セールスフォース・ドットコムが主催する、世界最大級のプライベートイベント Dreamforce 2015 。Microsoft のサティア・ナデラ氏など、豪華なスピーカーで話題になりましたが、今回は、The Second Machine Age(第 2 の機械時代*)を出版して話題になった、アンドリュー・マカフィー氏(MIT スローンスクール、デジタルビジネス研究センター主任リサーチサイエンティスト)の講演を取り上げたいと思います。
*同著は、アンドリュー・マカフィー氏とエリック・ブリニョルフソン氏の共著。
人工知能の発達に伴い、「今後消える職業」として、2013 年にオックスフォード大学 マイケル・A・オズボーン准教授が発表した論文が話題になったことは記憶に新しいところです。The Second Machine Age(第 2 の機械時代)は米国では 2014 年 1 月に発行され、非常に話題になった著作で、邦訳版も今夏に出版されています。
簡単に言うと、テクノロジーの発達が、人間の役割を大きく変えています。第 1 の機械時代は、人間の作業量を大幅に軽減したり、肉体労働を肩代わりしたりするような進化を遂げたことです。第 2 の機械時代とは、ここに「知力」が加わることとなります。人工知能(AI)の発達により、知力を必要とする仕事も機械が肩代わりするようになるというものです。
将来的には、人工知能が人間の知能を凌駕し、定型業務をロボットが奪う社会になるといいます。それに伴い、勝者総取りの社会に変化し、今より人間の格差は広がるといいます。では、テクノロジーの進化は人間に不幸をもたらすものなのでしょうか。
講演の中で、マカフィー氏は、「人間が機械より優れている能力は何かを明らかにしたかった」と述べています。
ここで同氏は、「The New Division of Labor」という 10 年前の書物を例に挙げ、人間の優れた能力とは、パターン認識と複雑なコミュニケーション能力にあるという同著の見解を紹介しました。
「しかし本当にそうでしょうか。」とマカフィー氏は、問いかけます。例えば、パターン認識を必要とする日常のシーン。そこで彼は、完全自動運転の自動車で高速を走るという体験をしました。2 年前、ノーザンカルフォルニアのハイウェイを「ドライバーなし」で走る経験をしたのです。最初は、緊張しました。次に、今起こっていることに対して興味が湧くようになりました。どんなマッピングやセンシング技術を用いて、これを実現しているのだろうということが頭を過るようになりました。次第に、全くもって飽きてしまいました。運転は至極安全で、スピードも出さず、人間と違って挑発行為に及ぶようなドライバーもいない。乗りごごちはちょうど、空港にモノレールに乗っていくようなレベルだったからです。最後には「なぜ人々は自動運転を使わないのだ?」という思いに彼は至ったのでした。
またマカフィー氏は、数年前にも、人間の特性である、パターン認識と複雑なコミュニケーション能力を機械が代替した事例を紹介しました。アメリカの人気クイズ番組「ジェパディ!」で、スーパーコンピュータが人間に勝利したことです。初回の対戦では、スーパーコンピュータは惨敗でした。しかし毎月スーパーコンピュータは進化を遂げ、みるみる精度をあげていったのです。
このように、パターン認識と複雑なコミュニケーションが人間の特性であるとした認識は過去のものとなっています。では、我々人間が機械より優れている点はどこにあるのでしょうか?
そこでマカフィー氏は、ある問いを Dreamforce の観客に投げかけます。 「次の 3 つの資質について、どのくらい自信があるか、自己診断で教えてください。(100 点満点で自己採点)
そして、これらの平均が50%を超える能力があると思う人は、手をあげてください」
(結構な人数の人が手をあげ、マカフィー氏自身も手をあげながら)「これはあり得ないことです(笑)。私たちは本当に能力があるのですが、一方で自信過剰であったりもするものです。」
人間がより良い判断をするため、バイアスを避けるには、データ・ドリブンなプローチが大切、とマカフィー氏は述べます。マカフィー氏はこのようなアプローチをする人々を「Geeks」と呼びます。一方、「Geeks」とは正反対の人々を「HiPPOs (Highest Paid Person’s Opinion)」と名付けています。
ここでマカフィー氏は、HiPPOs の代表として、「ミリオンダラーノーズ」と呼ばれる、ワイン評論家を例にあげます。
「このワインは 91 年もの、このワインは 92 年もの」と彼が言えば、「では何が違うのか?」と質問をかえすと、「なぜならこちらの方が、すこしいいからだ」と回答するのです。これは典型的な HiPPOs のテクニックです。個人の知見に基づいて、主観的な判断を行うのです。
一方 Geeks ならば、ワインの出来を決める天候をもとに、つぎのような判断基準を提示します。
当時ワイン業界はこの提案を笑い飛ばしましたが、時がこの判断を正しいかったことを証明したのです。実はこの判断はとても素晴らしいものでした。こうした判断基準は、購入や投資の判断のもととなります。
一般に日常生活で我々は HiPPOs の意見を踏まえて、判断を行うことがありますが、それは翻って間違った判断をくだすことにもつながりかねないのです。
データ・ドリブンの判断のほうが良い結論を導くということになると、機械と比べ、人間が優れているところとはなんでしょうか。この設問に対して、マカフィー氏は次の 3 点をあげています。
講演の最後にマカフィー氏は、「未来について、楽観的か、もしくは悲観的かということについて、あなたの意見を教えてください」と投げかけました。
(観客の多くが「楽観的」に挙手する)
「データ・ドリブンに、Geeks 的に見て、私も圧倒的に未来を楽観的に捉えています。なぜならテクノロジーが可能にすることを私たちの能力とあわせれば、よりよい世界が開けるからです」と、マカフィー氏は述べて、人口が爆発的に増えているにもかかわらず、貧困に苦しむ人々の数が減っている相関図を明示しました。これは偶然ではなく、テクノロジーの賜物です。また、農業に関しても未だかつてないほど生産性があがってきているのが事実です。
マカフィー氏は最後に、次の言葉を紹介して講演を締めくくりました。
“Technology is a gift of God. After the gift of life it is perhaps the greatest of God's gifts. It is the mother of civilizations, of arts and of sciences.”
Freeman Dyson