ここ数年、企業には「ダイバーシティ(多様性)」を推進したうえで、女性、外国人、LGBT、障がい者などへの配慮を通して、社員や顧客への「イクオリティ(平等性)」を確保する経営が求められています。その方針や制度、組織をどう構築すべきか。また、社会や消費者に向けて取り組みをどう反映させるべきか。全日本空輸株式会社 代表取締役 副社長執行役員の志岐隆史氏、特定非営利法人虹色ダイバーシティ代表の村木真紀氏、サントリーホールディングス株式会社 執行役員の折井雅子氏、当社 代表取締役会長 兼 社長の小出伸一によるディスカッションの模様をレポートいたします。

(画像:左から、全日本空輸 志岐氏、サントリーホールディングス 折井氏、虹色ダイバーシティ 村木氏)

経営として求められる「ダイバーシティ」と「イクオリティ」

欧米では20年以上前から、先進的な企業によってダイバーシティ(多様性)やイクオリティ(平等・公平性)に関する取り組みが始まりました。グローバルマーケットでビジネスを展開する企業にとって、多様な人材を社員として迎え入れ、それぞれの能力を発揮できる環境を作ることは、顧客対応のクオリティを向上させ、ひいては企業の競争力にもつながります。

これまで、多くの企業においてさまざまな施策が試され、進歩きましたが、かつて一部の経営者には、「何のためにやるのか」「これは本当にビジネスに貢献するのか」と疑問を呈する人もいました。また、20年ほど前には、女性が自らの立場を適正なものとするために主張しなければならない時代もありました。

日本でも取り組みが始まったLGBT

(画像:虹色ダイバーシティ 村木氏)

最近では、日本でもLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーといったセクシャルマイノリティの総称)に取り組む企業が増えています。

特定非営利活動法人虹色ダイバーシティ代表で社会保険労務士の村木真紀氏によると、大手企業の約20%が、LGBTへの取り組みを始めているといいます。また、LGBTと職場に関するカンファレンス「work with Pride」に600人が集まったことに対して、村木氏は「私が学生のころは、レズビアンとして働くことのイメージを描けませんでした。しかし、今の学生はLGBTにとって働きやすい環境を模索できます」として、日本でも社会認識が大きく変わりつつあることを示しました。

しかし一方で、日本には差別を取り締まる関連法律がないという課題もあります。また、同性結婚やパートナーシップの定義についても、議論が続けられています。このような状況においては、より一層、企業が積極的にLGBTに関する課題に取り組み、LGBTの当事者を守っていくことが大切になります。

村木氏は、「経営層こそ『ALLY(アライ=同盟者)』になるべき」と主張します。それが、結果的に企業にとってもメリットになるからです。

「従業員に対しては、採用時の人材幅の確保や生産性向上、離職防止になります。また、顧客や投資家に対しては、CSRやLGBT市場へのアピール、サービス向上につながることで賛同や支持を得られます。たとえば、生命保険の受取人や携帯電話の家族向け割引を同性パートナーに拡大したところ、顧客窓口に感謝の声がいくつも届いた」(村木氏)

取り組みにあたって、経営者が心がけるべきことや持つべき視点として、村木氏は次の3つを挙げました。

1.自社にはLGBTはいない → 従業員にも顧客にも投資家にもいる。当たり前に数%はいる。

2.一部の人を特別扱いできない → 社会の不公平に対して企業として共闘する

3.LGBTであることはプライベートなこと → ダイバーシティ経営、グローバル経営の重要課題の1つ

現在の日本では、村木氏も紹介したように、海外のベストプラクティスを学びながらここ10年で取り組みが進んできました。大企業では、とくに経営者がダイバーシティの必要性を理解し、経営方針に取り入れる動きも増えています。全日本空輸(ANA)やサントリー、そしてセールスフォース・ドットコムも、トップが自ら旗を振って社員の文化を変えていくという取り組みをしています。

グループ全体でダイバーシティへの取り組みを宣言したANA

(画像:全日本空輸 志岐氏)

「1952年に設立して以来、統合を繰り返しているので、異なったものをリスペクトしたり大切にしたりする傾向があります」と、ダイバーシティやイクオリティが企業文化として根付いていると語るのは、全日本空輸株式会社の代表取締役 副社長 執行役員である志岐隆史氏です。

とくに、2015年4月27日にANAホールディングスの片野坂真哉社長が「ダイバーシティ&インクルージョン宣言」を発表してからは、より積極的に、女性、シニア、障がい者、クロスカルチャー(外国籍社員)、LGBT、両立社員(介護・育児など)が協働しながら事業を進めていける環境作りに取り組んでいます。

LGBTについても、2015年に開催された村木氏の講演を機に、本格的な取り組みを開始。羽田空港や成田空港のラウンジ内にあるトイレをユニバーサル化したり、マイレージサービスで同性パートナーの登録を可能にしたりしています。また、社員に向けても、LGBT相談窓口の設置や啓発プログラムの充実化、同性パートナーを配偶者とみなす福利厚生制度のLGBT対応といった取り組みを進めています。

2016年には、LGBTが働きやすい職場を評価する「work with Pride」のゴールド指標を獲得。村木氏も「1年でここまで取り組みが進んだ例はなかなかありません。トップダウンとボトムアップがうまくかみ合っている好例です」と高く評価しています。

成長のために多様性を――女性の活躍推進にも注力するサントリー

(画像:サントリーホールディングス 折井氏)

企業の成長のために多様性を取り入れたのが、サントリーグループです。サントリーグループでは、社員への意識調査から愛社精神の強さが明らかになったといいます。

「企業としては望ましいことですが、一方で現状を肯定し過ぎるあまり、変化を恐れてしまうのではないかという懸念も感じました」とサントリーホールディングス株式会社で執行役員を務める折井雅子氏は明かします。

「やってみなはれ」という創業者の精神で、現状に満足せず、成長し続けるために新しい挑戦をしていくにはどうすべきか。出した結論は「私たち自身が多彩で多様でなければならない」というものでした。

同社では、2012年に「サントリーのダイバーシティ経営の方針」を発表。「年齢を超える」「性別を超える」「国境を超える」「ハンディキャップを超える」という4つの「超える」によって、ダイバーシティを実現しています。

また、女性の活躍推進も積極的に行い、「2025年までに女性の管理職比率を20%にする」という目標を掲げています。2016年は8.5%ということから、この目標はかなり大胆なものですが、折井氏は「女性が働きやすい、かつ成果をあげている企業を目指すために、あえて高く設定しました」と説明します。

その目標を達成すべく、働き方革新を進めており、10分単位のテレワークや5~22時のフレックスタイムを導入したり、産休前、育休中、復職後というそれぞれのステージに合わせた両立支援を継続的に行ったり、保育園の入園待ちの一定期間にベビーシッター費用を補助するつなぎシッターサービスを用意するなど、さまざまな制度を設けています。

今後は、さらに女性の活躍推進のために、継続的な女性社員のキャリアアップ、女性活用状況の部門間の格差是正、女性のキャリアや昇進への意識の向上といったサポート制度や取り組みを行っていくとしています。

創業時からイクオリティを重視してきたセールスフォース・ドットコム

(画像:セールスフォース・ドットコム 日本法人代表小出)

1999年にサンフランシスコのアパートで生まれたセールスフォース・ドットコムは、当時から「誰でも、どんな企業でも使えるITを」という理念を持っていました。創業以来大切にしているのが、信頼性、成長、イノベーション、そしてイクオリティです。このイクオリティには、平等な権利、賃金、教育、機会という意味が込められています。

世界のさまざまな地域で、顧客やパートナーに向けてシンポジウムを開催したり、誰でも無料でSalesforceが学べるTrailheadを使うなどして、イクオリティを学ぶ機会を社員に提供しています。

また、今年1月21日に米国で開催された「Women's March」には、創業者であるマーク・ベニオフも参加するなど、女性の平等にも高い意識を持っています。過去、女性社員からの賃金格差の指摘を受けた際には、即座に調査を行い、全世界で是正しました。

セールスフォース・ドットコムの代表取締役会長 兼 社長である小出伸一は、「イクオリティの取り組みは、社員の愛社精神やロイヤリティにも関わります。人材流出は経営リスクになるため、企業価値にも影響します」と、経営者としても無視できないものとします。

経営トップから取り組むことで企業の力になる

(画像:当日の司会進行を務めた、セールスフォース・ドットコム 鷺谷)

登壇した3社は、創業時のDNAを保ちながら、すべての社員を公平に扱うという精神を持っており、それを経営トップも大切にしています。その結果、多様な社員たちがお互いに認め合い、助け合い、1つになって、ビジネスを力強く推進する原動力になるということがわかりました。それが、それぞれの企業らしいサービスやカスタマーエクスペリエンス(顧客体験)を作っていける要因になっているといえます。