長い間、広告を出すということは、「広告枠」、つまり広告を出すスペースを買うということを意味していた。もちろん、今日でも、テレビや新聞・雑誌などのオフライン広告はもとより、オンライン広告においても「広告枠」を買うという形は存在している。
今も昔も、広告主としては、当然のことながら、できるだけ、自社の製品やサービスに興味を持ってくれそうな人に広告を見て欲しいと考える。そこで、ターゲットになりそうな人たちが見そうなテレビ番組や、新聞・雑誌などを選んで、広告枠を買おうとする。
だが、どんなに出稿するメディアを厳選しても、広告枠を買うための費用には、ターゲットではない人たちに広告を出すためのコストも含まれてしまう。
たとえば、子供たちと一緒にリビングルームでテレビ番組を見ているお父さん達は、明らかに奥様層をターゲットとしていると思われるシャンプーや洗剤 の広告もたくさん見ることになる。お父さんがリビングルームに残していった日経新聞のテレビ欄を見ている奥様方は、IT企業の展示会の広告には目もくれな いだろう。
そこで、デジタルの世界では、オフライン広告ではなかなか解決が難しかった、この広告の「ムダ打ち」という問題を解決するため、「広告枠」を買うの ではなく、ネット上での行動・閲覧履歴に関するデータなどから、顧客になりそうな人たちを洗い出し、ピンポイントで広告を出すための手法が開発・提供され てきた。
その端緒となったのが、2002年に日本に上陸した検索連動型広告だ。
検索連動型広告は、リスティング広告などとも呼ばれているが、簡単に言うと、ヤフーやグーグルなどの検索結果の上部に、検索結果と同じ形で、広告主のサイトや商品・サービスに関する説明や、サイトへのリンクが表示されるという広告である。
検索連動型広告というと、グーグルのアドワーズ広告を思い浮かべる人も多いだろうが、実は、この広告モデルは、1998年、ロサンゼルス郊外で産声を上げたベンチャー企業GoTo.com(後のオーバーチュア)によって産み出されたものである。
検索連動型広告の登場で、化粧品メーカーやドラッグストアは「ファンデーション」や「シャンプー」を探している人だけ、自動車メーカーやディーラーは「ステーションワゴン」や「中古車」を探している人だけを狙って広告を出すことが可能になった。
つまり、検索ユーザーが入力するキーワードが、消費者のニーズや目的を特定する重要な手がかりとなったことで、広告主は、「ムダ打ち」となるリスク を冒して広告枠を買う代わりに、自社の商品やサービスに興味を持つ可能性が高いと思われる人だけを特定して、広告を出すことが可能になったのである。
筆者は当時、オーバーチュアの創業メンバーとして、日本に検索連動型広告を広めようと奔走した一人であるが、当時を振り返ると、この「枠から人へ」という考え方が最初からすんなりと受け入れられた訳ではなかった。
実際、ある大手の広告代理店からは、検索連動型広告に表示される上位の検索結果を「広告枠」として買い取り、広告主に販売したいといった申出を受けた。それが、検索連動型広告という仕組みにはなじまない、ということを理解してもらうのに苦労した思い出がある。
ともあれ、その後、検索連動型広告に対する認知と理解は急速に進み、大小様々な広告主に広く浸透していくことになるのは周知の通りであるが、その一方で、検索連動型広告の限界を口にする広告主も徐々に増えていった。
検索ユーザーが入力するキーワードから、ターゲットを特定できるという点が、検索連動型広告の最大の強みである点は、今日においても変わることはな い。その一方で、検索窓に打ち込まれるキーワードは、検索ユーザー自身が買いたい、あるいは情報が欲しいと思っていること、つまり、「顕在化」したニーズ を表す言葉だけなのである。
たとえば、オーストラリアのビーチリゾートで休暇を過ごそうと思っている人は、同じオーストラリアであっても、山岳リゾートについてはあまり検索し ないだろう。従って、山岳リゾートでホテルを運営する企業としては、もっとオーストラリアの山岳リゾートについて検索をする人が増えてくれないと、検索連 動型広告だけで来客数を増やすことは難しい。
だが、もし、休暇中の訪問先としてオーストラリアを検討している人たちを特定し、そうした人たちをターゲットに、山岳リゾートの良さをアピールした広告を配信することができるとしたら、ビジネスの可能性は広がるはずだ。
こうした広告は、ネット上での行動・閲覧履歴に関するデータなどから、顧客になりそうな人たちを洗い出して広告を配信するという特徴から、「行動 ターゲティング広告」などと呼ばれている。また、最近は、広告の配信を支える仕組みから「RTB(Real Time Bidding)広告」とか、高度にプログラム化された広告の買い付け手法という意味で、「プログラマティック・バイイング」などと呼ばれることも多い。
RTB広告において取引されるのは、ネット上で行動する一人ひとりのユーザーに対する「広告の掲載機会(=インプレッション)」である。たとえ同じ サイトを閲覧していても、化粧品メーカーなら、ファッションに興味のある20~30代の女性には広告を出したいが、高級乗用車を買いたいと思っている50 代の男性には広告を出しても意味が無い、と考えるだろう。
そこで、広告を掲載するサイトでは、広告の掲載枠を売る代わりに、来訪者一人ひとりに対する「広告の掲載機会」をセリにかける。具体的には、 「ファッションに興味のある20代の女性が来訪したが、広告を出したいか?」という問いかけでセリはスタートし、広告主による入札の結果、最も高い価格を つけた広告主が、この女性に対して広告を配信する権利を手にする、という具合だ。
但し、この入札にあまり時間がかかってしまうと、サイト全体の表示速度に影響を与えてしまうので、セリが成立するまでの時間は0.1秒未満。こうし たセリが、サイトの来訪者一人ひとりについてリアルタイムで行われ、「広告の掲載機会」が取引されることから、"Real Time Bidding"と呼ばれるのである。
ちなみに、このRTBという仕組みは、一つの企業によって管理・運営されている訳では無い。サイト来訪者の属性を把握してセリにかけるシステムや入 札に応じるシステム、来訪者の属性データを提供するシステムから、広告主のターゲット設定をサポートするシステムまで、様々なシステムや技術が、この RTBというデジタル空間のセリを支えている。
こうした状況を視覚化したものとして知られているのが「カオスマップ」だ。これはセリ市を支えるテクノロジーを持つ企業を、その役割ごとに分類しているものだが、新たな役割や企業がどんどん書き加えられていくため、カオスマップのカオスぶりには、年々拍車がかかっている。
米国のRTB市場に関するカオスマップ
カオスマップの中でも非常に重要なシステムの一つがDMP(Data Management Platform)だ。DMPはネット空間で行動する人たちの年齢や性別、興味・関心や行動・閲覧履歴などを収集・提供するシステムで、「顧客理解」に基 づく広告配信という特長を持つRTB広告において、極めて重要な役割を果たしている。
当初、DMPにおいて収集されるデータは、ネット空間上に残された匿名のCookieデータが中心であったが、最近ではこれに企業が独自に持つCRM上のデータなども統合し、「プライベートDMP」を構築するという動きも活発になっている。
プライベートDMPを構築することで、例えば、サイトの来訪者を実名で特定し、過去の購入履歴や商談フェイズなどの情報に基づいて、サイトのコンテ ンツをパーソナライズすることも可能になる。さらに、当該顧客がまだ「匿名」だった購入前の段階の行動データまで遡って分析をすることで、広告の配信対象 の選定や、広告メッセージの最適化にも活用できると期待されている。
今後、デジタルマーケティングの世界においてもCRMシステムに蓄積されるデータが重要な役割を果たすことになるのは間違いないだろう。