「今だから語れる、私の経営回顧録」と題して、経営者の方がなぜその結論に至ったのか、どのように経営の舵取りをしてきたのかということに焦点を当てて、インタビューをお届けしている本連載。株式会社ツルガ代表取締役社長の敦賀 伸吾様へのインタビュー、後編をお届けします。(前編はこちら)
写真:株式会社ツルガ 代表取締役社長 敦賀 伸吾 氏
2008年は新たなビジネスモデルの立ち上げや、売上の激減といった大変な時期だったのですが、もう1つの問題にも直面していました。11月頃から社員がどんどん辞めていったのです。
これも今思えば、私自身が原因を作っていました。実は2006年10月から、経営に困ったときの拠り所となる知識を身に着けたいと思い、グロービス経営大学院に通い始めていたのですが、そこで知ったことを会社で試すといったことを繰り返したことで、現場の社員が疲弊していったのです。本来であればPDCAサイクルで効果を確認しながら次の手を打つべきだったのですが、Plan-Doの後のCheck-Actionを行わず、思いつきでPlan-Doを繰り返してしまい、社員を振り回してしまった。2008年は社員とパート合わせて20名の従業員がいましたが、2013年にネジコンサルタント事業を一緒に支えてくれた社員が転職した後は、社員3名、パート5名、後は社長の私、という9名体制になり、現在までその状況が続いています。
2008年の事業の柱は、特注品を扱う「下請け」、「ネジクル」、「TSキャップ」の3本でしたが、少ない人数でこれら全ての業務を行うのは困難です。そこで2009年夏には、東大阪の発送代行会社を使い、発送業務のアウトソーシングを開始しました。ここはもともと釣具をメインに取り扱っていた会社なのですが、昼の2~3時に集中してうちの仕事をやってくれています。30人位で作業をして下さっているということなので、これを自社でやっていたら大変なことになっていたと思います。
その後、営業もアウトソーシングしています。営業で主に使っている手段は電話です。Salesforceに蓄積した情報を元に独自のノウハウでアプローチ先を選定し、代行会社に電話をかけてもらっています。また「ネジクル」は一般的な通販サイトとは異なり、掛売りもできる仕組みにしていますが、集金・回収業務も代行会社にお任せしています。
これと並行して、特殊ネジを扱う「下請け」からの撤退も進めていきました。3つの事業のうち、これが最も手間がかかる上、理不尽な要求も増えていたからです。
例えば図面通りに特殊ネジを作って納品し、後で図面の間違いが見つかったとしても、こちらが悪者にされてしまう。図面を書く人も下請けなので、元請けに対するどうしようもない感情が、こちらに向いてしまうのでしょうね。もうこのビジネスモデルはうちには厳しいなと感じていました。すでに利益も出にくくなっていました。
理想的な撤退方法は、いつのまにか自然消滅する、というパターンです。これなら誰に対してもカドが立たない。ありがたいことにお客さまからの発注は継続的にいただき、売上にはなる。しかしこのままではズルズルと続いてしまうと感じたため、この事業をやめると社内で宣言しました。やめると言った時、親爺は涙を見せましたね。私がコンサル会社に就職した時も涙を見せましたが、それとは違った意味の涙です。でも「決めたんならしゃあないな」と許してくれました。
それでも結局のところ、完全撤退するまで6年かかりました。メインのお客様との取引を2010年に停止し、その後少しずつ他のお客様も取引を終了、2014年に最後の1社との取引が終わりました。45社あった旧来の取引先で、今でも残っているのは5社のみです。この5社は現在、ネジクルやTSキャップのお客様です。
事業撤退の決断を下したのは、人手が足りない中で収益力の小さいビジネスは抱えきれない、という思いからでしたが、ちょうどこの頃に第二東名高速の工事などにより、TSキャップの需要が増えていたことも、決断を後押しする要因になりました。TSキャップで売上を確保できるなら、下請けは辞めても大丈夫だろうと。これはいいタイミングだったと思います。
現在の事業構成は、ネジクルとTSキャップの2本柱です。
ネジクルのお客様は中小企業がメインで、「困った時のツルガ」というスタンスでビジネスを展開しています。従来ネジというものは、顔見知りの業者から購入するのが当たり前だったのですが、最近ではネジ屋が廃業してしまうケースが増えています。特に地方でこのような状況が目立っており、首都圏でも同じような「ネジ難民」は少なくありません。またベンチャー企業の場合は、そもそもどこからネジを買っていいのかわからない。そのためホームセンター等で購入することになるのですが、本当に大丈夫なのか不安だという人はとても多いのです。海外の日系企業から発注をいただくことも増えています。
ネジクルでは、午前中に発注していただければ、その日の昼過ぎに発送が完了し、翌日には届きます。また代替品やサイズ違いの商品も自動的に表示されるようにしているので、どのネジが最適なのか、在庫がない場合にはどうすればいいのかの判断も下しやすくなっています。
最近ではサイトのキャラクターも、(大阪市)十三の会社に作ってもらいました。大阪らしい、ユニークなキャラクターです。また「ネジの百科事典」という情報提供ページも掲載しているのですが、これの紙版も制作しており、ネットで買わない人にもアプローチしています。
一方、TSキャップは、自治体や商社、設計事務所にアプローチしています。当初は私のコンサル時代の知り合いに話を持ちかけていましたが、今ではFAXDMや代行電話でお客様を開拓しています。商社を介して公共工事で採用されることが多いですね。沖縄モノレールでも使われています。以前は他社の同等品が使われていたのですが、TSキャップの方が半分程度の価格ということで、採用が決まりました。
売上はネジクルとTSキャップで、だいたい半々くらい。TSキャップは売上の変動が大きく、ネジクルは安定しています。ネジクルでベースの売上を稼ぎ、TSキャップでボーナスをいただく、という感じです。担当している人員は、ネジクルが5人、TSキャップが2人です。お客様はいずれも大阪は少なく、東京が圧倒的に多いですね。
現在のお客様の数は数万社に上ります。ビジネスモデルを大きく転換していった結果、売上は年間10%程度とそれほど増えていませんが、粗利益率は3倍近くまで増大しました。人員数は2008年の半分以下ですが、事業効率ははるかによくなりました。
人がどんどん辞めて入れ替わっていくという状況の中、これだけの事業転換ができたのは、やはりSalesforceがあったからだと思います。オペレーションフローがSalesforceの中にあるので、新しい人が来てもすぐに仕事に取り掛かれます。現在のネジクルのリーダーも元パート職員ですが、最初は経理からスタートし、その後広報を担当してからネジクルに移ってもらいました。Salesforceがあれば、このような配置転換も容易です。
今では会議もやりませんし、残業もありません。パートタイムでも有給休暇が取れるようにしています。また産休も1年取得できることになっていますが、就業規則には期限を設けていません。復帰したい時に自由に戻ってもらえるようにしています。家族の入院で半年休職したケースもあります。
パートタイムで働く主婦の方は、子供の発病などで急に休まなければならないこともありますが、これも問題ありません。朝礼は行っていますが、そこでやっているのは休みのメンバーの確認だけです。会社を辞めてしまう社員も、今ではほとんどいません。ここ3~4年で辞めたのは、夫の転勤で辞めた方と、定年退職した方の2人だけです。
写真:敦賀 氏(左)とネジクル担当リーダー宮嶌 佳代氏(右)
導入してからの10年で、Salesforceの使い方はかなり変わりましたね。以前は主に案件管理のために使っていましたが、今ではどちらかというと、「困った時のツルガ」という役割をきちんと果たせているかどうかを検証する、マーケティングのためのツールになっています。
これは仕事のスタイルが大きく変化したからです。以前はガンガン営業する会社でしたが、現在はデータによるマーケティングを主軸にした会社へと変貌しています。Salesforceは変化に強いので、ビジネスモデルや業務スタイルが変化しても、問題なく使い続けられます。早い時期に導入しておいて、本当によかったと思います。Salesforceのおかげで会社が残ったと言っても、決して過言ではありません。
Salesforceを使い続けている理由はもう1つあります。それは、セールスフォース・ドットコムという会社との付き合いを続けていきたいからです。
セールスフォース・ドットコムの取り組みをみていると、非常に勉強になります。例えばSalesforceに機能を追加した場合、なぜその機能を追加したのかを自分がMBAで得た知識と突き合わせて考えることで、世界で何が起きているのかが推測できます。それが当社に役立つことであれば、すぐに取り入れることも可能です。
会社を伸ばしたかったら、伸びている会社とお付き合いをすること。会社を経営する上で、これこそが最も大切なことではないかと思っています。