2018年4月4日~6日の会期で、東京ビッグサイトにおいて「第2回 AI・人工知能 EXPO」が開催されました。そのイベントの幕を切って落とす、初日のキーノートスピーチの壇上には、米国セールスフォース・ドットコムでチーフサイエンティストを務めるリチャード・ソーチャーが登場。「すべてのユーザーにAIのパワーを」と題する講演を行いました。ここでは、その概要をお伝えしたいと思います。

エンドツーエンドでの学習が可能な

深層学習のモデルでAIが新たな次元へ

ソーチャーは現在、セールスフォース・ドットコムにおいて、最先端のAI(人工知能)ソリューションのReserachを主導しています。2016年4月にセールスフォース・ドットコム傘下となった、深層学習のAIプラットフォームを提供するMetaMind社のCEO兼創設者を務めていた経歴を持ち、AIや機械学習関連の国際会議などで、その先進的な研究活動が高く評価され、さまざまな賞を授与されていることでも知られます。

周知の通り、今日では製造業を中心に第4次産業革命(Industry 4.0)が世界的な潮流として進行しており、AIはIoTとならんでもっとも主要な駆動力と見なされています。「昨今のAIの技術的進展は著しく、とりわけそれは、エンドツーエンドでの学習が可能な深層学習のモデルが登場してきことに依るところが大きいと言えます」とソーチャーは語ります。

たとえば、さまざまな画像の中から猫の画像を選択するという処理をAIで行う場合、以前のAIでは、2つの耳が立っていて、ヒゲが生えていて、尻尾があって、足は四本といった特徴を、人がプログラムに教える形で処理していました。これに対し最近の深層学習では、そういったことは一切せずに、何千、何万という猫の画像を読み込ませて学習させます。AIはさまざまな特徴量をとらえて、最終的にある画像が猫であるか否かを正確に判断できるようになります。

「もちろん、抽出する画像は猫でなくても、犬でも、自動車でもいい。現在のエンドツーエンドで学習が行える深層学習のモデルを使うことで、アルゴリズムをいろいろな種類の問題領域に適用できるようになっているわけです」とソーチャーは説明します。

たとえば、店舗にある棚のイメージを画像でとらえて、どういう商品が何個陳列されているかを判断し、欠品している商品があれば、その商品についての仕入れを促すといった用途でも活かせます。さらに医療分野では、患者のX線撮影画像から、その患者の疾病の有無やどういう疾病に罹患しているかといったことを正確かつスピーディに明らかにするという用途での活用なども現実に進んでいます。

他のAI技術に先駆けて市場化が進む

進境著しい自然言語処理領域

AI、すなわち人工知能では、人間の“知能”を機械的に代替することが目指されるわけですが、知能とはひとくちに言ってもさまざまな要素が含まれます。上記で紹介した画像処理の例は、視覚的な判断にかかわる部分であり、それ以外にも、聴覚はもちろん、触覚や嗅覚による判断にかかわる分野の研究も進んでいます。その他、人間の感情や社会的な技能といったところも、今後に向けた重要なテーマであると見なされています。

なかでも、今日、急速な進化を遂げているのが自然言語にかかわる処理です。すでに商業的、ビジネス的にも自然言語処理が確立された分野となっていることは周知の事実でしょう。実際、自然言語処理はアルゴリズムトレーディングやマーケティングなどの領域でも早くから活用されてきました。ある文章がポジティブな内容であるか、ネガティブな内容であるかといった判断をシステム的に行うのが、その典型的な適用例だと言えます。

「従来のAIでは、ポジティブなワードと、ネガティブなワードのいずれが文章内に多く含まれているかという単純な比較によって、文章全体がポジティブかネガティブかを判断していました」とソーチャーは紹介します。そうすると、次のような文章はどうなるでしょう。

“The best way to hope for any chance of enjoying this film is by lowering your expectations.”(この映画を楽しみたいと期待するのであれば、期待値を下げることが最善の方法だ)

この文章は、ある映画に対するネガティブな評価ですが、“best way”や“hope”“chance”“enjoying”“expectations”などポジティブな単語が多く含まれています。「このため、従来のAIでは、ポジティブな文章であると判断せざるを得なかったわけです。しかしエンドツーエンドの学習が可能な今日の深層学習では、アルゴリズムが構文解析を行って、この文章がネガティブなものであると正しく判断できるようになっています」とソーチャーは語ります。

また、こうした自然言語処理について、ソーチャー自身の研究チームでは、2017年に、長い文章を自動的に要約する技術を世界に先駆けて実現しています。「それは、単に文章の始めと終わりの部分を抽出するといった安易な方法ではなく、個々の単語、構文のさまざまな箇所に注目して解析し、元の文章にはなかったような表現を用い、新しい文章として要約の生成を行います」とソーチャーは紹介します。

(図)Blogの文章を使って自然言語処理で要約を生成している模様

このような形で進化を遂げる自然言語処理に関する技術を活用すれば、たとえばWebサイト上で顧客からの問い合わせを受け付けるような場合にも、過去に受けた質問に対しFAQの該当部分を案内するというだけでなく、アルゴリズムを使うことによって、初めて受ける問い合わせ内容についても同様に、ナレッジベースの中を探して、適切な返答をすることが可能になります。

AIはただの「ツール」であることを認識すること

このように日々進化して実用性を増しているAIですが、気をつけなければならないのはそれを使う側の人間によって、良し悪しが決まるということです。金づちと同じで、金づちで家を建てる事もできれば、誰かに怪我をさせることも出来るのです。またどのデータを集積するかということと、そのデータを使って何をさせるかというのを設定するのも人間ですので、その人間が良し悪しを決めるのです。

最近のことですけれどもAIを農業で使う動きが見られるようになりました。例えばトラクターの運転、およびレタスの一つ一つをチェックして水をやる、あるいは最適な収穫時期に収穫するということができるようになるのです。翻って、このように人間の衣食住というような必要なものを、AIを使うことで正しく最適な価格で提供できる可能性があるのです。AIは、このように、より多くの人がその恩恵を受けられる可能性を秘めています。

多くの企業がつまづくデータ収集

AIを活用するための大前提

講演の最後にソーチャーは、企業がAIソリューションを構築していくうえでの要諦について解説しました。AIによって自動化していくうえで不可欠となるのが、データ、アルゴリズム、ワークフローという3つの要素です。データセットを集め、インプットすることが「X」だとしたら、アウトプットが「Y」となるわけです。これを何かしらのプロセスに落として自動化させていくことになります。

「しかし、実際企業がAIを活用しようとして、多くの企業がつまずくのが、データの収集、整備のところになります。学習データがなければ何も始まりません」とソーチャーは強調します。

メールが来て自動的にAIで回答したいとしましょう。しかし、どこかのOutlookサーバーや一部はGmail、一部はクラウドや別のサーバーに載っているというようにデータが集約していなければ、その対応は難しいでしょう。あるいは自動的に回答まではしているけれども、その回答内容をCRMシステムで収集していなかったら、先程申し上げたようなX=Yというようなインプットとアウトプットのマッピングを正確に行うことができないのです。

つまり、データを正しく収集するだけでなく、自社のワークフローにおいて、それらのemailとナレッジベースをつなげて、正しく返信する、あるいは正しい答えをそこから導きだしていく仕組みが必要になるのです。学習データを正しく集めていれば、そこから始めて、ありとあらゆるアルゴリズムを検証していくこともできます。

その点、Salesforceを利用している場合は、すでにCRMとして全てのデータは構造化されています。さらに、営業、カスタマーサービス、マーケティング、あるいはeコマースというように部門が分かれていても、すべての情報はひとつのプラットフォーム上に集約されています。社員の生産性を向上するという点においても、データがうまく構造化して収集されているからこそ、ワークフローに反映しやすく、AIを業務プロセスの中で、活用しやすい環境にあるのです。

つまり先述した流れで言えば、社員のナレッジを利用して、AIでワークフローに反映し、ソフトウェアの改善につなげ、そして元々のデータの流れにフィードバックするという循環ができあがり、最終的には元の目的にあったようなemailの自動返信が可能になっていくのです。

一方、貴社内で上記のようなAIアプリケーションを独自に作る場合には、Data Science・Researchチーム、およびこれらの分析を支える大掛かりなEngineeringチーム、また最終的に製品やサービスに反映させるProductチームが必要になると思います。

今やビジネス上の最重要のキーワードとも言えるAI。「シンギュラリティ(特異点)が到来するか否かは別として、第一次から第三次まで産業革命を引き起こした技術革新と同様、AIによる技術革新は確実に後世にインパクトを与えるものとなるはずです。そうした潮流をとらえた取り組みこそが、企業に求められているのです」とソーチャーは語り、講演を締めくくりました。