本連載の第二回で は、企業におけるCMOという役割の必要性について説明しました。これまで以上にマーケティングが重要視される中、その要としてCMOの役割や能力に期待 する動きは、欧米企業をはじめとして世界的な流れとなっています。私は、特に日本において、CMO不在による負のインパクトがより大きいと感じています。 多くの日本企業で、マーケティングにマネジメントやガバナンスの観点が欠けていることがその理由です。これは、企業が持つ次の5つの構造的問題が原因と言 えるでしょう。
この5つの背景には、日本企業がマーケティングを軽視してきたこと、あるいは第二回で述べたマーケット・オリエンテッド(顧客志向)の意識が組織と して欠けていることが挙げられます。つまり個別にはマーケティングをやっているつもりでも、組織としてマーケティングを行うということにつながらないわけ です。そしてこれらの問題が絡み合って、主体性のないマーケティングを助長しているのです。
担当する製品のみにフォーカスして個別にマーケティング活動している担当者が、この課題に必死に取り組んだとしても解決は難しいでしょう。マーケティングの変革はトップダウンで進める必要があり、そのけん引役となるのがCMOなのです。
企業におけるマーケティングの課題を認識し、いざCMOを導入しようとしたときには、多くの場合いくつかの課題が明らかになるでしょう。1つは CMOの人材の不足です(これは先行している米国も同じ課題を抱えています)。もう1つは、CMOが多くの権限を持つことに抵抗意識のあるCEOや社員が 少なからずいることです。これらの課題を解決するために、外国人経営者を招へいして改革を断行した企業もありますが、うまくいかないことも少なくありませ ん。強烈な個性を持ったCMOが大ナタを振るうという劇薬は、かえって強い反発を生み出す場合もあります。合理性だけでは、日本企業の変革は難しいので す。
そこでCMO採用に対する解決の糸口になるのが、CMOの役割を「機能」と捉えて、チームとして実現するアプローチです。これはCMOという概念が 日本企業に浸透し、人材が育つまでの前段階として効果的な手段だと考えています。このCMO機能は、「CMOオフィス」とでも呼べる組織で、例えば以下の 3つが考えられます。どれが適当かは、その企業が置かれている状況や、マーケティングにおいて重視する内容によって異なります。また以下の複数をCMOの 下に置くことも考えられます。
このようなチームで取り組むCMOオフィスというアプローチは、先述した人材不足や日本人の特徴、気質の面から見ても、日本企業との相性が良いので はないでしょうか。実は先行している米国でも、CMOの責任範囲が大きくなってきているため、CMOの権限は大きいものの、自分の配下に有能なチームを作 ることについての必要性が意識されはじめています。
CMOオフィスの設置によってマーケティングの方針が定まったら、それを企業全体へと浸透させて組織的なマーケティングに取り組む必要があります。次にやるべきことは、マーケティングの標準化や仕組み化です。
標準とは、「何を重視してものごとを考えるか」といった、ある種の手順やフォーマットです。これは、現場のマーケターにとって、自身が抱えるマーケティン グの課題に取り組む上での一種の指針となるものです。製品を作る際のプロセスや、ソーシャルメディアの対応ガイドラインもその1つです。あるいはマーケ ティングに関する重要な用語や概念を統一することも含まれるでしょう。
それに対して仕組みとは、標準化されたマーケティングを効果的かつ効率的に実現し機能させ、組織としてマーケティングを実現する枠組みです。狭い意味では 標準化されたものも仕組みと言っていいかもしれませんが、仕組みは現実の組織の活動にマッピングされたものと考えます。それによって「何を」「どのチーム の誰が」担当するかといった流れができます。これは複雑化した今日のマーケティングでは、ITの力なしには実現できません。少なくともさまざまなマーケ ティングに関する情報や知識共有、教育には仕組みが必要です。
グローバルでマーケティングを行う上でも仕組みは重要です。マーケティングをグローバルで統一し、製品提供の価値観に一貫性を持たせるために、共通するリ ソースを持ちます。そして全体で共通化する部分と、地域の特性に合わせて現場で判断する部分とを明確に分けます。どの組織で何を意思決定し、どういうやり 方でそれを共有し、どこが何を実施し、その結果をどのようにモニタリングし、修正し、共有するのかといったことは、ある程度仕組みを作っていないと、各国 のマーケターは混乱してしまいます。
このような共通基盤があることで、全社で統一された組織的マーケティングが可能になります。また、各マーケティング施策を共通の指標で測ることができた り、担当者の入れ替わりがあっても、一貫性のあるマーケティング施策を実施できたりするといった効果もあります。標準化や仕組み化はマーケティングのマネ ジメントやガバナンスの要となるのです。
これまで組織的マーケティングを実践するための方法を説明してきましたが、最新の取り組みで注目しているのがR&D(Research and development)マーケティングです。
今日、製品開発や技術研究をしているR&D部門は、実はマーケティングの意識がないと機能しなくなりつつあります。自動車の設計を担当する技術者 であっても、製品が顧客に届けられ、実際に使われ、さらにその使用感を誰かに伝えるところまで意識すべきです。研究開発のフェーズから顧客の声を拾ってデ ザインに活かすことも、マーケティングの役割なのです。ここ数年日本でも流行で、多くの企業のR&Dが取り組みはじめたデザイン思考の根幹には、 マーケティングがあると言えます。
それ以外に、最近ではR&Dチームをより市場や利用者に近いところに配置しようとする動きも見られます。ある大手電機メーカーは、シンガポールに R&Dチームを置いています。この企業はBtoBのインフラ開発に注力しており、アジア市場の成長に期待しています。そこで、市場のもっとも近い 場所にR&Dチームを置くことで、技術者が市場を理解しニーズをつかみ取れるようにしているわけです。
R&Dあるいはテクノロジーとマーケティングは、これまで企業内のバリューチェーンにおいても両極にある存在でした。まず開発チームは製品の種と なる技術を開発し、その間にいろいろあって、最後にマーケティングができた製品を宣伝するというように、両者間にコミュニケーションは存在していませんで した。しかし、いまやそのような分業体制では、企業は機能しなくなりつつあります。この両者をどのように融合するのかは極めて重要な課題だと思っていま す。
ものづくりが強い日本の企業は、ものづくり発のマーケティングとして、R&Dマーケティングのアプローチを検討してみるのもいいでしょう。
標準化や仕組み化など、組織的なマーケティングをどう実現するかは、各社とも模索中で、定石はまだ存在しません。しかし、仕組み化にITが不可欠な のはどの企業でも共通していることです。マーケティングにおいてCRMシステムはその一例であり、ビッグデータを使った市場や顧客の分析は、まさにITを 使ったマーケティングそのものだと言えます。デジタル領域での広告や宣伝、顧客の購買行動が増え、顧客情報のデジタル化は進む一方です。マーケティングに 関するデジタル情報が増えている点も、ITが不可欠な理由の1つです。
次章では、「企業が生き残るための必須要素」としての「IT」について掘り下げ、マーケティングとITの協働へ向けた、企業が抱える構造的課題解決のための糸口を探ります。