前回では、企業全体のマーケティングとそれをまとめるCMOの重要性について説明してきました。今回は、昨今のマーケティングに不可欠とも言えるIT、あるいはデジタルという領域について、企業が抱える課題を考えます。
マーケティングが変化しているように、企業を取り巻くIT活用にも大きな変化が訪れています。それは、マーケティングなどのユーザー部門によるIT活用の潮流です。ユーザー部門とはITを利用する側の部門ということです。
これまでの企業ITは、情報システム部などのいわゆるIT部門を中心に、設計・管理されてきました。しかし、インターネットが普及し、クラウドのような導入ハードルの低い製品が登場したことで、IT部門に頼らなくてもシステムやツールを導入できるようになったのです。
この恩恵を最も享受しているのが、ユーザー部門やローカル(地方や海外支社など)の組織です。これらの組織は、これまでIT部門が用意する基幹システムの 中でITを使う立場でした。しかし最近では、顧客に対する価値創造のために、自分たちが主導してITを活用しようという流れが生まれています。
企業のITには、バックエンドとフロントエンドがあります。バックエンドITは、従来の基幹システムに代表されるもので、企業の業務効率化やコスト 削減が主な目的でした。一方のフロントエンドITとは、顧客との接点を持つユーザー部門が、顧客への価値創造のために利用する「顧客志向のIT活用」のこ とです。素早く簡単に導入できるフロントエンドITの多くはクラウド型で提供され、導入のしやすさから急速な広がりを見せています。
例えば、皆さんが日常的に利用するモバイルのアプリは、「顧客志向のIT」の例になります。航空会社が提供するアプリでは、チェックインをしたり、自分の乗るフライトの遅延状況を知らせてくれる等、利用者が気軽に利用できます。
決して複雑なことをしているわけではありません。しかし、この簡単なITの活用が、顧客にとって大きな価値を生んでいます。航空会社にもよりますが、こう いうアプリは、IT部門ではなく、Web、モバイルアプリ、SNSを積極的に利用するデジタルマーケティングを担当する部門が設計することが多いようで す。しかもクラウドを利用して、アジャイル開発手法を用いているので、非常に短い時間で、そのアプリを提供することができています。もちろん、顧客の利用 状況を分析することで、日常的にその構成や内容を改良しています。
企業はこれまでのように製品の差別化だけを考えるのではなく、顧客にとってどんな価値を提供できるのかを考えるべきです。カスタマーエクスペリエン スやカスタマーバリューをどうやったら高められるのか―。その答えの1つがITの活用であり、その主体こそがより顧客と近いポジションにいるユーザー部門 なのです。
企業のIT活用は、社内の業務効率化やコスト削減から顧客の価値創造へとシフトしています。この流れに呼応するように、テクノロジー活用のパラダイムシフトが起こっています。
クラウド、ビッグデータ、モバイル、アジャイル開発といったテクノロジーの急速な発展によって、フロントエンドのIT活用が進んでいます。特に市場志向性 の高いビッグデータなどは、ユーザー部門やローカル組織の主導で活用が進んでいます。企業の競争力強化のためには、これらの技術に素早く対応して活用しな ければならないのですが、IT部門にはそれが難しいのです。なぜなら、従来のIT部門のテーマは「どうやって社内システムを設計・整理するか」であり、顧 客の存在は意識してこなかったからです。これは、IT部門にとっての顧客は、社内のユーザー部門だったということも理由でしょう。
IT活用の主役がIT部門からユーザー部門へと移ってきている中、米国ではCIOやIT部門の発言力が相対的に低下している傾向があり、日本でも同様の流れが生まれつつあります。
従来の企業ITは、情報システムから見た業務の統合や最適化が焦点でした。その後、システムをどう活用するかに変わり、現在では顧客のためのサービスやシ ステム設計が論点となっています。そしてそれぞれの責任者も、CIOではなくCMO やCDO(最高データ責任者、最高デジタル責任者)へ、というのが1つの流れになっています。個人的には、少しブームになりかけているCDOが今後、普及 するのか、どのような位置づけになるのかについて注目しています。CMOとの関係がどうなるのかも不明です。業種によってはデジタルを中心とした顧客価値 提供はCMOではなくCDOが担うことになるかもしれません。ただ、いずれにせよ、企業ITに求められる価値や役割がシフトしていることは変わりようがな いようです。
テクノロジー活用のパラダイムシフト。企業ITに求められる価値や役割は、ビジネス価値の創造へと大きく変化し、フロントエンドITの利活用が進んでいる
企業におけるITの位置付けが変わるにつれて、それに合わせたガバナンスも必要になります。しかし、実際は社内のデータをどう使うかでCIOと CMOがせめぎ合うなど、組織的な問題が生じています。さらに言えば、CIOとCMOが議論するならまだ健全で、多くの企業ではフロントエンドITとバッ クエンドITが真っ二つに分断され、連携や調整がなされていない状況が見られます。同じクラウド製品を他部門がそれぞれ別に契約して使用していたり、重複 したデータを取っていたり、データの連係がうまくいっていないことで商機を逃したりしている状況があるのではないでしょうか。
バックエンドITとフロントエンドITが分かれていることで見られる課題領域は、下図で示す4つです。
このようにITにおける4つの課題領域を明らかにしてみると、マーケティングにおける課題ととてもよく似ていることがわかります。前回までに述べ た、マーケティングが部門や地域によってバラバラに行われていることや、全社的視野に立てずに一貫性のあるマーケティングが実施されていないことなどを思 い出してください。つまり、ユーザー部門もIT部門も課題の構造は同じなのです。
次回は、これら4つの課題に対する解決策を示すことで、ITとマーケティングが協働するためのヒントを提示したいと思います。