日本のエネルギー政策・制度は、電力/ガス会社を通してエネルギーを需要家へ単純に供給するという枠組みでした。しかし、近年はさまざまな規制を撤廃し市場を解放していくという取り組みへと移行しています。2016年4月には電力小売自由化、2017年4月にはガス小売自由化が実施され、日本の需要家は多様な背景をもつエネルギー企業から電力やガスを選んで購入できるようになっています。この小売自由化によって、電力・ガスの同時契約による割引プランや通信会社の通話と電力のセット割引などが現れ、需要家の利益向上につながり、近年は多くの異業種企業もエネルギー事業へ参入してきました。
こうした環境下において顕著に増加したのは新電力と呼ばれるエネルギー企業です。累計で約706社(2021年4月 帝国データバンク 調査)が設立されました。売上規模では1億円から10億円未満規模が706社中の16%。エネルギー企業としての規模としては比較的小規模な企業が多いと言えますが、さまざまな事業目標を掲げて特長あるエネルギー供給が始まりました。
現在、新電力会社を中心に企業規模問わず、ほとんどのエネルギー企業は電力・ガスの小売自由化を含めて5つの環境変化に直面しています。キーワードの頭文字が全てDであることから、一般的に5Dと呼ばれており多くのエネルギー企業が直面している環境変化です。
Deregulation(規制緩和):電力・ガス小売の完全自由化、送配電分離、エネルギー取引市場の整備
Decarbonization(脱炭素化):再生エネルギーへの転換、企業のネットゼロ実現に向けた取引活性化
Decentralization(分散化):スマートメータ導入、分散型エネルギー源の普及、地産地消モデルの活性化
Depopulation(少子高齢化):人口減による需要減少、設備の経年劣化、技術・保全要員の退職と技術継承
Digitalization(デジタル化):顧客接点の多様化、データの有効活用、クラウドの活用
1.Deregulation(規制緩和)については、自由化によって競争力のある料金プランが求められています。また、調整力市場が整備されつつあり、デマンドレスポンス型の料金プランの提供といった取り組みも始まっています。
最近は2.Decarbonization(脱炭素化)の動きが加速しており、利用しているエネルギーは何で、どのように生成されたのか、全体で二酸化化炭素排出はどれだけであったのかを求める顧客ニーズが高まっています。まさに単なるエネルギーを供給するという状況から、カーボンフットプリントなどの価値を付与した供給モデルが求められ始めたのです。一般需要家においては実質100%再エネ料金、法人需要家ではコーポレートPPA等の新しいプランの提供が求められています。
3.Decentralization(分散化)では、地産地消モデルはSDGsへの取り組みの観点と地方の行政団体による雇用と経済活性の狙いからその概念が浸透してきました。、地方の広大な土地を利用した太陽光、風力発電や地方施設でのエネルギー利用等の地産地消型の新電力会社も立ち上がっています。都心の需要と地方の発電を繋ぐ系統増強などの課題はありますが、地方経済の起爆剤としての効果も期待されています。太陽光発電や蓄電池の普及による需要家のプロシューマー化も分散化を促進する要素となっています。
4.Depopulation(少子高齢化)は極めて対応の難しい環境変化です。人口減による需要減少=売上減少を補うべく、従来の電力・ガス企業はライフスタイル、ライサイクル企業への変貌をめざし、リフォームや介護、保険等の分野へも進出を始めています。また、高度経済成長期に大量設置された設備の保全や団塊世代の退職による技術継承の問題が課題となっています。
5.Digitalization(デジタル化)では、SaaSやIaaSをはじめとするクラウドサービスの活用やAI・RPAといった人工知能と自動化ツールによる業務自動化の推進、ドローンを活用した設備保全なども進められてきていました。また、需要家をみると、モバイルやSNSなどデジタルでのメディア接触時間が伸びており、オムニチャネルで顧客接点を持つ必要性が高まっています。
しかしながら、コロナが引き起こしたパンデミックによる景気減退、東ヨーロッパの情勢変化、急速な物価高が、これら5Dの課題に取り組んできたエネルギー企業の経営を改めて圧迫しています。2022年3月迄に廃業や事業撤退となった新電力会社は31社(判明ベース、契約停止含む 帝国データバンク調査)となっており、他のエネルギー企業も難しい経営局面に差し掛かっているのは間違いありません。
このような日本の状況は、世界でも同様です。世界の多くのエネルギー企業がこの難しい環境変化に対応すべく様々な取り組みを始めています。そのすべてに共通しているのは顧客起点で取り組みを実施しているということです。
顧客起点とはお客様の状況や嗜好に応じて、適切なエネルギーサービスを比較検討し、見積、契約、サービス開始をシステム上シームレスで行えるようにすることです。エネルギー企業の社員はそれらの顧客のデータを分析し、適切なサービスを企画・提供することを一気通貫して行うことができます。
なぜ世界のエネルギー企業は顧客起点を重視した/顧客を中心に据えた変革をすすめているのでしょうか?これまでのエネルギー業界は、大きな資本と設備を用意し、安全かつ安定してエネルギーを供給することがビジネスにおける最大のポイントでした。結果として、設備の保全・運用を行える、料金計算の結果を間違わないで消費者に請求することを第一にシステムを運用してきました。
これは極めて重要で消費者の生活や事業に直結しているエネルギー企業はこの安全に安定してという’Trust’の部分を今後も維持しなければなりません。しかし、5つのDにあるように、環境変化は重要です。しかも、変化が早く、顧客の要望や嗜好を把握し、適切なサービスを速やかに適切なタイミングで提供していくというCustomer360という顧客視点も実現していく必要が出てきました。そのため、多くのエネルギー企業が顧客起点での変革を始めているのです。
顧客起点で変革に取り組まれているSalesforceのお客様事例に、フランスのEngie社があります。Engie社は従業員規模17万人以上のエネルギー企業です。お客様、パートナー、ステークホルダーと共にエネルギー消費量の削減と環境に優しいソリューションを通じて、カーボンニュートラルな世界への移行を加速させ始めています。
Engie社は営業、サービス、ITチーム全体のデータを統合し、顧客を一元的に把握してより効率的なプロセスを実現し、顧客起点の変革に取り組んでいます。大規模なお客様ですが、規模を問わず日本のエネルギー企業の参考になりますのでぜひご覧ください。
しかしながら、この顧客起点での変革にはさまざまな障壁があります。伝統ある電力・ガス事業者にはこれまで構築してきたレガシーなIT資産があり、変革の為の改修や移行は容易ではありません。また、新規でエネルギー事業に参入しようとする企業は顧客起点のシステムをどのように作り上げていけばよいかのノウハウがないという問題に直面するでしょう。
そういった問題を解決するのがSalesforceの提供するEnergy & Utilities Cloudです。Salesforceという1つのプラットフォームの上でお客様に最適化されたサービスを構築しシステムを提供することができます。100を超える事前構成された業務プロセスが用意されておりエネルギー企業固有のデータモデルをすぐに利用できるようになっていることが特長です。
レガシーIT資産を抱えるエネルギー企業はこのレガシーIT資産の顧客フロントにEnergy & Utilities Cloudを設置し順次Salesforceにシステム集約を行うことができます。一方、新規にエネルギー事業に参入しようとしている企業はEnergy & Utilities Cloudに備わっている業務プロセスとデータモデルを活用し速やかにサービスを開始することが可能になります。
小売の完全自由化によって顧客獲得競争が激化しています。Energy & Utilities Cloudを活用することで、エネルギー企業は、見込み客の獲得から、商談管理、多様な商品・サービスのカタログ管理・提案、見積もり・契約、アフターサービスまでの業務プロセスを1つのプラットフォーム上で効率的に回していくことが可能になります。弊社の調べでは、Energy & Utilities Cloudの導入により、クロスセル・アップセルによる10%の売上向上、45%のオーダー入力時間の削減、50%のサービススタッフの生産性の向上等の効果が見込まれます。
これらはさまざまな難局に直面している日本のエネルギー企業にも大きく貢献できる内容であることは間違いありません。
前述のEngie社でもご採用をいただいているサービスであり、今まさに日本のエネルギー企業がお客様を起点にビジネスを構築するのに最適なクラウドサービスになっています。
このようなEnergy & Utilities Cloudをはじめとして、Salesforceでは各業界に特化したSalesforce Industry Cloudをご提供しています。これまでの導入実績で培った業界特有のデータモデルや業務プロセスを組み込んでおり、素早く、適切な機能をご利用いただけます。エネルギー業界の企業におかれましては、新規事業で他のSalesforce Industry Cloudをご利用いただくことも可能です。また新たにエネルギー事業に進出の他業種の企業におかれましては、Energy & Utilities Cloudをご利用いただけます。是非お問合せください。
上田 歩央
株式会社セールスフォース・ジャパン
インダストリーズ トランスフォーメーション事業本部
執行役員 公共公益事業開発室 室長
コンサルティング企業において公共、公益、通信メディアのお客様のDXプロジェクトを支援。Salesforce入社後は公共系のお客様のDX構想からシステム導入アドバイスを担当。また、東北大学 特任教授として人工知能、サイバーセキュリティの一般教養としての教材開発を実施しています。