上」というゴールへたどり着くためのプロセスをどうするか、それがこれからの同社のDXに求められることだ、と述べました。

 

化粧品業界のビジネス環境とコーセーの現状を受け“聖域なき構造改革”を決断

進藤氏は、化粧品ビジネスの現状と、その中で進めるべき営業業務改革について解説しました。一般に化粧品業界には、制度品・一般品・訪問販売・EC/流通販売という販売モデルがあり、販社の下に百貨店・専門店・ドラッグストア・総合スーパーという流通販路があります。そして、それらの販路は固定的でルートセールスが基本であり、新たなニーズを生み出すのが難しいのが実態だといいます。

そうした中、コーセーの売上は、同業他社と同様、コロナ禍によって減少し、2022年から回復基調に入りました。ただ、それが単に外的な要因によるものなのか、あるいは企業努力の成果なのかはしっかりと評価できていない、と進藤氏。業務改革の要素を「組織」「ヒト」「文化」「業務」「システム」に分解してそれぞれの課題を整理したところ、コロナ禍を機に構造的な歪みが浮き彫りとなり、抜本的な対応が不可避となったそうです。

「そうした状況を受けて取り組み始めたのが、『組織』『ヒト』『文化』『業務』『システム』という全方位からのリニューアルによる、いわゆる“コーセーらしさ”からの脱却だ。たとえば営業業務において、取引先・顧客との関係の中でなかなか変えられなかった部分にもメスを入れるなど、聖域なき構造改革を進める決断を下した」(進藤氏)

2023年以降の新たな“コーセーらしさ”の構築ステップとして打ち出したのが、Salesforce導入を起点とした“要素改革”の有機的な連動です。SFAの導入をきっかけとする営業プロセスの見直し、それにもとづくマネジメントの導入、運営する組織の再編成、人材の教育、新規ビジネスの創出というステップを踏み、新たな顧客体験を提供していこうというものです。

 

Salesforce導入を阻む“壁”と導入に必須な3つの“チェンジ”

そうした業務改革の起点にSalesforce導入を据えた理由について、進藤氏はこう説明します。

「当社の業績回復が遅れている背景には、長年の“KKD”による業務の属人化や組織力の低下、20年前に構築したシステムが活用されていないなどの内的要因があった。また、お客様の購買行動の変容やニーズの変化などの外的要因もあった。それらに対応する上で、継続的に進化する世界標準のシステムを導入し、グローバルで蓄積された英知をそのまま迅速に利用するメリットは大きい、と判断した」(進藤氏)

ただ、社内には、Salesforce導入を阻む“壁”があったといいます。売上にどれだけ貢献するかが不透明という「コストの壁」、伝統的な営業スタイルに慣れている社員に使いこなせるのかという「オーバースペックの壁」、そもそもSFAが本当に必要なのかという「マインドの壁」です。それらを乗り越える上では、同社の従来の考え方や働き方を知らない、若手社員の力が大きなポイントになるのではないか、と進藤氏は見ています。

また進藤氏は、Salesforce導入に必須な3つの“チェンジ”を紹介。SFAは営業の業務効率アップのためではなく、売上アップのためのものだというロジックを作ること。情報システム部主導ではなく、営業部主導で取り組むこと。既存業務にシステムを合わせるのではなく、業務をシステムに合わせて標準化することです。SFAはシステム導入ではなく、業務そのものの導入であるととらえることが大事だ、と進藤氏は強調しました。

 

若手社員から見たDXの阻害要因と“真のDX”のあり方

ここからは、DX推進の担当1年目の谷口氏が、若手の視点から、DXのあるべき姿や取り組み方について話しました。

「一般に会社という組織には、変化を阻む“壁”がある。たとえば、若手が業務改善について上司や先輩に意見を述べると、過去の経験をもとに『今までこうしてきたから』と跳ね返されてしまう。しかし、DXとは予測不可能な未来に向かって変化を起こすことである以上、過去から現在までの経験だけでは実現できない。若手の新しい視点や発想の中にある変化の兆しをすくい上げ、昇華させる姿勢が重要だと感じている」(谷口氏)

谷口氏は、DXが進まないもう1つの原因として、情報システム部主導のものになりがちである点を挙げました。ビジネスの観点をもとに、業務やビジネスそのものの変革、そしてその先にある顧客の変革を構想してはじめて、“真のDX”を実現できる。つまり、DXの本質はテクノロジーにあらず、ビジネスにある、と谷口氏はいいます。

また、DXが業務やマネジメントの変革であるとするならば、続いて「文化」「組織」「ヒト」「ビジネス」を変革するビジネストランスフォーメーション(BX)、さらにその先には顧客自身や顧客との関係を変革するカスタマーエクスペリエンストランスフォーメーション(CXX)がある。それらを起こすきっかけとしてDXをとらえることが重要だ、と話しました。

 

一過性で終わらせない“SDGs的”DXを実現する社内環境とシステムとは

DXは、一度変化を起こせば成功といえるものではありません。谷口氏は、DXを継続的な取り組みとするのに必要な考え方についても解説しました。

「DXを一過性で終わらせないためにはどうすればいいか。DX推進の担当者として強く感じたのは、リーダーを入れ替えながらDXを脈々と引き継いでいくことの重要性だ。はじめにリーダーAが、賛同者Bを引っ張りながらDXを推進する。そしてリーダーAは、プロジェクトの区切りなどのタイミングで離脱し、Bにリーダーの役割を継承する。さらにリーダーBが賛同者Cを獲得し、バトンタッチしていく。重要なのは、新しくリーダーとする人材を必ず事業部門内から選出すること。事業の主管者となる部門の人材が早期から協働し、取り組みを引き継ぐことが、持続的なDXのカギになるからだ」(谷口氏)

また、DXとは、一度決めた方向性を柔軟に変化させてしかるべきものだ、と谷口氏はいいます。目まぐるしく変化する外部環境やリーダーとなる人物の思いによって、そのつど最適なゴールを設定する柔軟性を持つことが、DXのあるべき姿なのです。

そうした“SDGs的”DXを実現しやすい環境として、谷口氏は、自由で新鮮な発想が生まれやすい人材の多様性があること、そうした人材を受け入れるオープンでフラットな組織であること、業績への直接的な貢献度だけでなく新しいチャレンジを前向きに評価する文化であることの3点を挙げます。

同時に、“SDGs的”DXを支えるシステムとして、機能面で自動的に最新のグローバルスタンダードにアップデートされること、非機能面でビジネスの拡大・縮小に柔軟に対応できる弾力性があること、システム起因でビジネスの変化を止めないよう従量課金型であることの重要性を強調しました。

「コーセーでは今後も、営業業務改革を持続可能な取り組みにするための挑戦を続けていく。ビジネス面では、営業をさらにいい方向へ変化、成長させる人材を集め、営業組織内にCoEを立ち上げる。またシステム面では、消費財業界のグローバルベストプラクティスを反映させたConsumer Goods Cloudの活用を前提に、レガシーなシステムと業務から一気に脱却し、営業力の大幅アップを目指していく」(谷口氏)

 

Salesforceのナレッジの企業間共有が今後の消費財業界を盛り上げるきっかけに

講演のまとめとして進藤氏は、事業会社におけるSalesforceとの歩み方やSalesforceのあるべき姿についてこう話しました。

「当社では、企画から要件定義、設計・開発、導入・展開、定着までのすべてのフェーズにおいて、セールスフォース・ジャパンの方に徹底的に参加してもらっている。セールスフォース・ジャパンを単なるソフトウェアベンダーではなく、業務改革についての知見を世界一多く持つプロ集団だととらえているからだ。当社のビジネスを100%理解してもらう代わりに、当社もセールスフォース・ジャパンのサービスを100%理解する。そういうお互いの協力があってはじめて、単なるシステムに留まらないSalesforceのメリットを享受できると考えている」(進藤氏)

進藤氏は、Salesforceの設計や利用の過程で得られたノウハウ・ナレッジを企業間で共有して業界を盛り上げ、日本をもっと強くしていきたいと抱負を述べ、「Salesforceとともにあらんこと」との言葉をもって講演を終えました。

2社の講演後、本セミナーでは、セールスフォース・ジャパンのファシリテーター1名を含む6名のテーブルごとに、講演内容を踏まえた1時間のディスカッションが行われました。各テーブルでは、営業改革や消費者をよりよく理解するための取り組み、DX推進の上で経験した壁や突破方法など、参加した皆様から意見が百出し、大いに盛り上がったようです。

 

その後、会場をSalesforceオフィス最上階の'Ohana Floorへ移し、懇親会が開かれました。まさしくコーセーの進藤氏が述べたような企業の垣根を越えた交流により、多くの皆様が、自社のDX推進に活かせるヒントを持ち帰っていただけたのではないでしょうか。

 

変化・多様化への対応〜消費者志向を見据えた戦略アップデート

消費財業界を取り巻く変化を紐解きながら、環境変化に対応し競争優位を生み出す消費財メーカーのITプラットフォームのあり方に迫ります。