近年、心理的安全性についての関心が高まっています。ダイバーシティ&インクルージョンがますます重要になる現代社会において、企業や組織は、社員が自分らしく働ける環境を促進することが求められています。本記事では、チームにおける心理的安全性の実現と実践がなぜ重要なのかについて理解するため、実際にLGBTQ+当事者である社員の実体験のエピソードを交えて考えていきます。

 

 

心理的安全性とは何だろう?

心理的安全性のある環境とは、職場やチーム内で、メンバーが安心して自分の考えや意見、感情を自由に表現できる環境のことを指します。心理的安全性が保たれた環境では、メンバーは失敗を恐れず、自由にアイデアを提供し、チーム全体の目標達成に向けて貢献することができます。一方、心理的安全性がない環境では、メンバーは意見やアイデアを自由に表現できず、結果として、チーム全体のパフォーマンスが低下することがあります。また、メンバー自身もストレスを感じたり、仕事に対する意欲が減退することがあります。

企業にとって、心理的安全性は非常に重要です。組織内において、個人が自分らしく働くことができる環境を提供することは、生産性やチームワークの向上につながるからです。企業が心理的安全性を促進させる取組みを行なうことで、社員の意見やアイデアを尊重し、自分らしさを受け入れることの重要性が示されます。

LGBTQ+の人々の心理的安全性

LGBTQ+とは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クエスチョニング、その他の多様な性のことを指します。LGBTQ+当事者が理解のない職場やチームにおいて違和感を抱いたり、辛い思いをすることは少なくありません。例えば、同性愛者をからかうような発言を聞いて傷ついたり、パートナーについて公言できずにストレスを感じたりするケースもあります。

このような状況では、LGBTQ+を自認する人々は安心して働くことができません。LGBTQ+当事者が心理的安全性を感じられる環境を提供することは、企業にとっても重要な課題となっています。

近年、様々な企業でLGBTQ+の人々に関する研修が行われるようになっており、各種メディアなどでも取り上げられることもよく目にするようになりました。それではどうして、LGBTQ+差別はまだ残っているのでしょうか。
その一つの原因が、人々の持つアンコンシャス・バイアス(無意識バイアス)であると言われています。

 

アンコンシャス・バイアス(無意識バイアス)

アンコンシャス・バイアスとは何だろう?

アンコンシャス・バイアスとは、無意識のうちに人々が持つ、ある特定のグループや個人に対して偏見や差別的な態度を取る傾向のことを指します。例えば、「警備員」と聞くと、多くの人が「貫禄ある男性」を思い浮かべたり、「南の島出身の人」と聞くと、「穏やかで大らかな明るい性格の人」と思い込んだりすることなどです。
この例からも分かるように、アンコンシャス・バイアス自体は全く珍しいものではなく、誰もが、いつどんなときでも持っているものなのです。

しかし、誰もが無意識に持っているからこそ、その偏見をそのまま放置すると、チーム内でのハラスメントに繋がったり、ひそかに嫌な気分になっている人たちがコミュニケーションを避け、結果としてチーム全体としてパフォーマンスが低下するといったことに繋がりかねません。

そのため、自分を含めて、誰もがアンコンシャス・バイアスを持っていることを認め、主体的にその改善に取り組み続けようとする姿勢が大切です。

 

LGBTQ+の人々が心理的安全性を持って働くには

ここからはLGBTQ+の人々が直面するいくつかの問題について、当事者であるSalesforce社員とその上司のエピソードを交えてご紹介します。

 
河津レナさんの写真

河津レナ Lenna Kawazu さん

ノンバイナリーを自認し、交際15年目の女性のパートナーと暮らしている、D&I Recruiting Teamメンバー。オーストラリアで暮らした後、帰国し就職した日系のメディア業界での女性やLGBTQ+に対する対応にカルチャーショックを受ける。2022年4月にSalesforceに入社し、自分らしく働けることに喜びを感じている。

 
今津知子さんの写真

今津知子 Tomoko Imazu さん

2021年7月にD&I Recruiting ManagerとしてSalesforceに入社。女性や障害を持った方の採用強化を担当。3人息子の母として、親の介護や子供の障害の経験者として、マネージャーとして、仕事とプライベートの両立、個の可能性を最大化するキャリア支援へのパッションを持つ。2級キャリアコンサルタント技能士、職場適応援助者(ジョブコーチ)。

 

——LennaさんはLGBTQ+の当事者であることをオープンにされていますが、過去の経験などから、仕事で働きづらさなど感じたご経験はありますか?

 

Lenna

過去の職場では、同僚から理解を得ることができなかったりとか偏見があったりとかで、働きづらいことも多々ありました。私はカミングアウトすることを望んでいるのですが、カミングアウトしたときに大体二つパターンのリアクションを受けます。一つは「よくわからないから、聞かなかったこと」にされる。そしてもう一つは「ネタにされる」ですね。例えば、お客様のところに連れて行かれた際の紹介で、「この子レズなんですよ」って、「レズ」という蔑称を使ってアウティングされたりだとか、あとそういうセクシュアリティの話を自分からしているから、セクシュアル(性的)な話もこの子にはしていいんだと勘違いされて、下ネタの話を振られる、セクシュアルハラスメント的なことをされたりとかは本当につらかったですね。

 

——そのような環境の中で、周りの方とコミュニケーションで感じていたことを教えてください。

 

Lenna

色々と摩耗しながらコミュニケーションを取っていたと思いますが、やっぱり信頼関係を築くのはとても難しかったです。伝えた相手がきちんと理解してくれなかったり、この子はちょっと普通の感覚じゃないからという色眼鏡で見られて、仕事もきちんと評価されなかったりということも多々ありました。そんな中で働いていると、自分自身を否定されて、ものすごく自信を失ってしまうということもありました。

 

——今のチームでの働きやすさについて率直に教えてください。

 

Lenna

今のチームは、自分自身が皆さんに肯定されていて心理的安全性が保たれた環境と感じており、すごく働きやすいです。とても印象に残っているエピソードなんですが、入社して初めてのマネージャーのTomokoさんとの1 on 1ミーティングで、「あなたのパートナーとの生活も大事にしてね」と言われたんですね。その一言に、「私はマネージャーとしてあなたとあなたのパートナーとの生活を尊重しているよ。あなたのパートナーもあなたの大事な一部だと思ってるよ」という、思いが凝縮されていたように感じてとても嬉しかったです。
こんなことこれまで誰にも言われたことなくて、この人のために仕事を頑張ろうっていう気がしましたね。今ではチームミーティングの際などに皆さんから「パートナーは元気?」などと声をかけてもらうことも多くて、とても嬉しいです。

 

——では、そんなチームのマネージャーであるTomokoさんに質問させてください。 何かマネージャーとして、普段心がけていることですとか、何か意識されていらっしゃることあれば教えてください。

 

Tomoko

メンバーに限らず、同僚や上司に対しても、心を開いてもらうためには、まずは自分からなるべく心を開こうということを心がけています。

私には中途で視覚に障害を抱えた子供がいますが、そのことも社内ではオープンにしています。目が見えなくなってからもう4年ぐらい経っているのに、未だに物の場所を説明するのに右と左を間違えてしまうような失敗をよくしてしまいます。そんな失敗談もオープンに話しています。

また、チームメンバーとの1 on 1では、「最近ご飯食べられてる?睡眠はきちんと取れてる?」っていうことは聞くようにしています。というのも、私もそうなんですが、上司に「最近どう?」と聞かれても、大抵は「大丈夫です」とか、「元気です」っていう答えになってしまうような気がしているので。健康のバロメーターである食事と睡眠について具体的に聞くことで、「実は最近ちょっと寝づらいんです」とか話してくれて、そこから少し深堀りしていていくと、「実は...」と抱えている悩みなどを話してくれることがあります。ですから、食事と睡眠については意識して聞くようにしていますね。

 

メンバーの声と心理的安全性

——ご自身の経験として、心理的安全性が重要だと感じた点、そして、そのためにコミュニケーションなどで工夫されていることはありますか?

 

Tomoko

以前の会社で、同性パートナーが社員の福利厚生の対象にならないという問題点に、当事者の社員から相談されるまで会社として気づくことができなかったということがありました。それをきっかけに、会社の制度を変えるという動きにつながりましたが、まだ同性パートナーが対象になっていない会社が、日本にはあるのが現状なのではと思います。

メンバーや社員に声を上げてもらうためには、相談しても大丈夫なんだと感じてもらう事が重要だと感じています。「この人に悩みを言っても受け止めてくれる」というものがなかったら、制度の見直しは1年も2年も遅れてしまった可能性があると思います。声をあげてもらうためには、心理的安全性が重要であることに、その時気付かされました。

私自身D&Iを推進していた立場だったので、そういう声が入りやすい環境ではありましたが、まだまだ学ぶことは多いです。知らないこともあるし、時には間違えてしまうこともある。そのことを、常に意識しようと心がけていますし、間違えた時には「ごめんなさい」と素直に謝るようにしています。

例えば、Lennaさんと出会う前は、ノンバイナリーの方と働くのが初めてだったので、Lennaさんには、都度どう感じるか、どんな意見があるのか教えてほしいというスタンスで確認するようにしています。

 

心理的安全性を形成する上で求められるものとは?

 

——インクルーシブな職場の環境、心理的安全性を高めるための環境を作る上でマネージャーに求められる資質について、何か思いつくものはありますか?

 

Tomoko

信頼関係の構築は、もちろん前提となると思います。一方で、「心理的安全性=優しくしないといけない」とか、「厳しいことを言っちゃいけない」という風潮になってしまっているのではないかと個人的には懸念しています。私たちは、ビジネス、社会に貢献するために、共通の志を持って組織に集まっています。ですから、良いフィードバックだけではなく本人の成長のためには、改善のフィードバックも大切だと思っています。昨日よりも今日、今日より明日というように、日々メンバーが成長するため、そしてひいてはチームが強くなるために、改善フィードバックをするためには、そこに心理的安全性がないと結局うまくいかない、受け止めてもらえなかったりもするのかなと考えています。

 

——Lennaさんにもメンバーとしてお伺いしたいのですが、インクルーシブな環境、心理的安全性を高めるための職場作りといったところで、メンバーとして求められる資質やアクションなど、何か思いつくものはありますか?

 

Lenna

自分と経験してきたことが違うからとか、自分とバックグラウンドが違うからといって、理解し得ない相手だと感じないことが本当に大事だと思います。これはLGBTQ+の人に限らずですが、ありとあらゆる対人関係の中で人と最初に会うとき、やっぱり自分と違う部分だとか、ちょっと異質に感じる部分とかの方が際立ってしまいますよね。でも対話を続けていくうちに相手のこともよく知って、そして自分のことも知ってもらい、そこで徐々に自分と相手の共通項がよく見えてくるものだと思います。
その結果として同じ目標を見据えた仲間意識というものが芽生えるのだと思いますので、対話を続け、コネクションを作り、着実にTrustを築き上げるというのが一番大事だと思います。

 

まとめ

心理的安全性とLGBTQ+について、企業において取り組むべき重要性、そして実際のエピソードをご紹介しました。多様性と包括性がある職場は、社員の自己実現や生産性を高めるだけでなく、企業の業績にも貢献します。企業は、社員の多様性や異なる文化、性的指向やジェンダーに関する自己認識を尊重し、心理的安全性を実現するための取り組みを進めることが必要です。

適切なフィードバックや改善提案などが活発にやり取りできるような環境として社会的安全性は必要ですが、それを支えるのは人間同士における信頼関係の構築です。一人ひとりがアンコンシャス・バイアスについて理解した上で、相手のことを知ろうと取り組むことが第一歩ではないでしょうか。

最後に、心理的安全性のある職場を実現することは、LGBTQ+の人々だけでなく、社会全体にとっても非常に重要です。多様な人々を尊重し、包括的な社会を実現するために、企業や社会全体で取り組みを進めていくことが必要です。

 


著者

オカタケ ユウキ

株式会社セールスフォース・ジャパン
コンテンツエディター​

ハードな体育会系から何故かSalesforceにやってきた異色の新人エディター。マーケティングはまだまだヒヨッコだが、何かと社内で「よろしく!」と頼まれがちな苦労人だったりする。(ニア)Z世代の風を社内に吹かせるべく、色々企んでいるらしい。

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Outforce

OutforceとはSalesforce内のLGBTQ+への理解促進に取り組む従業員グループで、社内向けの勉強会やSalesforceも協賛しているイベント「東京レインボープライド」(TRP)への支援、従業員の参加促進などの活動を行っています。