ものづくり日本の技能継承、人材育成のカギ

技能継承の「2012年問題」とは

年間出生数が250万人を超える1947年から1949年にかけて産まれた“第一次ベビーブーム”の世代、作家の堺屋太一氏が“団塊の世代”と名付けたこの世代の人々は、労働者として、あるいは消費者として戦後の高度成長期を支えてきました。

この団塊世代の定年を間際に控えたタイミングで、話題となったキーワードが「2007年問題」です。これは団塊世代が持つ技能・技術を若い世代に伝 えて人材育成を行わなければ、その後の事業運営に大きな影響が生じかねないことを指した言葉です。ただ、その対策として多くの企業が選んだのは、定年とな る年齢の60歳から65歳への引き上げ、あるいは退職者の再雇用といった「問題の先送り」でした。その結果、彼らが65歳となった際には「2012年問 題」として、より切実な課題としてクローズアップされたのです。

技能継承が進まなければ、たとえばものづくりを行う製造業では従来と同様の品質を確保することが困難になるなど、企業の競争力に直接影響することに なりかねません。とりわけ、日本企業の大多数を占める中小企業においてその影響は深刻です。中小企業庁が公表した「技能・技術継承に関するアンケート調 査」では、従業員300名以下の中小企業において32.3%が「ベテラン中心」の構成、つまり高年齢層が若年層より人数が多い逆ピラミッド型の構成である と回答しています(「平成24年版中小企業白書」)。さらに、そうした「ベテラン中心」の中小企業では、「技術・技能承継がうまくいっている」との回答が 20%未満と低く、若手人材不足とあいまって技能継承が大きな課題となっていることが浮き彫りになっています。

地域をあげて技能継承・人材育成に取り組む小千谷市

特に、日本のものづくりの基盤技術を支えてきた産業集積地域で、この問題に大きな危機感を抱いているところが少なくありません。技能を持つ働き手が 減少すれば、地域の産業が大きなダメージを被るためです。そこで地域ぐるみで人材育成に乗り出し、ベテランから若手への技能継承を目指すケースがありま す。たとえば金属加工業が盛んな新潟県にある小千谷市では、若手社員への技能継承を目的とした教育機関である「テクノ小千谷名匠塾」を立ち上げました。

きっかけとなったのは2004年の新潟県中越大震災でした。小千谷市もこの地震で被災し、地域の企業の多くが震災復旧で財政面にダメージを受けま す。また団塊世代の大量退職を迎えつつあり、熟練技能者の減少による各企業の技術力の低下も問題となっていました。そこで小千谷鉄鋼電子協同組合の理事長 が、若手社員への技能継承・人材育成を目的としてテクノ小千谷名匠塾を設立、現在も小千谷市や地元の商工会議所の支援を得て運営が続けられています。

技能を継承するためには、新たな働き手を確保した上で、地道に技術やノウハウを教え込むしかありません。ただ、そこには当然人材コストが発生するた め、中小製造業にとっては大きな負担となります。しかしテクノ小千谷名匠塾のような機関があれば、各々の企業の財政を圧迫することなく技能者を増やすこと が可能になり、地場産業の競争力を維持することができるでしょう。

技能継承にITを活用する化学メーカー

企業として技能の伝承に取り組んでいる事例もあります。その具体例の1つとして挙げられるのが、株式会社カネカの取り組みです。同社は化学メーカー として化成品や機能性樹脂、発泡樹脂、食品などさまざまな原料を製造しています。設備の高経年化に加えて設備管理に携わるエンジニアの高齢化が進んでいる こと、また、長期ビジョン達成に向けたグローバル展開に対応するため、若手保全マンの教育、人材育成を課題として抱えていました。

そこで同社では、MES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)と呼ばれるシステムを用いた、技術と技能、ノウハウの伝承を目的とした取り組みなどが進められています。実際に同社の鹿 島工場では、MESによる製造業務革新を実現するために、若手や中堅の活躍の場を提供し成長機会とするという考え方を盛り込んだデータベース連携システム を構築しました。このシステムにより、製造機械の運転時に体験したヒヤリハット事例の参照や、作業前に実施する危険予知トレーニングなどが可能になってい ます。

ITを活用してベテランの営業ノウハウを若手に伝授

技能継承において、大きな役割を果たすのが業務の自動化やマニュアル化です。経済産業省の調査によれば、「技術・技能継承がうまくいっている理由」 について、大企業の59.7%、中小企業の44.7%が「自動化・マニュアル化の進展に伴う技能継承の容易化」を挙げました。たとえばベテランの従業員が 持つ知識やノウハウを機械やITを利用して自動化する、あるいは誰でも習得できるようにマニュアル化すれば、技能の継承や人材育成において大きな効果があ ります。

ただ、技能によっては自動化やマニュアル化が困難なケースもあるでしょう。特に汎用化しづらい知識やノウハウは、誰にでも分かる形で伝えるのは困難 です。こうした技能を継承するためには、OJTなどによる継承に頼らざるを得ません。そこで重要となるのが、技能を持つ人と継承する人のコミュニケーショ ンです。

技能継承を巡るコミュニケーションに課題を感じていたのが、大創株式会社です。同社は大阪府大東市に本社を構え、さまざまな製品のパッケージを作る 際に使われる「抜き型」の製造、販売を事業の主軸に据えています。ただパッケージなどの包装資材は、企業にとってコスト削減の対象になりやすく、また紙 器・段ボール市場は不況の長期化により縮小を続けています。これに伴い、関連業界ではシェア争いが激化し、同社を含む抜型メーカー各社は過当競争に陥って いました。

このような状況で競合に打ち勝つためには、お客様のご要望を聞き出し、それに対して最適な提案ができる人材の育成が必要であると考えた同社は、ベテ ラン社員のノウハウを若手社員と共有できる環境の構築に取り組みます。営業ノウハウの共有によって若手社員の営業スキルを向上させることが重要だと判断し たのです。

そしてクラウド型の社内SNSを導入します。営業支援システムに組み込まれたSalesforce Chatterです。これに最初に反応したのは50~60歳台のベテラン社員で、さまざまな話題を積極的に書き込み始めました。また同社の代表取締役社長 も自ら、社内SNS上で社員ひとりずつに呼び掛けるなど周囲を巻き込みます。こうした取り組みによって社内SNSは浸透し、従業員間のコミュニケーション を深めることに成功しました。人材育成と相まって、営業活動の進捗も可視化され、売り上げも飛躍的に伸びました。

大創

導入事例:大創(セールスフォース・ドットコム)

世代を超えてノウハウを共有し、未来につなぐ

同様に、熟練社員と若手の間にある断絶をITの積極活用で解消したのがニッカル商工株式会社です。アルミニウムの卸売業として長い歴史を誇る同社は 好景気によるアルミ価格の高騰もあり、順調にビジネスを進めていましたが、内実としては先行きの不透明な状況に陥っていました。団塊世代の退職、 “2012年問題”に備え、若手の採用は進めていたものの、従来のアナログ管理では顧客の引き継ぎがスムーズにはいかないことは明白だったのです。

そこでSalesforceを導入し、顧客管理を始めました。当初は新しいツールということに躊躇もありましたが、トップダウンで利用を呼び掛ける うちに徐々に広まり、営業マン個人の経験と感覚にゆだねていた営業活動をデータに基づいて行うようにするなど、大きな成果が生まれました。顧客リストをす べてシステムに入れ、営業マンの知識やノウハウを共有したことで、以前おつき合いのあったお客様の掘り起こしがしやすくなり、また取りこぼしが減り、顧客 引き継ぎの課題を解決しました。

ニッカル商工

導入事例:ニッカル商工(セールスフォース・ドットコム)

技能継承や世代を超えたノウハウの共有は事業継続の意味で大きな課題です。また、技能やノウハウを持つ熟練社員が退職するまでというタイムリミット を考えると、多くの企業にとって技能継承は、早急に対処しなければならない課題です。特にベテラン中心であることが多いものづくりに携わる中小企業では、 技能継承は今すぐ取り組まなければいけません。人材育成にもつながるコミュニケーションやノウハウの仕組み化としてITを活用してみてはいかがでしょう か。

参考:

  • 団塊世代をめぐる「2012年問題」は発生するか?(総務省政策統括官(統計基準担当)付 統計企画管理官 千野雅人)
  • 「2012年版中小企業白書」(中小企業庁)第3部第1章第2節
  • 地域の底力! 熟練技能者から後継者へ! 狙いは技術レベルを高水準のまま維持すること ~テクノ小千谷名匠塾~(製造現場ドットコム)
  • 「2012年版ものづくり白書」(ものづくり基盤技術振興基本法第8条に基づく年次報告)(経済産業省・厚生労働省・文部科学省)
  • カネカの生産・技術系人材教育と技術伝承の取り組みについて(株式会社カネカ)