新型コロナウイルスの感染拡大によって、九州の企業も大きな打撃を受け、業種によってはいまだ回復の見通しすら立たない状況です。そこから脱却するのに有効な手段として今、DXが注目を集めていますが、九州地域においてはどんな進展状況にあり、いかなる課題を抱えているのでしょうか? 九州経済調査協会の藤井学氏に、九州経済へのコロナ感染拡大の影響と推移、DXの現状、阻害要因と対応策などについてお話をうかがいました。
藤井 九州の方は常に意識されていると思いますが、まずはアジアとの距離が近いという、地理的に大きな特徴があります。福岡を起点とすると、大阪とソウル、東京と上海がほぼ同じ距離です。そのため産業としては、韓国・中国に密集している半導体・集積回路産業などに関連する製造業の輸出に強みがあります。
また、経済規模については、「1割経済」と呼ばれる通り、九州7県の面積・人口・シェア・GRPなどが日本全体のだいたい1割に相当します。つまり、シェアが10%を下回っているのは弱い分野、逆に20~30%の分野は「九州らしい産業」といえます。シェア約43%の集積回路生産を含めた製造業や、シェア約20%の農業の強さが九州の特徴です。
一方、福岡市をはじめとする都市部では、飲食・観光などのサービス業が盛んです。もちろんこれも、アジアとの距離が近く訪日外国人が多いことが要因の1つで、コロナ禍以前(2019年)は日本への入国外国人の約15%を占めていました。
藤井 ひと言でいえば、比較的短期間で回復した業種と、回復の見通しの立っていない業種の二極化が進んでいます。日本銀行福岡支店の「九州・沖縄『企業短期経済観測調査』」によると、半導体や自動車などは、2020年6月頃に底を打ったあと徐々にマイナス幅が減り、自動車についてはプラスに転じています。一方、同じ製造業でも繊維は、衣服の需要低下によって、いつ回復するのかがわからない状況です。
そして、さらに苦しいのが飲食・観光などのサービス業。当協会の提供する各種統計のダッシュボードサービス「DATASALAD」で九州の宿泊施設の宿泊稼働状況(図表1)を見ると、2020年4月の宿泊稼働指数はほぼゼロで、2020年10月の「Go To トラベル」東京発着の予約解禁によって一時宿泊稼働指数60に達しましたが、その後の感染の再拡大により、2021年1月以降は宿泊稼働指数25前後と低迷しています。
小売については、都市部に立地し、観光客頼みの百貨店の売上が低迷しています。一方、巣ごもり需要によって、ドラッグストア・ホームセンターなどはむしろ前年より売上を伸ばしています。
<図表1>
そうした中、注目すべきはECの利用状況の推移です(図表2)。感染拡大後、ECへの支出(インターネットを利用した支出)は全国的に伸び、それは九州も同じなのですが、1世帯当たりの支出額は関東の6割程度で、伸び率も関東より低い。つまり全国と九州のEC利用の格差はコロナ禍によって拡大しているわけです。九州ではデジタルを使ったサービスのニーズが相対的に低いというのは、DXへの取り組みを進めていく上で無視できない要素です。
<図表2>
藤井 当協会の実施したアンケートでは、九州の企業の5割強が、なんらかの形でDXに関する取り組みを実施している、または今後する予定、と回答しました。ただしこれは図表3の通り、実質的にはDXというより「デジタル化に関する取り組み」の実態ととらえるべきでしょう。そしてそういうレベルでも、九州の企業の半数近くが、コロナ感染拡大後もなにもせず、する予定もないということです。そうした実情は、九州で働いている方の多くが感じているのではないでしょうか。
<図表3>
一方で、注目すべき前向きな変化もあります。それはコロナ感染拡大後、「デジタルオペレーションの導入」「AIと顧客情報による新製品・新サービス開発」など、ツールの導入のみといった単なるデジタル化ではなく、全体最適を追求するDXに取り組む九州の企業が、数は少ないながらも割合として急増していることです。コロナ禍というピンチをチャンスに変えようと、次の一手として「攻めのDX」に取り組んでいる九州の企業は確実に存在するわけです。
藤井 ITをある程度理解している経営者がトップダウンで進めるケースが多いのは、全国の他の地域と同様です。その中で、九州地域の特に中小企業では、コロナ以前から人手不足が深刻でしたので、業務の標準化による従業員の多能工化や負担軽減などを目的としたDXが受け入れられやすく、実際にそのあたりから始める企業がみられます。
また、ベンダーなど他社としっかり連携して一緒にプロジェクトを進めるといった、単なる受注発注ではない、協業のスタイルを採用しているところが多いようです。かつて情報化やIT化を進める際に、ベンダーに仕様書作りから丸投げした結果、成果が上がらなかったような企業とは対照的な動きです。
協業によってDXに成功した企業の中には、その成果を取引先や同業他社に展開して、サプライチェーン全体の最適化や、業界全体の生産性向上を狙って自社の収益を上げる、というステップへ進んでいるところもあります。
九州における成功事例は、コロナ禍以前から経営戦略に紐付き、会社の全体最適を目指す目的でデジタル化やDXに取り組んでビジネスモデルから抜本的に変え、結果的にコロナによって業績を更に伸ばしているケースが目立ちます。逆に、デジタル化やDXに乗り遅れる企業は、今後さらにトップランナーとの差を広げられてしまうと思います。
藤井 企業側が認識している、デジタル化を含めたDXの課題は、(1)知識・情報・ノウハウの不足、(2)コスト、(3)人材不足の3点です。この中で特に重要なのは(1)で、それが(2)にもつながっていると考えています。というのも、DXへの理解がなければ、そもそもその導入目的を決められません。導入目的が明確でなければ、導入によって得られるメリットが想定できず、費用対効果を出すこともできません。逆にいえば、DXへの理解を深めて導入目的を明確にすれば、必要な資金の確保という課題は残るものの、コストの問題は自動的にある程度解消されるはずです。
DXへの理解を進めるには、やはり経営者を中心として、勉強の機会を積極的に利用するのが一番です。実は九州には、文部科学省が北九州市立大学など5大学と連携して実施する高度IT人材育成プログラム「enPiT-everi」など、DXについて学べる場がたくさんあります。それらを利用して知識を獲得すると同時に、そこに集まる同じような立場の方たちとのつながりを深め、情報やノウハウを交換する。そういう取り組みが非常に有効です。
また(3)については、九州に限らず日本全体でIT人材が不足する中、すぐに解決するのは難しいので、「社内の人材をいかに有効活用するか」をDXの導入目的に設定し、そこに有効なことから始めてはいかがでしょうか。
藤井 やはり、DXのことはひとまず横に置いて、自社の存在意義はなんなのか、どんな事業ならそれを満たせるのか、その事業を成功させるためにデジタル化への取組は必要か、必要であれば何をすれば効果的か、というところまでさかのぼって考えることだと思います。それによって各企業にとってのDXの方向性と方法は自ずと見えてくるはずで、その上で出来るところから取り組んでいけば良いと思います。
もうひとつは、経営判断をするのに必要な情報を収集することです。刻一刻と変わる外部環境のデータを集め、経営判断のスピードを加速させることに対して、DXは役に立つので、このあたりから始めるとよいと思います。
私ども九州経済調査協会が提供する地域経済分析プラットフォーム「DATASALAD(データサラダ)」から、九州をはじめ全国各地の地域に密着した経済情報やデータを収集可能です。また、私どもが運営するBIZCOLIでは、セミナー(リモートセミナー含む)の開催を通して様々な分野の情報提供を続けています。DATASALADやBIZCOLIは、スピード感がある効率的な経営判断・投資判断や、事業計画や経営計画づくりに役立ちますので、ぜひ一度利用してみて下さい。
今回のお話は、「2021年版九州経済白書 コロナショックと九州経済 ~成長の鍵を握るDXと分散型社会~」をベースとしております。詳細についてご興味のある方は、白書もご覧ください。
【プロフィール】
藤井 学(ふじい がく)
公益財団法人 九州経済調査協会
調査研究部 次長