これはDXを進める際によく耳にする言葉のひとつです。私自身もこの考え方には大賛成なのですが、DX推進者からよくよくお話を聞いてみると、この進め方で弊害が出るケースも少なからずあるようです。
シリーズDX人材では、DXを推進する組織づくり・人づくりのヒントをご紹介します。今回は特に「デジタル人材(DXの種を生み出し、強力に推進する人材)をいかに育てるか」をテーマとします。デジタル人材が「小さく生んで大きく育てる」アプローチでDXの成果をしっかり出すために、何が必要になるのでしょうか?
私自身はこれまで多くの金融機関や自治体のお客様にデジタル人材育成プログラムをご提供する機会に恵まれてきました。プログラムは「研修」ではなく、「実践プログラム」と位置づけ、実務をテーマに各部門のデジタル人材(またはその候補者)にご参加いただいています。プログラムでは以下のようなフレームワークを参考に、様々な方法論や事例をご紹介しながらDX実行計画を作成してもらっています。
一例として、大阪府の福祉部様では2022年に「DX人材育成プログラム」と銘打ち、全5回のセッションを通じてDX企画書を作成していただきました。
参考:
こうしたプログラムを通じて注力しているのが人材の”OS(オペレーティング・システム)”のバージョンアップです。IT知識やスキルをパソコンの”アプリケーション”とすると、デジタル人材がDXを推進するうえで思考・行動を司る”OS”の強化や発想の転換です。
ここからは、OSバージョンアップの3要素について、冒頭にご紹介した「小さく生んで大きく育てる」とも絡めながらお伝えします。
DXといっても最初から組織全体を対象にした大規模な変革はハードルが高く、できることから進めるやり方は王道だと思います。一方で、組織内外でバラバラにITツールやデータの蓄積・利活用が行われると、後から全体で整合をとるのが難しいケースもあります。例えば、このような状況に陥ってしまった経験はないでしょうか?
このため、「小さく生んで大きく育てる」にしても、対象となる事業や組織全体をまずは俯瞰してラフな全体像を描き、優先順位をつけ、できることから着手するアプローチを推奨します。
しかしながら、真っ白いキャンバスを用意して「全体像を描きましょう」と言っても、なかなか筆が進まないのが現状かと思います。また、対象となる事業や組織が大きくなればなるほど、デジタル人材が一人で全体を完全に俯瞰するのは難しいと考えます。さらに「全体像」をどういう角度から眺めればよいのか立脚点が人によって異なることは往々にしてあります。
そこで、全体像を描くためのフレームワークを活用するのはいかがでしょうか?
この思考プロセスをたどることでデジタル技術(機能)の導入が目的とならず、顧客を中心としたDXの全体像を描けます。そして全体像は一度作って完成ではなく、重ね塗りを繰り返すことで進化していくでしょう。
デジタル人材育成に話を戻すと、こういったフレームワークを基にDXの全体像を描いてもらい、多くの関係者を巻き込みながらファシリテーションをする場を数多く経験することが重要と考えます。
前述のデジタル人材育成プログラムにはデザイン思考も盛り込んでいます。顧客になりきって顧客を理解し、問題を再定義してアイデアを発想してもらいます。
ただ、「顧客志向が大事」と頭では理解していても、本当に顧客になりきることに苦労する場面を数多く見てきました(自治体の場合は行政サービス提供先の住民や事業者を顧客と設定)。
なぜ顧客になりきることが難しいのでしょうか?理由は誰しもが程度の差はあっても”自社バイアス”があるからだと考えます。自社のメガネをかけて「顧客はこうあるはず」と無意識に発想することを”自社バイアス”と表現しています。
「昔からこういう営業スタイルはお客様も慣れているはず」
「自社の商品・サービスを契約してくれるお客様はここを気に入ってくれているはず」
このように考えることは自然なことだと思います。というのも、これまで脈々と受け継がれてきた自社の強みや歴史を刷り込まれてきた社員がDXに取り組むケースが多いからです。まずはDXを小さく始めようとした結果、顧客志向が無意識に外れてしまい、できること・得意なことに取り組む傾向はないでしょうか?
そこでデジタル人材が本当の意味で顧客志向になるためには、普段の業務とは視点がずれた、自社バイアスを疑うまっさらの「問い」が鍵になります。
「応えるべき心の声は何か?」
「応えることでどんな差別化要因が生まれるか?」
「過去の前提や前例にとらわれずどんな施策を講じるべきか?」
例えばこういった「問い」をデジタル人材に繰り返し投げかけることで、自社に偏った志向を解きほぐし、真の意味で顧客志向の問題定義やアイデア発想につながるのではないでしょうか。
3つ目の要素は「データ起点」です。ここでご紹介したいデータ起点とは、デジタル人材が取り組むDXの施策を、データ起点で軌道修正しながら成果につなげることを意味します。
前述のデザイン思考で発想したアイデアは最初から顧客に対して最高のものとは限りません。むしろ、最初のアイデアを種として、顧客に最高の価値提供ができる施策に育てることが大切です。そのプロセスにおいて、デジタル人材がデータを活用しながら推進できているでしょうか?
ここで、OODAループをご紹介させてください。OODAループは、パイロットの意思決定プロセスが下敷きになっている背景から、一人の優秀な人間の思考と行動のプロセスを理論化したものです。そのため、状況判断を最も重視します。
ここで、OODAループはPDCAサイクルと似ていると感じられる方もいらっしゃるかもしれません。確かに、最初に計画を立て、実行して振り返るという大枠の流れは似ています。一方で、OODAループはよりデータに基づいてその場の状況判断をこまめに繰り返しながら、施策の精度を高めていく、という特長があります。このため、デジタル人材がDXの施策を小さく生んで大きく育てるためには、データという武器を使いこなせる「環境」が重要になります。ただし、データがバラバラに分散して使いこなすのが一苦労となると、スピード感が失われてしまいます。そこで、デジタル人材がデータを探索し、データと会話し、データで遊べる「環境」の整備にまずは取り組んでみるのはいかがでしょうか。このような環境がデジタル人材に求められるデータ起点の思考の鍛錬につながると考えます。
いかがでしたでしょうか?第3回ではデジタル人材が継続して大きな成果を出すためのエンジンとなる「従業員エンゲージメント」についてご紹介いたします。
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河邉 大輔
株式会社セールスフォース・ジャパン
ソリューション・エンジニアリング統括本部
金融・地域DX・公共ソリューション本部
ディスティンギッシュド・ビジネスコンサルタント
アクセンチュア株式会社にて組織・人材コンサルタントとして多数のクライアントを支援。
その後、エグゼクティブコーチングを通じた組織風土改革に従事。
2015年より株式会社セールスフォース・ドットコム(現セールスフォース・ジャパン)にてセールスイネーブルメント部門に所属し、営業部門のパフォーマンス最大化に取り組む。
現在はビジネスコンサルタントとして顧客企業・公共機関のDX推進を支援。