2020年東京オリンピック招致の決め手ともなったとも言われる「お・も・て・な・し」という言葉。だが、日本人は、本当におもてなし上手なのだろうか。
日本で温泉旅館に行くと、美しい着物に身を包んだ女将が部屋までやってきて、三つ指をついて挨拶をするといった光景を目にすることがある。確かに、 こうした接客は、海外のホテルなどでは見られない「特異」な経験であり、初めて日本を訪れた外国人観光客を驚嘆させるには充分かもしれない。
だが、「おもてなし」を、「相手が求めるものを察して、必要なものを、求められるタイミングで提供すること」と考えると、こうした旅館での接客は、 一見「丁寧」には見えても、実際には、非常に画一的な対応で、一人ひとりのニーズに対応するという細やかなおもてなし、とは言えない。
海外の高級ホテルやリゾートに滞在したことのある方ならご存じだろうが、リピート顧客に対してチェックインの時から特別な対応をしてくれたり、メ ニューにない食事でも、客のリクエストに応じて食べたいものを用意してくれたり、といったサービスは珍しくない。一方、日本の温泉旅館では、みなニコニコ して愛想は良いのだが、たとえば「食後にはほうじ茶じゃなくてコーヒーが飲みたい」といった「企画外」のリクエストに対しては、高級旅館と言われるところ でも、なかなか対応してもらえないことが多いのが現実だろう。
ネットの世界を見ても、新規顧客から投資家・就活中の学生まで、誰が訪れても、同じコンテンツを見せ続ける企業サイト、利用者の殆どが外出先からモ バイル環境で利用しているにも関わらず、PCを中心に設計されたコンテンツをレスポンシブ対応するだけで済ませてしまっているスマートフォンサイト、こち らの興味・関心などお構いなしに、金融商品から健康食品まで、何でも売りつけようと連日メールを送りつけてくるメールマガジン、などなど、十把一絡げで、 画一的な対応しかできていない例は、枚挙にいとまが無い。
今から15年も前に出版された『Permission Marketing』という本の中で、セス・ゴーディンは、次のように書いている。
"Interactive technology means that marketers can inexpensively engage consumers in one-to-one relationships fueled by two-way conversations."(テクノロジーの進歩によって、マーケターは、安価なコストで、双方向の対話を重ね、消費者とワン・トゥ・ワンの関係を築 くことが可能になっている。)
そして、この15年の間、おそらく、ゴーディンが予測した以上のペースでテクノロジーは進化を遂げた。だが、残念ながら、私たちが手にした最新テク ノロジーの多くは、より良いカスタマーエクスペリエンスを提供することよりも、より安価に、そして手軽に「スパム」を粗製濫造するために使われてしまって いるように思えてならない。
実際、アドテクノロジーに関連する議論を聞いていると、「いかにして、ターゲットユーザに効率的にリーチできるのか」という、広告主側の都合ばかり が強調されており、そこには「高度にターゲティングされているのだから、これはスパムではない」という勝手な論理も見え隠れする。こうした認識のズレが、 ネットユーザの不満につながっている典型的な例がリターゲティング広告だろう。
リターゲティング広告とは、サイトに来訪履歴のある人たちを対象に配信される広告である。確かに、一度でも自社のサイトに来訪した人は、そうでない 人に比べれば、自社の商品やサービスに対して高い興味を持っていると考えられる。だから、こうした人たちを対象に広告を配信すれば、相対的に高い効果が期 待できるというのは理にかなっている。
だが、サイト来訪者にしてみれば、一度、サイトを見に行っただけで、そのサイトが自分に対して広告メッセージを送り続けることを許可した訳ではな い、という思いがある。しかも、多くのサイトでは、来訪者が閲覧した商品やコンテンツに応じて広告メッセージを変えることすらせず、下手をすると、既に商 品やサービスを購入した人にまで、リターゲティング広告を配信し続けているケースも少なくない。
たとえ、どんなに正確にターゲットユーザを特定できたとしても、広告メッセージ送るという行為は、他人の家に土足で上がり込むようなものだ、という 認識が無ければ、どんな最新技術も「スパム製造機」に成り下がってしまうということを、マーケターは改めて肝に銘じておく必要があるだろう。
今日、パーソナライズや、リコメンデーションに関する、様々なテクノロジーやプラットフォームが開発・提供されている。だが、この結果、たとえば、 営業部門はCRMツールで顧客やリードの管理をしているが、マーケティング部門ではメール管理ツールを使って情報発信をする一方、ウェブ解析ツールを使っ て来訪者動向を分析しているのは情報システム部門、といったことになっているケースも少なくない。
こうした場合、実際には同一顧客の情報や行動履歴であっても、それぞれが独立した別のデータとして把握・分析されることになる。これでは、どんなに 精緻な分析を行ったところで、最良のカスタマーエクスペリエンスの提供につなげることは難しい。そこで大切となるのは、テクノロジーの統合的な活用だ。
やや我田引水となることをお断りした上で、以下、筆者が最近、自社サイトの構築にあたって導入を決めたサイトコア社のテクノロジーを例に、話を進めてみたい。
同社のプラットフォームは、もともと、CMSとして開発・提供されたものであるが、動的にウェブのコンテンツを生成できるというCMSの特性を活か し、来訪者の属性や閲覧行動などの履歴をもとに、ウェブのコンテンツをパーソナライズして表示するというマーケティングオートメーション機能を実装したこ とで注目を浴びている。
たとえば、法人向け・企業向け、双方のコンテンツが掲載されているウェブサイトの場合、来訪者が、どちらの情報に興味・関心を持って来訪したのかが 分かれば、それに合わせてコンテンツを出し分けることができる。そうすることで、来訪者の満足度は高まり、その結果、購入や申し込み、問い合わせなど、期 待したアクションにつながる確率が高まることも期待できよう。
また、このプラットフォームは、単体で利用するよりも、SalesforceなどのCRMシステムと連携することで、更に大きな力を発揮することができる。
たとえば、これから情報収集を始める新規来訪者であれば、商品やサービスについて、基本的な情報を幅広く提供することが有効と考えられる。一方で、 過去に資料請求を行っている来訪者であれば、既に、商品やサービスに関する情報は持っていると考えられるので、新規来訪者と同じ情報を見せても効果は薄い だろう。
こうした来訪者に対しては、他社との差別化ポイントや、導入のメリットなどを具体的にアピールするような情報・コンテンツを見せることができれば、次の商談フェイズに進むよう促すことも可能になる。
そこで重要となるのが、CRMシステムとの連携だ。たとえば、過去の資料請求時に取得した来訪者のクッキー情報と、CRMでの顧客ID情報が統合で きていれば、次にこのユーザが来訪した時には、「過去に資料請求した見込客」であることが特定できるので、パーソナライズされたコンテンツを見せることが 可能となる。更に、メールマガジンのテーマやコンテンツも、CRM上のステータスやサイト上での閲覧履歴などに基づいて、1件ずつパーソナライズすること も可能だ。
また、こうしたプラットフォームの登場はウェブサイトの設計のあり方も大きく変えつつある。
これまで、ウェブサイトのデザインといえば、ワイヤーフレームを使って、静的に作られたページの構成案を考えるというやり方が主流であった。だが、 ウェブサイト上で、パーソナライズされたおもてなしを実現するためには、ウェブの閲覧行動やCRM上のステータス、流入経路といった情報をもとに細かく条 件を設定し、コンテンツを出し分けるためのルールや戦略の設計するプロセスが不可欠となる。
つまり、これからのウェブサイトは、よりツールやアプリに近い存在となり、そうなると、今後は、ウェブサイトの設計図も、「ワイヤフレーム」ではなく、「ロジックツリー」を使って書かれることが当たり前になっていくだろう。