いつもはSalesforceもしくはIT業界から見た関連記事を掲載しておりますが、今後各業界に精通した方・メディアと連携して、新たな切り口で記事をお届けしていきます。第一弾は、家電スペシャリストの滝田勝紀氏による「家電業界」に関する連載です。ぜひご覧ください。
こと生活家電の分野を取材していると、「IoTで重要なことは、スマートフォンでいかに家電を操作するか」と勘違いしている人々に多く出会います。それはメーカーの方もそうですし、同業の記者や編集者の方々にも見受けられます。たしかに記事などでビジュアル化しようとすると、家電とスマートフォンの画面を並べて操作しているシーンが、一番伝わりやすいから仕方ないかもしれませんが。
でも、ここではっきりさせておきましょう。IoTで重要なことは、スマートフォンで家電を操作することではありません。「繋がっていることから得られる価値」こそが重要なのです。メーカーにとってもユーザーにとってもーー。どういうことかを整理して説明します。
まずはユーザー側の価値について。多くの生活家電というものは、いわゆるデジタルガジェットなどとは違い、1回購入すると小物家電などでも短くても5、6年、エアコンや冷蔵庫、洗濯機など大型家電となると10年以上使うものも一般的です。つまり、付き合いが非常に長いものが多いのです。
ほとんどの生活家電は、購入してから1年も経つとモデルチェンジした新製品が発売され、その瞬間から当然旧モデルと位置づけられてしまいます。ただ、実は新製品とはあまり機能差がないことも多々あり、もしそれらの生活家電がIoT化されていたとしたなら、スマートフォンやPCなどと同じで、ソフトウェアのアップデートをするだけで、新製品と同じ機能を実装させることも可能なのです。
もう少し具体的に説明しましょう。例えば高級炊飯器の最近のトレンド機能として、お米の銘柄別炊き分け機能というものが挙げられます。「コシヒカリ」「あきたこまち」「森のくまさん」……などなど、現在全国には270種類以上の銘柄が地域ごとに作付けされています。その中でも、各メーカーが全国的によく食べられている銘柄をリスト化し、それぞれを最大限美味しく炊くための火入れパターンなどを自動で制御してくれる機能がそれです。
例えば、1年前のモデルでは30種類の銘柄炊き分け機能を搭載していて、今回発売する新製品では、炊き分けられる銘柄が10種類追加、40銘柄に対応したとしましょう。ちなみに、「特A米」とかを耳にしたことありませんか? お米は毎年、日本穀物検定協会の食味検査でランク付けされ、それにより人気の銘柄も変わります。もし1年前に購入していたモデルがIoT化されていたら、ソフトウェアのアップデートで、新製品と全く同じ銘柄炊き分け機能を実装できるはずです。どんなお米を炊くにしても、炊飯器によるお米の炊き方というのはほぼ同じだからです。火力を効率的に高めたり、適正な水分量や圧力をかけるタイミングなどを微妙に調整したりは差があるかもしれませんが、炊飯自体の基本的な原理や構造は同じです。
IoT化されていない炊飯器の場合、1年前に買ってしまったモデルは、新製品が出た時点で、単なる古い機種となってしまうでしょう。そのユーザーが今季追加された「特A米」に指定されたお米を食べていたとしても、その銘柄が炊き分けリストに入っていなければ、自動で最大限美味しく炊き上げることはできません。仮に新製品に、その「特A米」が追加されていたとしても、わざわざそのためだけに炊飯器を買い直すことは考えづらく、その価値を享受することはできないでしょう。でも、IoT化されていたらどうでしょう? 買い替えずとも、毎日その「特A米」を最大限美味しく食べることができるのです。購入したのは1年前のモデルだったとしても、ソフトウェアのアップデートによって。
ユーザーにとってのIoTの最大の価値は、生活家電が機能的に古くなりにくいことにあります(外装的には当然劣化しますし、ハード的な側面で実現できないこともありますが)。個人的にIoT化することは一般的なデジタルガジェットなどよりも、生活家電にとって重要だと考えます。なぜなら先ほど記したように、生活家電は付き合いが長いから。たとえ後乗せでも便利な機能をこまめに実装できることで、不便さを感じる機会を確実に減らせるからです。
EVメーカーとして有名なテスラの「モデルS」「モデルX」という両車種が、一昨年自動運転機能を発表しましたが、 最初はクルーズコントロールだけだったのが、ソフトウェアのアップデートにより段階的に自動車線変更、自動駐車など最新の機能が追加搭載されたり、問題が修正されたりするなど、常に更新し続けていることが話題となっています。このように生活家電も同じで、常に新しくて便利な機能が後追いで実装されていくことは、ユーザーにとって大きな価値ではないでしょうか?
続いて、メーカー側の価値についても説明します。古い考えを持っていらっしゃるメーカーの幹部の方に、「IoT化して古い機種にどんどん新機能を載せてしまったら、新製品がそのぶん売れなくなるじゃないか?」と言っている方がいます。はっきり言います。その程度で売れなくなる製品は最初からどうせ売れません。
誰を見て製品を作っているのでしょうか? 生活家電はユーザーの生活を豊かに快適にするために存在するのです。IoT化することで、メーカーはより多くのユーザーの生活を、より効率的に豊かに快適することができるという事実にまずは目を向けてください。
それに製品を売るだけで得られるベネフィット以上の、はるかに大きなベネフィットが得られるのも事実です。実際にユーザーが日々どんな機能を使っていて、どのぐらいの頻度で製品に触っているかなどをフィードバックすることで、それが延べ何千人、何万人分とデータが蓄積されていく、そのビッグデータこそが最大のベネフィットなのです。これまでの購入者ハガキなどでしか得られなかった無責任なユーザーデータではなく、家電を端末にリアルな真のビッグデータが日々蓄積されていくのです。
それにより本当に使われている機能もわかります。メーカーとして良かれと開発した新機能が、実は全くユーザーに使われていなかった! そんな悲しい事実を突きつけられることもあるでしょう。当然、その後の新製品の開発にその辺りを全て生かせます。本当に使われている機能はより良いものに、実は必要なかった機能は外して、もっと別の機能を開発するなど、開発自体の質も速度も早まることでしょう。これまでわざわざ社内の研究部門などでコストをかけて、繰り返し調査していたようなユーザーテストなどの結果を待たずとも、それよりはるかに多くのリアルなユーザーたちの声が聞こえるようになるのです。
違う側面からもさらにIoT化すべき理由に踏み込みましょう。かつて某グローバルメーカーから扉に上下2枚の液晶画面が実装された冷蔵庫のプロトタイプが発表され、当時そのメーカーの社長は以下のような内容を語っていました。
「冷蔵庫自体は無料、もしくは本当に安い価格で販売し、とにかく多くの世帯で使ってもらうこと。その冷蔵庫自体が大手スーパーやコンビニなどのPOSレジとシームレスにつながっていて、購入した食材のデータが全て自宅の冷蔵庫に自動登録されたり、賞味期限データや残数なども随時更新され、その食材を使ったレシピなども冷蔵庫が自ら提案する、そんな端末として使えるものに進化させるのが理想です。これからのメーカーというのは、冷蔵庫1個売って収益をあげるような時代ではありません。冷蔵庫から各家庭の情報を収集し、それをビッグデータとして活用し、各家庭にあったサービスなどをどんどん立ち上げ、サービス料などを月額で支払ってもらうようなビジネスを展開していかないと、世界の強豪と勝負しても生き残れません」
つまりこう言うことです。今後はメーカーでありながら、その製品自体を販売して収益を上げるだけでは戦えません。いかにユーザーに使ってもらい、そこに便利なサービスを提供し続けたり、それを送り込むためのプラットフォームを構築し続けられるかが重要なのです。製品を1回売ったらおしまいではなく、その製品を突破口に、ユーザーとコミュニケーションを図り続け、課金し続けてもらうことでより大きな収益を手にする。これこそが新しい時代のメーカーのビジネス手法であり、それを実現するのがIoTなのです。
現在は言うまでもなく、ビッグデータを制する企業がどの業界や市場においても、1強として王座に君臨している時代となっています。分かりやすいところでは、Amazon、google、Appleなどがその代表例ですが、すでに他の業界や市場でもそこまで明確な勢力図ができてなくても、虎視眈々と各業界/市場のAmazonやgoogleの立ち位置を狙っている企業名をいくつも挙げられます。そのビッグデータを収集するための入り口こそがIoTであり、生活家電メーカーでもそこに気づいている企業は、すでにものすごい速度でIoT化を推し進めています。
最新製品やコンセプトモデルを数多く並べる家電の展示会などを毎年取材していると、近年、多くの世界的生活家電メーカーがIoTに注力していることが分かります。特にお隣韓国や中国のメーカーなどは、それ自体が人が使いやすいかは置いておいたとしても、IoT一辺倒といった開発の様相すら感じられます。この先、日本の生活家電メーカーももし世界で戦おうとするなら、待った無しの状況だと肝に命じて、生活家電のIoT化を推し進めてくれることを望みます。(Vol.2へつづく)