「地方消滅 東京一極集中が招く人口急減」(増田寛也編著)は、少子高齢化の実態と近い将来を、生々しいデータと共に明らかにしました。なかでも衝撃的なのは、2010年から2040年までの間に急激な人口減少に遭遇し、「消滅可能性都市」と見なされる自治体が896にものぼるというもの。全国の傾向としては、北海道・東北地方(震災の影響で正確なデータが取得できない福島県を除く)の80%、山陰地方の75%、四国の65%の自治体が消滅可能性都市として挙げられています。
一方、東京圏における消滅可能性都市は28%と、比較的悪くない数字のように見えます。実際に約20年前には、東京一極集中には「規模の経済」や「範囲の経済」、「集積の経済」といったようなメリットが多く存在するという論調さえありました。しかし、東京都の出生率は2013年の時点で1.13と際立って低く、東京圏の人口を支えているのは地方からの人口流入にほかなりません。地方の人口が、子育てのしづらい大都市圏に吸い込まれていき、結果的に日本全体の人口が減っていくサイクルへとつながっています。
これを食い止めるためにはさまざまな施策が求められていますが、そのひとつに地方における教育の質の維持・向上が挙げられます。初等・中等教育は、小さい子供を持つ家庭にとって生活インフラのひとつであり、域内に中学校がないために小学校卒業後は他県で生活する、といった風景も珍しくはありません。また高等教育は地方の会社に優秀な人材を送り込む役割を担っており、経済の向上に大きく寄与します。
人口が減っている地方では、教育の質を維持するだけでも大変な労力を要します。しかし、IT技術の発展は、地方の教育の姿を少しずつ変えつつあります。
奈良県の西に位置する五條市では、2005年の周辺の村との合併を契機に、急速な少子化に見舞われました。2015年には、対2005年比で、公立小学校の児童数が4割も減少しています。そのため、2016年の時点で現存する公立小学校8校のうち、7校が全学年で単学級となっています。市の教育委員会は、1学年2クラス以上の規模が教育効果の観点で望ましいとしつつも、学校を減らすことは地域の衰退を招くことにもなりかねません。そのため、教育委員会は現状の小学校数を維持したまま、いかに教育の質を維持・向上するかという難題に取り組んでいました。
そこで市立阪合部(さかあいべ)小学校と市立野原小学校に、両校をつなぐテレビ会議システムと電子黒板を設置し、バーチャルで同じ授業を受けられる仕組みを構築しました。生徒にはタブレット端末が配布され、算数の問題をタブレット上で回答。その画面を電子黒板上に映し出すことで、他校の生徒に向けて自分の回答を発表することもできます。まさに遠く離れた学校の生徒と、同じ教室で授業が受けられるような感覚を得られるのです。読売新聞の取材に対して市の教育委員会は「1学年に複数学級ある学校が理想だが、ITの活用で子どもたちの教育効果を高めることはできる」と、教育においてITが果たす効果を高く評価しています。
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昨今のMOOCs (Massive Open Online Courses)とよばれる、インターネット上で誰もが無料で受講できる講義システムは、世界トップクラスの大学によってさまざまなコースが開講されています。米国の大学を中心に広まったこの動きは日本にも波及し、2013年には東京大学が日本の大学として初のMOOCsへのオンラインコース配信を開始しました。この取り組みには、東京大学の世界的な知名度向上という目的に加えて、日本国内の地方都市に在住する人々に対して学習機会を提供するというミッションもあります。
MOOCsは2016年現在、大学の単位や公的資格等を証明するものではありませんが、将来的に単位認定などの仕組みが整備されれば、地方にいながらにして最高水準の教育を受けられるようになります。地元に学びたい学部を持った大学がないから上京する、という若者の地方からの流出をとどめる役割を果たすでしょう。これに加えて、地方の会社に勤務する社会人にとっては、オンラインコース受講により自分のスキルをさらに伸ばすことができ、労働生産性向上にも役立てることができます。将来的には、オンラインコースで鍛えられた人材を武器に、世界に名をとどろかす地方企業が出現するかも知れません。
これまで見てきたように、地方で優秀な人材を育成する教育の仕組みは、ITの力によって整えられつつあります。また総務省は、2014年度より「先導的教育システム実証事業」として教育ICTシステムの実証を推し進めており、教育においてもITの果たす役割はさらに広がっていくと考えられます。