FinTech、AdTech、FoodTechなど、テクノロジーと既存産業との融合によりイノベーションを起こすX-Tech(クロステック)は今や世界的な潮流であり、さまざまな分野で国や企業が取り組みを加速させています。

ここでは、そんなX-Techの中でも特にその可能性や将来性に大きな期待が寄せられている教育のIT化「EdTech(エドテック)」についてご紹介いたします。
 

EdTechについて

まず、そもそもEdTechとはどういうものなのか、その概要について解説していきます。
 

・EdTechとは?

EdTechとは、テクノロジーの力で教育にイノベーションを起こす取り組みのこと。2000年代中頃、Education(教育)とTechnology(テクノロジー)を組み合わせてアメリカで作られた造語です。

ITを活用した教育のサービスや技術の総称として広く使用されており、近年は日本においても、その開発や導入に乗り出す企業や教育機関が増えています。

・eラーニングやICT教育との違いとは

EdTechが注目される以前から、教育市場ではICT教育やeラーニングといった取り組みが取り入れられてきました。この2つはいずれもIT技術の進歩の中で利用されてきたため混同されがちですが、それぞれ違う意味の言葉です。

ICT教育とは、パソコンやタブレットなどのデバイス、電子黒板やプロジェクターなどの電子機器を使用した教育方法全般を指しています。一方、eラーニングはインターネットを使った学習形態の一つで、pdf化された教材やオンデマンド配信による講義動画などによって学習する方法のことです。

そしてEdTechは、ICT教育、eラーニング、さらに先生と生徒の双方向による学びを実現するオンライン授業も含めた、テクノロジーの力で教育にイノベーションを起こす取り組み全体のことを指しています。

・EdTechの市場規模

今、EdTechの市場規模は急速に拡大しています。文部科学省は2020年までにすべての小・中学校において一人一台のタブレット端末導入を目指す指針を発表しており、市場拡大に拍車をかけることになりそうです。

経済産業省の調査によると、2015年に1,640億円だった市場規模は2020年には1.5倍の2,403億円に拡大すると推計しています。さらに、野村総合研究所(NRI)の試算によると、2023年には3,000億円にまで成長すると予測されています。

こうしたEdTechの市場規模拡大の背景には、日本におけるSTEAM教育の推進もあります。STEAM教育とは「Science(科学)」「Technology(テクノロジー)」「Engineering(エンジニアリング)」「Art(芸術)」「Mathematics(数学)」の5つの要素を盛り込んだ教育手法のことで、世界のテクノロジーが進化する中、変化や環境に流されず新たな発想を生み出す能力を身につける教育方法として、世界中で推進されています。

経済産業省では2018年1月、このSTEAM教育の推進のために「未来の教室とEdTech研究会」を立ち上げ、EdTechを活用した学習の個別最適化や業務の効率化、実現に向けた実証やガイドライン策定などを行っています。
 

EdTechでできること

EdTechは非常に広義な意味を持つ言葉ですが、具体的にどういったことが可能になるのか、その一例を紹介します。
 

・オンライン講義・学習

テクノロジーの進化により、インターネット通信を利用したリモートワークやテレビ電話など、離れていても対面とほとんど変わらないコミュニケーション環境を私たちは手に入れました。

その技術を利用したものとして教育現場で注目を集めているのがオンライン講義システムです。eラーニングは基本的に先生→生徒の単方向での学びでしたが、そこに生徒→先生というやりとりが加わり、まさに実際の通学と変わらない双方向での講義が可能となります。また、生徒→生徒の交流やディベートも可能となります。

日本でも通信制大学ではすでに複数の学校が独自のオンライン学習システムを開発し講義に活用していますし、全日制の大学でも私立大学を中心にその動きが広まりつつあります。

・学習状況の管理の効率化

インターネットを活用した学びでは、学習履歴をすべてデータとして管理することができます。テストの点数や習熟度を管理すること以外にも、ウェアラブルコンピューターを利用することで心拍数や体温、発汗、脳波などを通して集中度や関心度も把握できます。

また、視線計測であるアイトラッキングシステムを活用すれば、実際の学習時間の管理も可能となります。さらに、こうした管理を自動化することで指導者の業務負担を減らすことも期待できます。

・学習方法の多様化

最新テクノロジーの教育への応用は、従来型教育の課題を打破するさまざまな変革をもたらしています。下記のような学習方法の多様化もその一つです。

- VRを利用した疑似体験学習

ゲームやアミューズメント施設などで利用されているVR。このVR技術を教育ツールとして活用することで、疑似体験学習が可能になります。例えば、これまで入ることが許されなかった場所や空間を知り探究心や創造性を育むこと、パイロット体験、図鑑や美術館などに応用した没入型コンテンツなど、現実では難しい体験を得ることができるようになります。

- ゲーミフィケーション

ゲーミフィケーションとは、従来の物事の進め方にゲーム的な要素を加えることにより、物事への興味や関心を高める方法のことです。これをEdTechに置き換えると、習熟度に合わせてポイントや称号を与えるなどといった方法が考えられます。学習者が夢中になれるゲーム的要素を生かすことで、より積極的に、楽しく、効率的に学びを強化することができます。「講師の話を聞いてノートを取るだけ」という従来の授業スタイルも、より能動的に変えていけるかもしれません。

- アダプティヴラーニング

アダプティヴラーニングは、直訳すると『適応学習』となります。学習者一人ひとりの学習の進捗・理解度に合わせてカリキュラムや学習内容を提供し、それに沿って学習を進めます。

現在の教育の場は、学部や学科、成績別のクラスで区切られており、その中では誰もが同じように学びを進めなければならなくなっています。

しかし、本来は個人の能力や習熟度に応じて進捗状況も異なっていて当然のはずです。今後は、AIやブロックチェーン技術を使うことで進捗具合に応じた個人のカリキュラムを示し、学習者に最適な教育が提供されることが期待されます。
 

EdTechの普及によって期待されることとは?

ここまで紹介した通り、EdTechの普及は教育手段の飛躍的な多様化につながります。では、その成果として期待されるのは一体どんなことでしょうか。
 

・教育格差の改善・解消

2015年、アメリカ・ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学が共同で立ち上げたオンライン講義システム「edX」で学び優秀な成績を修めたモンゴル在住の15歳の少年が、学費免除でマサチューセッツ工科大学に入学するというニュースが世界を駆け巡りました。

このように、EdTechは経済的、物理的な教育格差を解消するものとして期待されています。海外には経済的な要因で高等教育の機会を得られない子どもも数多くいます。また日本においても、所得格差によって学力に差があることはすでにさまざまな調査によって明らかとなっています。

EdTechには、そうした格差を埋め、優良なコンテンツに場所を問わず触れられる環境の構築への期待が寄せられています。

・学習効率の改善

VRやゲーミフィケーションによる関心、意欲の高まり、またアダプティヴラーニングによる学習内容の最適化は、学習者の知的欲求を刺激します。それにより学習の効率が向上し、より質の高い学びの時間を得ることができるようになります。

・教育現場の働き方の改善

先生は、授業においてはもちろん、生徒の学習進捗の管理や保護者への連絡書面の作成、部活動の指導、次の授業の準備などさまざまな業務があります。EdTechは、こういった先生の働き方を改善する上でも期待されています。

授業中の改善で言えば、例えば地理なら時間をかけて日本地図を黒板に描いたり、音楽なら楽譜を板書したりする必要がありますが、黒板アプリやプロジェクターを使いスマホに入った地図や五線譜を映し出すことで、授業時間を効率的に使うことができるようになります。
 

EdTechの将来性について

教育現場におけるIT化は、他のさまざまな業界に比べて遅れていると言われてきました。特に日本においてはその新陳代謝がなかなか進まず、子どもたちがIT環境に触れる機会が少ないことが日本のIT技術開発力の遅れにつながっているという指摘もあります。

一方、私立学校を中心にオンライン授業への対応が少しずつ進んでいることも事実です。政府の方針もあり、これからは国立大学や公立の小中高校においてもIT化が進むでしょう。

また新型コロナウイルスの感染拡大による休校は、教育現場におけるIT化に図らずもスピード感を与える結果となりました。これからますます活性化していくことが間違いないこの分野において、今後どのようなプラットフォームが誕生するか、大いに期待が集まるところです。
 

EdTechの今後の課題は?

一方、EdTechにはまだまだ課題が多いのが実情です。

まず、現在提供されているサービスの多くは無料または低料金のため、収益モデルが構築されていないことが挙げられます。さらなる市場拡大には、学生や学校が本当に利用したいと思えるようなサービスを生み出し、収益化可能なビジネスモデルを確立する必要があります。

また、そもそも日本の教育現場にまだまだICT環境が整っていないことも課題として挙げられます。そうした環境の変化を国や行政が積極的に主導していくことが求められます。
 

EdTechのサービス例

最後に、現在日本で提供されているEdTechのサービスの中から、代表的なものをいくつかご紹介します。
 

・スタディプラス

スタディプラス(Studyplus)は、学習管理、自立学習、また学習モチベーションの維持・向上をサポートするアプリです。

学習内容を記録・可視化し、SNSで学習ユーザー同士がシェアすることもできます。また、教育事業者向け学習管理プラットフォーム「Studyplus for School」も提供しており、アプリ上で生徒の学習進捗を可視化し、先生と生徒のオンライン、オフラインでのコミュニケーションを支援します。現在、全国の学習塾・予備校約500校以上に導入されています。

・リブリー

リブリー(Libry)は、提携する出版社が発行する教科書・教材をデジタル化し、学習履歴に基づいた個別最適化学習を実現。生徒のより効率的な学びをサポートする「デジタル教材」です。

現在、「一人一台」の端末環境を整備している中学校・高等学校を中心に500校以上に導入されています。

・Knewton

Knewtonはアダプティブラーニングプラットフォームです。

学習過程で収集されるビッグデータを独自のアルゴリズムに基づいて解析。学習者ごとに個別に最適化された学習ステップをリアルタイムで提示します。さらに、学習者、指導者、保護者に向け、実績と予測の2つの観点から学習の進捗を提示。目標に対する学習の現在地を可視化します。

・Smart Education

スマートエデュケーション(Smart Education)は、幼稚園児など未就学児を対象とした多数の知育アプリを提供する会社です。学習=苦ではなく、楽しみながら思考能力や行動力を養うことができる質の高い知育アプリを開発しています。
 

まとめ

ここまで、X-Techの一つである「EdTech」について、その概要や特徴、将来性や課題などを解説してきました。

日本におけるEdTech市場は、教育業界の規模に比べればまだまだ拡大、成長の余地が残されています。また、より効率的で効果のある学習システムの開発も待たれるところです。言い換えれば、EdTechの世界は今も可能性の宝庫であるということ。

日本が世界に肩を並べるIT大国になるためにも、開発の現場には大きなイノベーションを期待したいところです。