2017年3月3日、東京ミッドタウンホールにおいて、「すごいベンチャーカンファレンス2017」が、東洋経済新報社とセールスフォース・ドットコムの共催で開催されました。テーマは「熱を帯びるSaaSベンチャー急成長の舞台裏」。いま注目されているSaaSベンチャーの経営者が複数登壇し、サービス誕生の瞬間から成長に至る戦略までのすべてを紹介しました。基調講演では、「東洋経済オンライン」編集長である山田 俊浩氏が聞き手となる形で、GMOインターネット株式会社代表取締役 会長 兼 社長・グループ代表の熊谷 正寿氏が登壇。定員400名の会場は満席で、「独立系インターネットベンチャーとして日本初」の店頭公開し、現在は一部上場を果たした熊谷氏の言葉にメモを取りながら耳を傾ける方も多く、熱心な質疑応答も繰り広げられました。今回はこの基調講演の概要をお届けします。
写真:GMOインターネット株式会社 代表取締役会長兼社長・グループ代表 の熊谷 氏(右)と東洋経済オンライン編集長 山田氏(右)
講演ではまず山田氏が「東洋経済もすでに120年の歴史がありますが、ベンチャーのカルチャーを取り入れながら、新たなディスラプションに備えて成長しなければならないと考えています」と挨拶。その上で、黎明期からインターネット業界を見続けているGMOの熊谷氏に、スピーチのバトンを渡しました。熊谷氏は開口一番、ネットベンチャーの競争形態が、20年前とは大きく変化していると指摘。以前は複数の企業が生き残り、そこで順位がつく「レース型」でしたが、現在では1強のみが生き残る「格闘型」「ボクシング型」になっていると語ります。
「この数年はスマートフォンの登場が大きなビジネチャンスを生み出し、多くの企業がここに参入しました。しかし改めて振り返って見ると、生き残っている企業は本当に数えるほどしかありません。私は時価総額1,000億以上の企業経営者と食事をする機会もありますが、やはり彼らも同じ感覚を持っています。起業はしやすいのですが、勝ち残るのは難しい時代だと実感しています」。
写真:GMOインターネット株式会社 代表取締役会長兼社長・グループ代表 熊谷 氏
起業するにはアイディアも非常に重要だが、共に重要になるのがテクノロジーだと熊谷氏。アイディアはすぐに真似されてしまうため、それを振り切って勝ち続けるにはスピードが必要。そのベースとなるのがテクノロジーなのだと言います。「テクノロジーを外注している企業では、そのテクノロジーを使うためにまず相見積りを取り、ミーティングを繰り返し仕様を決めて、という段取りが必要になります。しかしテクノロジーを自社に持っていれば、その段取りは朝礼だけで済んでしまいます。そのため絶えずKPIを確認してどんどん改善していくというPDCAサイクルを、ものすごく速く回すことができるのです」。
ここで熊谷氏は、企業生存率に関する統計データを紹介。あるデータによれば、起業から5年で7割の企業がなくなり、10年では98%が消えてしまうと言います。そして20年続く企業は、わずか0.3%に過ぎないのです。
この話を受け、山田氏は「20年間生き残るには、創業時点の成功体験を捨て、新たなものを取り入れていく決断も重要ではないでしょうか」と質問。
写真:インタビュアーの東洋経済オンライン 編集長 山田氏
熊谷氏はこれに対して「日本のベンチャーは古いものを捨て去るのではなく、温存しながら新たなレイヤーを重ねていくことが必要」だと返答します。
「英語圏は人口が多いため、単品ビジネスでも十分に成長できます。例えば英語圏で当社のようなドメイン事業を行っているゴーダディという会社がありますが、ここは20年間このビジネスだけを行い、当社の10倍の規模になっています。もしGMOがこれと同じことを行っていたら、企業規模は現在の1/10程度にとどまっていたでしょう。日本市場は言語障壁に守られているので、単品ビジネスでも最初は食べていけますが、すぐに競争過多になってボクシング型の市場に変化します。楽天さんやサイバーエージェントさん、そしてGMOがコングロマリット型(直接の関係を持たない多岐に渡る分野で事業を展開していくこと)になっていったのは、まさにこれが理由なのです」。
20年生き残る企業が0.3%だとすれば、その背後には生き残れなかった企業の屍が、累々と積み上げられていることになります。全ての起業家は勝ち残るつもりでビジネスをスタートするはずですが、実際に勝ち残れるか否かを左右する要因は、いったい何なのでしょうか。熊谷氏は、上場にまで至った企業の多くは、ある共通点を持っていると指摘します。それはストック型の収益モデルを採用しているということです。
ビジネスの収益モデルは、大きくストック型とフロー型に分けられます。ストック型はサービスのための資産を自社内に持ち、それを月額料金で利用してもらう形態です。例えば携帯電話の基本料金や、電気、水道、ガスなどのユーティリティがこれに分類され、GMOが展開するレンタルサーバーやドメインビジネスもこれに含まれます。これに対するフロー型の代表例が飲食店です。フロー型は毎回売り切る形のビジネスモデルであり、一度顧客に利用してもらっても、もう一度利用してもらうためには大変な努力が必要になります。
「電機メーカー大手の中には苦しんでいるところが多くなっていますが、これらは確かにフロー型ビジネスですね」と山田氏。いったんフロー型のビジネスを始めてしまうと、その発想が染み付いてしまうので、早い段階でストック型の考え方に切り替えることが重要ではないかと述べます。熊谷氏も「私が21年前に起業した時も、インターネットの中でなくならないものとストック型をかけ合わせたビジネスを探し、その結果いまのインフラ事業や金融事業を選ぶことになりました」と振り返ります。
熊谷氏は、株式会社経済界が主催する「金の卵発掘プロジェクト」の審査員も務めていますが、ここで昨年12月にグランプリを受賞したベンチャー企業も、やはりストック型ビジネスを採用していると紹介します。
その企業とは、福岡を拠点にビジネスを展開するAUTHENTIC JAPAN株式会社。同社が行っている会員制捜索ヘリサービス「ココヘリ」が、グランプリを受賞したのです。このサービスは、会員に小型発振器を会員証として貸与し、万一の自体が発生した場合には受信機を搭載したヘリが現場に急行、迅速に遭難者の位置を特定し、警察・消防などの救助組織に伝達するというものです。創業者はもともとガラケーの技術者であり、自身が持つ技術力とそれを活かすアイディアを掛け合わせ、さらにストック型のビジネスモデルを確立している点を、熊谷氏は高く評価したと説明します。
それではすでにフロー型ビジネスを行っている企業は、勝ち残ることは難しいのでしょうか。熊谷氏は必ずしもそうではないと言います。発想を変えることで、従来型のフロー型モデルをストック型モデルに転換できからです。
「最近投資相談に来たあるベンチャー企業で、古着を扱っているところがあります。古着を仕入れて売るのであれば典型的なフロー型モデルですが、この会社はスマホアプリを使ってレンタルするというビジネスを展開しており、ストック型モデルを確立しています。同じ商材やテクノロジーを使っても、視点を変えることでストック型にできるのです」。
その後、山田氏は企業文化の作り方について話を膨らませていきます。「企業は人なり」といいますが、GMOではいかにしていい人材をひきつけ、どのような人事制度を作り上げているのでしょうか。
これに対する熊谷氏の答えは、非常にシンプルです。「ひとことで言えば、仲間に『愛目線』があるかどうかが最も大切です。例えばGMOでは、従業員や小会社という言葉を社内で使いません。従業員は仲間、海外ではパートナーと呼んでいます。またM&Aや買収という言葉も使わず、仲間づくりと言います。仲間になった人とはフラットに、愛目線を持ってお付き合いします。その前提の上に、経営のガラス張り等の様々な制度が作られています」。
さらに山田氏は「日本企業では働き方改革が今大きなテーマになっており、苦しんでいる企業も多い。これをITのチカラで変えられれば、大きなビジネスチャンスになるのではないでしょうか」とも言及。熊谷氏も「そもそもITで人が楽になっていかないと意味がありません」と述べます。
「インターネットが産業革命であることは、今や疑う余地がありません」と熊谷氏。過去の産業革命は55年続きましたが、日本のインターネットは1995年から始まったので、まだ35年は広がっていく可能性があると言います。そして今後世界中の都市はインターネットシティになり、すべてのモノがインターネットに繋がっていくと語ります。
「その中で勝ち残っていくのは確かに難しいことですが、いいサービスを提供する会社は勝ち残ることができるでしょう。今日のテーマであるSaaSは、まさにその可能性があるビジネスです。自分でテクノロジーを持ち、いいサービスを築き上げれば、グローバル展開もできる。その典型がSalesforceです。これと同様に、テクノロジーとアイディア、そしてストック型のビジネスモデルを組み合わせ、改善をどんどん加えていけば、他社の追随を許さないビジネスを作り上げることができるはずです」。