みなさんはSESというカンファレンスをご存じだろうか。
元々は1999年に、Search Engine Strategiesという名称でスタートし、その名の通り、長年、検索エンジンマーケティングを中心的なテーマとして、ロンドンのほか、米国やアジアなど世界の主要都市で開催されてきたカンファレンスである。
ここ数年は、ソーシャルメディアやRTB広告の活用、ビッグデータ解析・コンテンツマーケティングといったテーマを扱うセッションが急速に増え、 「検索色」が薄まったこともあって、「略称」だったSESが正式名称となり、デジタルマーケティングに関する統合戦略を扱うカンファレンスへと発展的に成 長を遂げてきた。弊社では、毎年、SESロンドンの視察ツアーを企画し、媒体社・広告会社・ブランド、様々な立場の方々と一緒に参加を続けている。
SESの楽しみの一つは基調講演だ。
基調講演というと、集客のために「人寄せパンダ」よろしく、著名な企業から登壇者を招いて話をさせるというイベントも少なくない。これに対し、 SESでは、基調講演を通じて、毎回、カンファレンスの大きな流れを構成するメッセージが発信されるよう、一ひねりした人選やテーマ設定が行われるので、 基調講演を聴きながら、主催者の意図を探るのも、参加者の楽しみの一つとなっている。
今回のSESロンドンで基調講演に登壇したのは、フランスの電機メーカー、シュナイダー・エレクトリック社で、デジタルマーケティングを統括する Shawn Burns氏。『IoT(Internet of Things)が変えるビジネス』というテーマで、伝統的なメーカーであったシュナイダー・エレクトリック社が、IoTの進展をきっかけに、どのような変 革を迫られたのか、といった内容を中心に話が進められた。
講演の中で、特にBurns氏が強調したのが「製品からサービスへ」という流れだ。
ご存じの通り、IoTとは、さまざまな製品がインターネットで結ばれるようになることを意味する訳だが、特にマーケターは、そうした表層的な事象・変化よりも、IoTによって、「製品の使われ方」が劇的に変化することに目を向けるべきだ、とBurns氏は強調する。
特に日本人は、ともするとIoTによって、エアコンを屋外から遠隔操作したり、冷蔵庫の中身の情報が送られてきたり、といった個別製品の機能を磨き あげるという方向に走りがちだ。だが、IoT時代の本質は、「インターネットによって結ばれた様々な製品を便利に使いこなすためのサービス」という新たな 市場機会が生まれたことにある。その代表例がエネルギー管理の分野だろう。
たとえば、照明や空調機器を作るという役割は、長年、電機メーカーが担っており、それは今日でも変わりはない。だが、個々の機器がインターネットで 結ばれ、制御・モニタリングが可能になったことで、家庭や工場、あるいはオフィスビルでのエネルギー消費を最適化するサービスという新たな「市場」が生ま れた。
この結果、利用者の選択対象は、「製品」ではなく「サービス」に変わっていく。その「サービス」に組み込まれていない製品は、それが、どんなに秀 逸・高機能なものであったとしても、利用者に選択されるチャンスが狭まっていく。また、こうしたサービスの構築には、生産設備も配送インフラも必要ないの で、優秀なエンジニアを抱えるITベンチャー企業が、突如、伝統的なメーカーの強力なライバルとして出現する可能性もある。
Burns氏の講演は、単にメーカーの次世代戦略という話ではなく、SESロンドンに参加していたデジタルマーケターたちにも、様々な示唆を与えるものであった。たとえばマーケティングオートメーションを例に考えてみよう。
これまで、CRMや検索エンジン、メール、CMS、ウェブ解析といったサービスやシステムは、それぞれが基本的には独立したものとして、機能や使い勝手の向上を図りつつ、それぞれの領域で、ユーザーの獲得競争を繰り広げてきた。
だが、今日、こうしたサービスもインターネットによって結ばれることで、例えば、Cookieによる匿名データであったサイト来訪者の行動記録を、 CRM上の実名データと結びつけることも可能になった。さらにそれらがCMSとも連携することで、サイト上での行動・閲覧履歴や、CRMで管理されている 商談フェイズに関する情報から、ウェブサイトのコンテンツをリアルタイムに、かつワントゥワンでパーソナライズするといったことも実現できるようになっ た。
この結果、様々なサービスやデータを有機的に統合し、マーケティングオートメーションを一気通貫通で実現するためのプラットフォームを提供する会社 が登場する一方、こうしたプラットフォームに組み込まれていない個々のサービスやシステムは、今後、利用されづらくなることも考えられる。また、CRMや 検索エンジンといったサービスを提供していた会社が、企業買収などにより守備範囲を広げ、自ら統合的なサービスやプラットフォームの構築・提供に乗り出す といった動きも活発になっている。
一方、マーケターの側においても、こうした統合プラットフォームの導入により、個別施策単位での部分最適から、よりメディアニュートラル・デバイスニュートラルな全体最適へ、視点や戦略を転換することが求められるようになるだろう。
特に、リードナーチャリング・ネット広告・メールマーケティング・サイトの管理運用・ウェブ解析といった業務が、社内の複数の担当部署に分散してい る場合、組織の統合・再編や人員の再配置、目標やKPIの再定義を行わなければ、どんなに秀逸なプラットフォームを導入しても、マーケティングオートメー ションで成果を上げることは難しくなるだろう。
基調講演の中で、Burns氏が強調したもう一つのポイントは、IoTの進展によって、「製品の使われ方」に関する膨大なデータが利用可能になるという点だ。
ここでBurns氏は、最近、自ら購入した車で、クルーズコントロール機能の使い方が分かるまで、1ヶ月もかかったという体験談を例に、多機能化は、時に、最良のユーザーエクスペリエンス提供の妨げになることもあると語った。
だが、IoTの進展により、自動車メーカーは、利用者の操作データも収集できるようにもなっているはずだ。クルーズコントロールを探していると思わ れる利用者が、どのボタンやレバーを間違えて押しているのか、といったことも把握できる。そうなれば、ボタンやレバーの位置を変えたり、車内のモニタなど でタイムリーに案内メッセージを流したりすることもできるようになるだろう。
この基調講演のすぐ後に行われた「顧客データから意味のある示唆を得るための解析術」と題されたセッションでも、まさにこの点に着目したディスカッ ションが行われた。セッションには、英国でメディアサイトを運営する2人の担当者が登壇し、彼らが普段、どういう観点からデータを分析しているかが紹介さ れた。
例えば、ウェブ解析において、しばしば話題にされるセッション数や直帰率といった指標も、その増減だけを見ているのでは、大した示唆は得られないと警告する。
仮に、セッション数は減少しているが、直帰率も低下した結果、直帰せずに2ページ目以降に遷移した来訪者の実数は増えていることまで分かったとしよ う。この場合、来訪者の興味・関心に合致するコンテンツが提供できているという点で、まずまず良好なカスタマーエクスペリエンスが提供できている、と考え られる。となると、全体のセッション数減少については、さほど懸念する必要はない、という結論になる。
また、サイトに掲載している1つひとつのコンテンツについて、閲覧数や滞在時間を見るだけでなく、自然検索結果での表示回数や掲載順位、ソーシャル メディアによる共有数、さらに、各コンテンツの掲載ページに広告を掲載している場合には、そのCPMなどのデータも含めた評価の方法についても紹介され た。
これにより、来訪者のコンテンツに対する満足度を測るだけでなく、トラフィックの獲得やソーシャル空間でのプレゼンス向上、さらにはマネタイズとい う点でも、各コンテンツが、どのような貢献をしているかを比較・検証できる。こうしたデータは、コンテンツの編集方針や、コンテンツ作成に係る投資の優先 順位を決める上で、重要な情報となる。
大所高所からの戦略論だけではなく、すぐに持ち帰ることができる戦術的なノウハウも共有されるのは、Search Engine Strategies時代から続く、SESの伝統でもある。みなさんも、ぜひ、次回は、一緒に参加してみてはいかがだろうか。