生き残るのは誰か?破壊的イノベーションとメディアビジネス

メディア業界に巻き起こるイノベーションにどう対応すればよいのか?

昨年開催された「メディア業界におけるカスタマーカンパニーへの変革~デジタル時代のビジネス・イノベーション~」というイベントから、今回は株式会社スケダチ代表の高広 伯彦 氏による「生き残るのは誰か?破壊的イノベーションとメディアビジネス」講演レポートをお届けします。

可処分時間の「単位」が短くなっている

皆様もご存知の通り、ここ数年で情報量が多くなっただけでなく、人々の情報処理のスタイルも大きく変わってきています。昔はそれこそ15分から1時間単位で、テレビ番組をはじめとするメディアのコンテンツが消費されていました。ところが今は、電車を待つ数分間やタバコを吸うちょっとした時間など、可処分時間、つまりは余暇時間の単位が非常に短くなっています。

少し古いデータですが、総務省が発表した下記のようなデータがあります。これは、世の中で生み出される情報量(青)と1人あたりが消費できる情報量(赤)を比較したグラフを簡略化したものです。

情報センサス調査 総務省, 2011
情報センサス調査 総務省, 2008

もちろん1人あたりの情報消費量も1960年代と比較すると33倍になっているのですが、その一方で情報量自体は530倍に増えています。つまり、人が消費できる情報量には限界があるにも関わらず、インターネットの力もあって情報が爆発的に増えているのです。この中でいかに情報を発信するかというのは、メディアビジネスだけでなくすべてのビジネスにおいて共通の課題になります。

新しいイノベーティブなメディアビジネスは、このような情報の波から生まれてきていますが、重要なのは「可処分時間の奪い合いが起きている」という事実です。先ほどのグラフからもわかるように、可処分時間には限りがあります。時間の争奪戦の発生が、これからのビジネスを考える上でのキーポイントになることを意識しなければなりません。

破壊的イノベーションとメディアビジネス

クレイトン・クリステンセンの名著『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』によると、大企業が新市場に漕ぎ出せない理由は主に2つあります。

  • 事業のサイズが小さく、魅力的に見えない
  • 既存事業とのカニバリズムが気になる

今やっている事業が売上をあげているとなかなか新しい市場に魅力を感じませんし、既存のビジネスと食い合いそうだと手がでないというものです。後者は、紙媒体の売上が大きいため、電子版に注力できない新聞などをイメージしてもらうとわかりやすいかもしれません。

それでは、大企業が苦戦している間に、どうやって新興企業・メディアは破壊的イノベーションを達成していくのでしょうか。クリステンセン氏によると破壊的イノベーションを構成する要素は以下の4つです。

  • Simplicity(シンプルに)
  • Convenience(便利に)
  • Accessibility(利用しやすく)
  • Affordability(手頃に)

この4軸にもとづいてオーディエンス向け、広告主向けの既存メディアビジネスを考えてみましょう。

まず、Simplicityです。例えば新聞で言うと大きな輪転機、テレビだと放送設備や撮影設備がこれにあたります。これらがある種の参入障壁となっていました。しかしながら、まったく異なる市場やローエンドの市場へ参入する新興メディア企業にとっては、これらは参入障壁になりません。

次に、Convenienceですが、ワンセグ放送をイメージしてください。これは一見どこでもテレビがみられるというユーザーニーズを満たしているように思えます。ところが真なるニーズはオンデマンド(いつでも、どこでも、みたいものを)にあり、それらを扱うメディアに圧倒的な勢いがあります。

3つ目のAccessibilityは、情報へのアクセスのハードルの高低が重要になり、最後のAffordabilityでは手軽なコストかどうかがポイントになります。インターネットにおいては従来有料でしかアクセスできなかった情報が無料でアクセスできるケースも多く、この2つの要素においてかなり破壊的なパワーを発揮しています。

メディアビジネスにおける新しい4つのスタンダード

注目すべきポイントはメディア企業の構造の変化です。従来のメディア企業はコンテンツの制作機能と配信機能が一体となっています。雑誌は少し異なりますが、テレビや新聞はこのような構造になっています。

ところがソーシャルメディアを中心としたプラットフォームの世界では、制作機能はユーザーの手に委ねられています。ユーザーのつくるコンテンツによって、メディアプラットフォームが構築されていることに従来型のメディア企業との大きな構造上の違いがあります。

さらにNetflixなどはハイブリッド型です。自社でもコンテンツを制作・配信しますが、多くのコンテンツは他社が制作したものをライセンスを取得するかたちで配信しています。

1.プラットフォーマー思考

これらの構造上の違いを理解した上でおさえておきたいのが、「ユーザーがどう情報を見るのか?」という視点です。今のメディア企業はコンテンツを制作することに重点を置いていますが、これからはプラットフォーマーとしての思考・視点を持つことが求められます。

一方的に情報を制作・配信していると気づきにくいですが、本来的には情報は一人ひとりのニーズにあった内容や配信方法があるはずです。ユーザー中心にものごとを考えないとこのプラットフォーマー思考にはなりにくいので注意が必要です。

2.グロースハック体制

グロースハックとは、Seam Ellisによると、「ユーザーの行動や各種データを用いて、サービスやプロダクトを改善し、ユーザーの維持・増加を行うこと」です。このグロースハックの観点からNetflixとテレビの差を考えてみます。

Netflixはデータ、更に言うと個人のデータによるサービス改善が非常に容易です。テレビや新聞は視聴者・購読者という大きな形でのデータはもっていますが、個々人のユーザーのデータはもっていません。

一般企業では顧客データとして様々な情報を集め、サービス改善やアップセルに活用していますが、メディア業界ではそれができていないのが現状です。Netflixでは、ユーザーがどこで巻き戻しをしているか、どのデバイスで見ているかなどの細かいデータを個人単位で収集し、パーソナライズされたレコメンデーションに活かすだけでなくサービス全体の改善にも活用しています。

3.顧客のデータベースの保有

顧客データを集めることは自社のマーケティングにも役立つので、メディア企業であろうと必ずやるべきです。先のグロースハックにももちろんつながりますが、顧客のメールアドレスがあれば、こちらからリーチできるだけでなく、顧客の趣味嗜好を把握することができます。

例えば、従来であれば番宣という形で新番組などをアピールしていましたが、メールのアクション(どの分野の情報をクリックするユーザーなのか)に基づいた顧客データベースがあれば、そのユーザーに絞って新番組を効果的にお知らせすることも可能です。

ずっと広告を行うには絶えずお金が必要ですが、顧客データは資産となります。メディアはコンテンツを発信するだけでなく、それぞれの読者・視聴者がどういう趣味・嗜好性をもっているかをデータとして集めるべきなのです。

読者・視聴者といったバルクのデータではなく、個別のデータをもつこと。そして一方通行ではなく、ユーザーのアクションなどを把握するインタラクティブなコミュニケーションを行うことがキーになります。

結びつきを強くし、読者・視聴者という大きな形でとらえるのではなく、一人ひとりが顧客であるという意識をもつ。これが今のメディアには求められています。改めてNetflixとテレビの違いを3つ挙げておきます。

  • 1.データによる改善、しかも個人データ
  • 2.パーソナライゼーション
  • 3.リテンション(顧客維持)

4.モバイルファースト

今、最もメディア関連のイノベーションが起きているのはスマートフォンです。

ニールセンによると、2013年4月から2015年4月までで、およそスマートフォンユーザー(4,832万人)が1.7倍増加(PC利用者は5,100万人、2014年7月から横ばい)。モバイル端末の利用時間はデスクトップPCと比較して約2倍になっています。

さらに注目すべきは、メディア接触時間の変化です。博報堂メディア環境研究所のデータによると、2013年まではほぼ横ばいで350分前後でしたが、スマートフォン普及が進んだ2014年には全体での接触時間が30分ほど伸びており、モバイルへの接触時間が一気に24分ほど伸びています。2015年の調査ではその傾向がさらに顕著になり、「携帯・スマホ」「タブレット」で、メディア総接触時間の1/4以上を占めるまでに拡大しています。

CTVでプロダクトやサービスを捉え直す

あるシチュエーション・文脈(Context)において
そのターゲット(Target)にとっての
価値(Value)とは何か?

このようなフレームにおいて製品やサービスを考えることが、新しいビジネスを考える上で役に立ちます。
例えば、

Context:
電車を待っている、電車に乗っている

Target:
電車を待っている、電車に乗っている人

Value:
待ち時間、乗車時間の暇をつぶすこと

という文脈においては、そのニーズに見合うサービスはすべて競合になりえます。テレビを扱っているとついつい競合は動画を扱うサービスだと思いがちですが、ユーザーの可処分時間を考えると、様々なメディアが競合になりえるのです。

可処分時間の奪い合いが起きている状況では、同じカテゴリーの差別化・差異化ではなく、顧客の中で起きていることに注目してください。なぜ、ユーザーがそのサービスや情報を使っているのか、どうやって使っているのかを突き詰めることがメディアビジネスにも求められています。

過去の思考や知識をバラし、新しいものと組み合わせる

4つのポイントをおさえてきましたが、共通するのは「メディアビジネス自身に、マーケティングと商品開発のイノベーションが必要」ということです。生き残るための方策は、ハイエンドからローエンドまで視野を広げて、それぞれのターゲットにあったメディア商品をつくれるかどうか。ビジネスサイズが小さくても、最初は当然のことです。

知識や経験は積み上げられるものです。メディアビジネスというのは長い歴史があるので、その積み上がった知見は膨大になります。しかしながら、積み上げ型の考え方では、新しい考え方を昔の知識や経験のベースの上で考えがちで、これまでの思考や経験に引きずられてしまいます。

一度今までの思考や経験をバラし、新しいテクノロジーやマーケットと組み合わせることこそが、新たなメディアビジネスのイノベーションを牽引し、メディアが生き残るための立ち振る舞いだと思います。

参考:

  • 平成 18 年度情報流通センサス報告書
  • スマートフォンからのインターネット利用者、2015年冬にはPCを超える可能性 ~ ニールセン、最新のインターネット利用状況を発表 ~(ニールセン株式会社 2015年5月26日)
  • 「メディア定点調査・2015」(株式会社博報堂DYメディアパートナーズ 2015年7月7日)