様々な企業で人材獲得に関する課題が浮き彫りになっている昨今、「人」の確保に苦しんでいるのは必ずしも企業だけではありません。日本の大学も厳しい経営状況に置かれ、学生確保のために対策を迫られています。企業も大学も生き残りのための対策のひとつとしてITの活用がありますが、現在、大学におけるITの活用はどの程度進んでおり、具体的にどのような分野で利用されているのでしょうか? 日本の大学のIT活用の現状を海外との比較も交えながらご紹介します。

進む少子化、どのくらい深刻なのか?

日本の大学は、少子化の影響や新設大学の増加などからとても厳しい状況に置かれています。文部科学省の「大学基本調査」によると、18歳人口はピーク時の1966年に249万人だったのに対して、2014年は118万人と大幅に減少しています。その半面、設定基準の緩和によって、大学数は1990年代以降に急増しました。入学する学生が定員数を下回る「定員割れ」の状態にある大学は、2015年度の入試では43%にのぼりました。前年の46%よりやや改善したものの、20年前の1995年度は4%、10年前の2005年度でも30%であったことから考えると、状況の深刻さがうかがえます。

現在は定員割れが起きていない大学でも、決して油断はできません。少子化が今後も進んでいくことを考えると、状況はますます厳しくなると考えられます。厳しい競争のなかで、少しでも多くの学生を確保して生き抜いていくために、大学はこれまでの経営体制を見直すことが求められているのです。

そのような状況のなか、ITを学生の指導や大学運営に活用することは、大学の競争力強化に役立つものとして注目されています。

データからみるIT導入の現状

では、日本の大学におけるITの導入・活用は実際にどの程度進んでいるのでしょうか? 文部科学省の「先導的大学改革推進委託事業」として実施された「ICT活用教育の推進に関する調査研究」では、日本の教育におけるITの活用状況が詳細に報告されています。

フルオンライン型授業を実施する大学は16%

大学教育におけるITの導入としてまず思い浮かぶのが、インターネットを利用しで授業をおこなうオンライン型授業ではないでしょうか。

2010年度の調査でオンライン型授業を実施していると回答した大学の実施率は、35・7%(国公立、私大含む全体)となりました。5年前の2005年度の調査で実施していると回答した大学は、全体で14・6%だったことから、近年急速に増加していることがわかります。

上記の数字は授業の一部をオンラインで実施するケースも含まれますが、これらのうち、1つの科目のすべての授業をオンラインで行う「フルオンライン型」の授業を実施している大学の割合は、合計では16・0%でした。

LMS導入では米国に大きく遅れる

LMS(Learning Management System)とは、オンライン学習を実施するための基盤となる学習管理システムのことで、教材の配信や学生同士の議論や交流、学生に対する学習支援に利用されます。

米国の大学の約93%は、何らかの LMS を導入している一方、日本の大学の学部研究科で LMS を導入しているものは 40.2%にとどまっており、日本は米国に比べて大きく遅れているのが現状です。

大学の授業への導入が考えられるITツールにはこのほかに、SNSやブログ、チャット、テレビ会議システムのなどがあります。これらは学生同士が議論をしたり教員と学生がコミュニケーションを取ったりするために有効な手段ですが、いずれも日本では導入している大学はまだ少ないのが現状です。

学生の募集にITを活用

授業そのものだけでなく、学生の募集にITソリューションを活用する例もあります。カナダのアルゴンキン大学は、Salesforceを使って、自校のWEBサイトやソーシャルメディアからの入学候補者の獲得を自動化。これによって、ターゲットを絞り込んだコミュニケーションを行ったり、ターゲットのデータをトラッキングしたりすることが可能になったのです。

また、App Cloudを使ったiPad向けの学生募集用アプリケーションを独自開発することで、高校訪問時などに入学候補者のデータをその場で収集できるように改善。さらに、効率的なコミュニケーションのために、ソーシャルメディア上での学生と大学の会話をSalesforce Marketing Cloudで一元管理しました。

これらの施策の結果、導入後1年以内の入学候補者数は23%増加し、入学案内の発送にかかる時間は50%短縮されるという大きな成果につながりました。

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学生の情報を一元管理、出席不振者率の改善も

教員が学生の状況を的確に管理し、きめ細かいサポートを行うためにITを活用したケースもあります。日本の株式会社立大学の先駆けであるデジタルハリウッド大学・大学院では、従来利用していた学生ポータルの機能をごく短期間でSalesforce Community Cloudへ移植しました。新たにCommunity Cloudを利用したことにより、長年課題だったモバイルへの対応も最小限の時間と労力で実現。同時に、学籍番号や履修状況、成績などの指導に欠かせない情報をいわば“学生カルテ”のように集積して、関連する教員だけに公開設定をした上で、教員間でも情報共有を可能にしました。

また同社は、学生の卒業率向上という大学経営における普遍的な問題を解決するため、さまざまな機能をCommunity Cloudに実装しました。そのひとつが、出席が一定の水準を下回った学生に対して、自動的にアラートメッセージが送信される機能です。Community Cloudでリスト化されるアラート情報を追跡し、場合によって電話連絡や自宅訪問などを実施。もちろん、“学生カルテ”を利用した教職員によるサポートも同時に行います。そのように初動を早めることで、学生ポータルの始動から3か月の時点で、初年次生の出席不振者率を約30%も低下させることに成功したのです。

デジタルハリウッド大学・大学院の事例はこちら

企業も大学も、生き残るためにはITの積極活用が欠かせない

これからの厳しい学生獲得競争を生き抜くためには、学生一人ひとりへのサポートを手厚くすることが重要な鍵となります。ITを活用することによって、時間や労力の負担を増やすことなく、きめ細かい学習指導ができ、学生の満足度を上げることが可能になります。また、学習指導以外の大学運営に関わる業務についても、ITの利用で効率化が可能な部分は多いはずです。

今回ご紹介した事例からもわかるように、日本の大学のIT導入は、まだまだ途上にあります。ITを積極的に導入して有効利用することが、大学が生き残るためには欠かせないものとなるのではないでしょうか。

参考:

  • 生き残りへ大学“戦国時代”—迫られる人口減対策とグローバル対応(nippon.com 原田 和義 2015年2月10日)
  • 私立大の定員割れやや改善、43%に(河合塾 Kei-Net 2015年8月10日)
  • わが国と諸外国の ICT 活用教育に関する基礎データ(ICT活用教育の推進に関する調査研究/文部科学省)
  • 海外の主要基礎データとの比較(ICT活用教育の推進に関する調査研究/文部科学省)