第一回で は、グローバル市場で躍進する韓国や中国企業と、低迷する日本企業とを対比させ、日本企業が抱える課題解決のカギは企業経営に貢献する組織的なマーケティ ングであると指摘しました。これは、マーケティングが事業部に付随する補助機能ではなく、企業にとってより高いプライオリティを持ち始めたということで す。
多くの企業において、マーケティング部門やその部門長は、企画、開発、営業、販売といった他の事業部やビジネスプロセスと並列に位置づけられ、現実 には広告や一部の調査等のような領域に役割が限られています。マーケティングが企業戦略と結びつくためには、このように事業部に付随する体制で他部門のス タッフを取りまとめていくことは難しいでしょう。各部門がそれぞれに製品を売るためだけのマーケティングを細分化させて行っていては、企業としての一貫し た価値を顧客に届けることはできません。さらには製品戦略が企業戦略とはかけ離れたところに向かっていたという事態も起こり得るのです。
そこで必要とされるのが「CMO」(最高マーケティング責任者)という役割です。各事業部を横串で見て、俯瞰的に戦略を立てるこのCMOという役職 は、CEO(最高経営責任者)をサポートする立場であると同時に、マーケティング全体に対して責任を負います。マーケティングを企業活動の一機能や要素で はなく、企業活動の基盤として組み立て、運営する点が、マーケティング部門長との違いであり、これからの企業に不可欠な存在だとされるゆえんでもありま す。
実は、CMOの具体的な役割については明確に定義されていません。CEOやCIO(最高情報責任者)、CFO(最高財務責任者)などとは異なり、企 業の数だけCMOの役割やあるべき姿が存在するとも言われています。その理由は、そもそもCMOが責任を持つマーケティングの意味が企業ごとに異なること にあります。つまり、各企業が「自社にとってのマーケティングとは何か」を明確にすることが、CMOのあるべき姿を考える第一歩になるでしょう。
マーケティング先進国である米国では、トップクラスの企業のほとんどにCMOやそれに相当するポジションの役員がいます。米フォーチュン500企業 なら62%、米国全体でも40~50%の企業がCMOをアサインしています。これは韓国や中国の大手企業では近づいてきていると聞きます。しかし日本で は、せいぜい10%くらいではないかと見ています。つまりこれは、明らかに日本企業がマーケティングで後れを取っているということを示唆しています。
では、日本企業がCMOを設置してマーケティングに取り組もうとする時、何をすべきでしょうか。参考となるのは、かつて米国P&G(プロク ター・アンド・ギャンブル)でCMOを7年間務めたジム・ステンゲル氏が、2012年11月に日本マーケティング協会のセミナーの基調講演で語った言葉で す。世界で最も尊敬されているマーケティング責任者の1人として知られるステンゲル氏は、マーケティングを機能性から情緒的価値を訴求するものへと変え、 パンパースを100億ドルブランドへと成長させた実績をはじめとして、同社でさまざまな功績を残しています。彼は講演の中で、CMOが効果的な施策を実現 するために取り組むべきポイントを5つ紹介しています。
このポイントは、あくまでもCMOの1つの形を示したに過ぎません。しかし、自社のCMO像を考える際に、大いに参考になるはずです。個々のマーケ ティング戦術よりも、全社的なマーケティング戦略の重要性を説いているようにも見えます。そして、これらの明確化された役割を経営層と共有することが重要 となります。
顧客は、世界で何が起こっているのかインターネットを通して瞬時に知ることができます。今や顧客は情報強者となり、企業のマーケティングの不一致ま でも見抜いてしまう状況になりました。このような背景から「自社が何者であるか」、つまり顧客から見た企業の一貫性をデザインすることの重要性と、その役 割を担う、CMOの存在の必要性に注目が集まっているのです。
では、CMOの役割が組織に欠けるとどうなってしまうのか―。例えば各部門や各製品でばらばらのマーケティングを展開してしまうと、企業のアイデン ティティーが何かということを見失ってしまうかもしれません。その結果、競合との差別化が難しくなり、顧客には機能と価格面だけで比較され、他社製品でも 良いと判断されてしまう状況になってしまいます。もちろん売り上げやシェアは大切ですが、小手先だけのマーケティングが通用しない世の中になりつつあるこ とを理解すべきでしょう。
また、組織構造上の壁という問題もあります。例えば、グローバル展開する日本企業において、本社が中心となってマーケティング施策を統制できているケース はまれです。本来であれば、グローバル担当の傘下に日本担当が入るべきですが、日本担当とグローバル担当が並列に置かれ、本社は国内市場だけを見ているこ とが多くあります。結果的に国内と海外のマーケティングがかい離してしまうのです。
現在、日本企業の多くが、同じような問題をはらんでいます。CMOというポジションを設けたところで、組織の壁が存在したままでは効果的に機能せず、本来の真価を発揮できません。つまり、マーケティングのガバナンスやマネジメントの必要性は確実に増してきているのです。
マーケティングやCMOの重要性を理解できたとしても、日本企業が取り入れるにはまだ壁があります。その1つが「マーケティングはコストである」という意識です。
日本では、マーケティングを「できるだけ安く広告を出し、できるだけ無駄をなくして効果を上げるべきもの」と捉えている節があります。この認識は間 違いではありませんが、それが全てではありませんし、それが本当に企業の競争力に結びついているかというと、うまくいっていない企業がほとんどではないで しょうか。
この状況を打開するには、まず経営トップの意識が変わることが求められます。早急にトップダウンの改革が求められるのは間違いありません。これまで 改革の必要性に気づきつつも目をつぶってきたことが、韓国や中国といった新興国の台頭を許す結果を招いたと言えます。この変化は、単なる経営陣の意思では なく、顧客中心(マーケット・オリエンテッド)にものを考えるという市場のニーズであり、グローバルの潮流でもあると理解して、企業全体で取り組まなけれ ばなりません。
次章では、日本企業が抱える組織的な、あるいはガバナンスの課題に対する1つの解決策を示そうと思います。