前回、顧客の変化への即応性を持った企業ITがビジネスシフトを可能にするのであり、ビジネスシフトはあらゆる業種/ 業態で起こり得る、そのためには業種/業態に対応した複数のクラウド利用などアプリケーションエコノミーを使いこなしていくことがビジネスイノベーション のヒントになる、ということを述べた。では、具体的にどのような例が考えられるであろうか。
現時点で市場を鳥瞰してみると、クラウドにはさまざまなサービスが出現し始めている(図1)。この理由は、従来ソフトウェアベンダーが販売してきた パッケージソフトウェアを、SaaSとしてクラウド上に展開し始めたことによる。ユーザー企業側の立場では、ライセンス/運用/管理/保守を含めたトータ ルコストの削減や、ITシステムの導入期間の短縮、システムの高稼働性を目的として、クラウドサービスの利用を求めている結果と言える。さらには、IT導 入の意思決定者が、次第に業務部門に移行しつつあることも要因の一つであろう。クラウドの活用は、主に業種/業態に特化したものと、普遍的なオフィス業務 に分かれると考えてよい。両者の共通点は、「カスタマイズ要素が少ない」点にある。普遍的なオフィス業務、たとえば電子メールでは、送受信や検索など基本 的な機能はどの業種/業態でも同一であり、カスタマイズはGUIやセキュリティレベルの選択などに限られる場合が多い。業種/業態に特化したアプリケー ションにおいても、業種の中で業務のフローがほぼ決まっているものは、カスタマイズ要素が少ない。こうした業務は、クラウドサービスを利用しやすく、導入 期間の短縮やトータルコストの削減に役立つであろう。
業種特化クラウドは、EC/医療/教育機関向けなど、前述のように業務フローがある程度共通しており、カスタマイズが少ないアプリケーションパッ ケージをそのままサービスとしてユーザー企業に提供しているものが多い。たとえば、教育関係では図書館業務サービスがあるが、図書館業務のフローは、蔵書 管理、貸出/返却の管理、新着蔵書の広報など、基本的な業務フローは共通であり、図書館によって極端に異なることはない。このように、業務フローがあらか じめほぼ決定されている業務は、業種クラウドが利用しやすい。反面、サービスが業務ごとに細分化されて提供されており、組織内のすべての業務がこのような 業種特化クラウドサービスで完結するわけではないことに注意が必要である。複数のクラウドサービスを組み合わせる「アプリケーションエコノミー」の活用 が、ビジネスシフトには必要であることが理解できるであろう。
クラウドを活用したビジネスシフトは、業種特化型クラウドの活用だけではない。もう少し一般的な、業種を横断した業務の基軸でもビジネスシフトの チャンスはある。たとえば、マーケティングに関する業務はその一つであろう。マーケティング業務は範囲が曖昧で、業務そのものが複雑、かつステークホル ダーが多岐に渡る。こうしたことが、マーケティング業務でビジネスシフトが起こりにくい原因であった。しかし、近年ではマーケティング向けITシステム (マーケティングIT)がビジネスシフトをサポートできるようになっている。たとえばキャンペーン管理/顧客購買履歴管理/顧客分析などのマーケティング ITが、顧客の正確なプロファイリング/ターゲティング/KPI設定/結果の可視化を助けてくれる。業務フローを抽象化してITシステムに乗せることに よって、属人化しやすい業務を可視化しビジネスシフトを行う、ということである。現状のマーケティングITは、事業部門やマーケティング部門に限定されて 利用されている。マーケティングのイノベーションを起こすためには、ERM/SCMを含む、さまざまなデータを基軸とした、いわばビッグデータ分析が必要 であろう。したがって、マーケティングITは全社システムとなって、初めてイノベーションを起こす題材になると考えられる。しかし、マーケティングITと ERMシステムとの連携が行われている企業ユーザーは全体の10%台と、意外と進んでいないのが現状である(図2)。
マーケティングITと同様に、カスタマーサポート業務についても同様のことが言える。カスタマーサポートは、顧客に直接相対する、顧客の要望や困り ごと、クレームなどの情報を入手できる情報ソースである。従来のカスタマーサポートは、電話や電子メール/Webメール/チャットなどのコミュニケーショ ンチャネルが中心である。当然のことながら、このような1対1のカスタマーサポートは、顧客満足度を向上させるために必要不可欠であるが、キーポイントは 得られた顧客情報をバリューチェーンのどこに、どのように活用するかである。顧客へのサポート情報を製品/サービスの改良に活用することは、現在でも多く の企業で実行されているが、多くの顧客に同じようなサポートを行っているとしたら、そこには顕在化していない改良の余地がある。さらに、特定の流通経路経 由で購入した顧客からのサポート要求が多い場合は、その経路に何らかの改善余地があると言える。このように、カスタマーサポート情報は、顧客体験の改善の ための情報ソースであり、マーケティングITと共に、顧客体験を向上させる全社システムのビッグデータ情報ソースとして取り扱っていくことがイノベーショ ンの題材となる。このことは、カスタマーサポートそのものを高度化することにも役立つ。
カスタマーサポートにERP/マーケティングITの情報が取り込めれば、従来よりも多くの情報をリアルタイムに顧客に伝えることが可能である。カスタマー サポートがマーケティング機能の一部を果たすということであり、カスタマーサポートを経由したアップセルの実現可能性が飛躍的に高まると考えられる。
ものづくりにおいても、マーケティング/カスタマーサポートと同様のことが起こり得る。製造業でいわゆる「ものづくり」を行う際、企画、開発、部材 調達、製造、在庫のような一連の業務フローが発生するが、これらを一つのバリューとみなした際に、マーケティング情報やカスタマーサポート情報の取り入れ が重要になる。さらに業務フロー内でオブジェクトが常に変化する企画/調達などは、クラウドでその機能を提供しやすい。
今日、ものづくりで最も困難を極めているのは、サービスやソフトウェアの開発である。サービス/ソフトウェアは、稼働するデバイスの環境が多様になってお り、たとえば同一のソフトウェアをWindows/Linux/iOS/Androidで動作させたいという要求も珍しくない。こうしたマルチプラット フォームのソフトウェア/サービス開発では、開発環境やテスト環境を確保するだけでもリソースに限界があり、さらに製品となったソフトウェアを配信/バー ジョン管理することは容易ならざる市場環境になっている。こうしたソフトウェア開発をテストまで含めてクラウド上で行い、クラウドから完成品をデバイスに 向けて配信する仕組みを実現できれば、開発から保守/管理までの一連の業務フローを最速で行える。このような「ものづくり」のイノベーションはクラウドを 活用することによって、比較的容易に達成できるであろう。
前述の通り、変化に柔軟なITシステムを最速で立ち上げることは、今後のビジネス展開のキーポイントとなる。バリューチェーン内の各業務フローを細 分化し、顧客変化への対応力、すなわち柔軟性の観点で自社の強み/弱みを見付けることが、競争力の強化につながる。つまり、顧客に対して自社の強みはバ リューチェーンのどこにあるのか(あるいは将来、バリューチェーン内のどこを強みとしていきたいのか)、強みとするためには業務フロー内のどこを改善する べきか/柔軟性を持たせておくべきか、アプリケーションエコノミーを活用することでどの程度までスピードを上げられるか、を業務部門単位、さらに全社単位 で考える時期に来ているのではないであろうか。