vol.1 ソーシャルメディアとスマホが変える顧客行動

スルーされる広告メッセージ

マーケティング戦略を考えるためのフレームワークとして、「4P」や「4C」という考え方はよく知られている。一方、日本のマーケターに対しては、 マーケティング=プロモーション(広告・宣伝)という「1P思考」をそろそろ改めてはどうか、という指摘がされて久しいが、筆者の個人的な感想も交えて言 うならば、マーケティングの現場では、まだまだ、この1P思考が幅をきかせているのが実情であろう。

もちろん、広告・宣伝といったプロモーションの意義自体が失われた訳では無い。新しい商品を多くの人に知らしめたり、ブランドに対する認知を高めたりする手段として、引き続き、広告、とりわけテレビや雑誌などのマス広告が大きな力を発揮する場面は多い。

ただ、インターネットの普及に伴い、私たち生活者が日々接する情報は幾何級数的に増えている。一方で、私たちが1日に使える時間は今も昔も24時間で変わりはなく、また、1時間のうちに読んで理解できる情報の量もさほど進化はしていないだろう。

図1:情報流通量と消費量の推移グラフ(総務省:情報流通インデックスより)

つまり、情報を咀嚼・吸収するキャパシティはほとんど増えていないのに、流れてくる情報の量だけが爆発的に増えているというのが、ここ数年、私たちに起きていることであり、その中で、私たちが生きていくために身につけたスキルの一つが「スルーする力」なのである。

たとえば、メールやTwitterのタイムラインなども、1つひとつ丁寧に読んでいたのでは、とても時間が足らない。なので、私たちは、全体をざっ と眺めて、自分に関係のありそうな情報だけを拾い上げ、その他については、一切の注意を払うこともなく、タイムラインの彼方に流れていっても気にしない。 私たちは、進化の過程で、そういう技術を身につけたのである。

静かに広まる「顧客起点」のマーケティング

こうした時代に、老若何女を十把一絡げにした広告メッセージを投げ続けるだけでは、人々の態度や行動を変えさせることは難しい。もっと言えば、それ以前の段階、つまり、広告メッセージに対して興味・関心を示してもらうことさえ容易ではないだろう。

そこで重要になってくるのが、本コラムの中心的なテーマである「顧客起点」という考え方である。
日本で「顧客起点」というと、「お客様は神様です」といった、顧客の前で三つ指をつくような「オ・モ・テ・ナ・シ」をイメージする向きも多そうだが、ここでいう「顧客起点」とはそういうことではない。

顧客(になる可能性のある人たち)が残した足跡を丹念に収集・分析することで、そうした人たちのニーズを推し測るのはもちろんのこと、そもそもニー ズがどの程度顕在化しているのか、更には、どういった背景や経緯の中で、そうしたニーズが生まれてきたのかを理解すること。つまり、そうした「顧客理解」 があって、はじめて、顧客の状況や文脈に応じたコミュニケーションが可能になる。

これこそが、本コラムで考えていく「顧客起点のマーケティング」ということであり、そういう意味では、やや乱暴な分類になることをお許し頂けるので あれば、「マーケティングオートメーション」「コンテンツマーケティング」「プログラマティックバイイング」といった、近時、注目を浴びているマーケティ ング関連の手法や技術・仕組みの多くは、どれも「顧客起点」という考え方に立脚していると言っても過言ではない。
これらについては、本コラムでも、次回以降、個々に詳しく解説をしていく予定である。

ところで、いま「顧客起点」のマーケティングが注目されているのは、「そうする必要に迫られているから」ということだけが理由ではない。

ソーシャルとスマホがマーケティングを変える

むしろ、「顧客起点」のマーケティングを考える上で欠かせない、「顧客理解」を進める上では、これまでの歴史を振り返っても、マーケターにとって、 今ほど追い風が吹いている時代は無かっただろう。その大きな要素となっているのがソーシャルメディアとスマートフォンの普及である。

ブログやTwitterなどのソーシャルメディアの普及により、私たちは、商品やサービス、テレビ番組からアイドルグループから政治家まで、ありと あらゆることに対する感想や意見を表明する手段を得た。更には海外ではYelp、日本では食べログのような、いわゆるレビューサイトを通じて、飲食店の料 理やサービス、あるいは価格に対する感想や評価も共有できるようになった。

更にスマートフォンが普及したことで、人々は、自宅やオフィス以外の場所でも、自由に書き込みができるようになっただけでなく、そうした意見や感想 は、GPSから取得された位置情報や、スマートフォンのカメラで撮られた写真や動画と共に、半永久的に保存されるようになったのである。

この結果、これまで、なかなか把握することが難しいと考えられていた人々の気持ちやクチコミの広がりが、データとして可視化されるようになっただけでなく、好きな時に、好きな時期に遡って、その内容を確認・検証することができるようになった。

こうした流れを受け、既に海外では、ソーシャルメディアやスマートフォンの普及によって変わりつつある人々の生活や行動を踏まえたマーケティング キャンペーンが展開されている。今回は、その一例として、韓国で2年前に実施され話題となった「Emart Sunny Sale」というキャンペーンを紹介しよう。

Emart Sunny Saleキャンペーンの概要

これは韓国でチェーン展開するEmartというスーパーが実施したキャンペーンで、昼時の売上が伸びないことへの対策として、街頭に設置したQRコードで割引クーポンを配るというものなのだが、そこには面白い仕掛けがある。

それは、このQRコードが「日時計」と同じ仕組みで作られており、Emartが売上を伸ばしたいと考えている12時~13時の間だけ、太陽の光を浴びると正しいQRコードが表示されるようになっているという点である。

Sunny Sale Campaignで使われた日時計型のQRコード

少し前までなら、ランチタイムにあわせてメールを配信したり、ランチタイムだけ有効なクーポンをメールやサイトで配布するといったことしかできな かったはずだ。だが、ランチタイムに外に出る人たちのほとんどがスマートフォンを持つようになった今だからこそ、屋外でQRコードをスキャンし、スマート フォンのアプリから割引クーポンを使って商品を注文させる、という形のキャンペーンが成立するようになったのである。

さらに、屋外に設置された日時計式のQRコードをスマートフォンでスキャンするという行為自体も、非常に斬新な体験であったため、ソーシャルメディア上でもクチコミが拡散し、ついにはテレビなどのメディアでも取り上げられるなど、かなりのPR効果も発揮した。

一方、Emart側では、誰がいつ、どこに設置されたQRコードをスキャンして、最終的にどのような商品をいくら注文したかなど、多くのデータを収 集・解析しているはずであり、そこで得られた「顧客理解」をベースに、次回以降は、さらに「顧客起点」のキャンペーンを企画しようと試みていることだろ う。

顧客理解は匿名から実名へ

ところで、ソーシャルメディアのログインIDや、サイトのアクセスログなどのCookie情報をCRMに蓄積されている顧客・会員データなどと連係させるような仕組みをキャンペーンやサイトに取り入れることで、「顧客理解」は匿名から実名に進化する。

例えば、ソーシャルメディア上で自社の製品やサービスに関連するテーマで積極的に発言をしているユーザが、実は自社の登録会員でもあることが分かれ ば、この人物に接触し、新製品に関する情報をいち早く提供し、ソーシャルメディア上で広めてもらうといった可能性も生まれてくる。

あるいは、2週間前にサイトから資料請求をして、営業部門が商談に向けてフォロー中というステータスの見込客がサイトに再度来訪したことがわかれ ば、サイト上では、資料請求をした製品に関する情報を重点的に表示したり、あるいは、競合他社との差別化ポイントをアピールしたりすることで、商談実現に 向けた後押しをする、といった施策も可能となる。

こうした顧客理解のためのデータ活用や、それをベースにしたパーソナライズ戦略のあり方や事例についても、今後、本コラムにて、順次、紹介をしていきたい。