農林水産省がまとめた平成28年農業構造動態調査によると、日本の農業の就業人口は192万2,200人。今年に入り、初めて200万人を割り込んだことが明らかになりました。1983年と比較すると、70%も減少したことになります。高齢化による離農が進む一方、これからの農業を支える新規就農者数は伸び悩んでおり、年齢別に見ると60歳以上の割合は、全体の78%を占めます。農業従事者の平均年齢は67歳。農家における高齢化、人出不足の問題は深刻です。
年齢別農業就業人口の推移(全国)
(出所)農林水産省「農業構造動態調査結果」をもとに弊社作成(1983年及び1993年の「60~69」は、「60歳以上」)
日本の農業の課題は、農林水産省が8月に発表した「平成27年度食料需給表」の食料自給率にも表れています。食料自給率とは、国内の食料消費が国産でどの程度賄われているかを示す指標であり、食料の安定供給を確保するためには、この食料自給率を向上させる必要があります。2015年度の食料自給率(カロリーベース)は6年連続横ばいの39%。食生活の半分以上を外国からの輸入している日本は、地球温暖化や世界的な異常気象、原油価格の高騰、水不足、家畜伝染病、輸出国の輸出制限などの影響を大きく受けるというリスクを抱えているのです。政府は、2025年度までに自給率を45%にするという目標を掲げていますが、長期的に減少傾向で推移しており、先進国の中でも最低水準となっています。政府は、2015年10月に大筋合意に至ったTPP(環太平洋パートナーシップ協定)による関税撤廃の影響について、食の自給率への影響はないとしながらも、価格低下や生産額は減少するだろうという試算を発表しています。
先進国における食料自給率(カロリーベース)の比較
(出所)農林水産省「食料需給表」、FAO “Food Balance Sheets”等を基に農林水産省で試算したものをもとに弊社作成
このように、さまざまな難題に直面する日本の農業ですが、最新テクノロジーやビッグデータ、IoTなどの電子化された情報を活用した「アグリテック(Agritech)」と呼ばれる先進的な事例も登場し始めています。
株式会社なまら十勝野は、北海道の十勝平野にある 芽室(めむろ)という町において、畑作農家13戸が出資し、農家後継者や脱サラの新規就農の若手メンバーにより結成されました。「安心、安全でおいしい野菜をより多くのお客様に安定的に供給していきたい」という共通の目標を実現するため、各農家の野菜を同社ブランドとして、道内外の飲食店や加工業者、スーパーなどへ出荷しています。
以前は、電話やLINEを使って60店もの飲食店、取引先との発注やオーダーの受付を行っていましたが、取引先が増えるにつれ、ミスや確認漏れが発生するという課題を抱えていました。そこで、飲食店や取引先と直接やり取りできる発注の仕組みをSalesforce上に構築。確認漏れ等のミスを防ぐと共に、最新の出荷状況をリアルタイムに共有できるようになったことで、発注や事務作業の効率化の実現に成功しました。
農家同士でのつながりにもSalesforceが活用されています。「キャベツ畑でモンシロチョウが飛び始めたから注意しよう」といった、農家にとって重要な情報の共有に活用している他、収穫の時期をずらすなど連携して生産計画を立てるようにしたことで、作物の安定供給を実現できるようになりました。それまで個々に購入していた高価な農業機械も、計画的な生産スケジュールに基づいて農家間でシェアをする仕組みを作ることで、投資の分散やリスクの低減につながったといいます。
また、ダッシュボードを使ってリアルタイムに生産目標、売り上げ目標や現状を共有することにより、前向きな改善に向けて早い対応も可能になりました。2016年7月からは直接消費者へ野菜を届ける野菜定期便も開始した同社。今後は理念を共有するパートナーファーマーを増やし全国・世界に発信していくという新たな目標に向かって挑戦しています。
酪農においてもITを活用する動きは広がっています。デザミス株式会社が今年の10月から提供を開始する、IoTを活用した次世代酪農サービス「U-motion」は、牛の最も重要な行動特性である採食、飲水、歩行、走る、横臥、静止、反芻、発情の8種類の行動データを牛個体ごとに専用センサーで自動収集し、App Cloud上で管理・保存。それらのデータをリアルタイムに分析し、その結果をダッシュボードに表示させることで、牛の健康状態の見える化を実現します。
牛が障害を起こす、あるいは死亡することによる損害コストは数千億円にも上ると言われています。同社のサービスを使うことにより、たとえば牛の行動における異常値を検出すると、ダッシュボードにアラートとして表示することができるため、酪農家・肥育牛農家は早い段階での対処が可能になります。さらにCommunity Cloudを活用することで、さまざまな情報共有を効果的に行えるようになるため、酪農家同士、さらに獣医や酪農コンサルタントとのつながりをより強固にすることができます。(詳細はこちら)
これまで見てきたように、これからのアグリテックにおける重要なポイントは、煩雑な作業の効率化を図ることはもちろん、これまで勘や経験に頼ることが多かった農業や酪農で、コミュニティでのつながりをより強固にしたことです。これにより、新たな農業の担い手が参加しやすい環境ができ、さらに活躍できる人財を育て、ノウハウや技術を継承していくための基盤となっているのです。
安倍内閣は、農産物輸出を成長戦略の柱のひとつと位置づけ、輸出額を1兆円まで増やすことを目指していますが、その実現に向けITが果たす役割は決して小さくありません。今後もさまざまな知恵と工夫により、農業における課題解決に寄与していくことでしょう。
参考文献: