vol.2 アプリケーションエコノミーを使い倒す

前回、消費者やITバイヤーの購買行動が変化し、それによって企業のIT環境が、バリューチェーンのすべてのステージ で顧客情報を活用するものに変化すべきであることを述べた。具体的にはどのような形でIT環境を変化させていくべきなのか。そのアプリケーションの在り方 を検証する。

顧客の購買決定スピードは予想以上に速い

前回述べた通り、インターネット/ブログ/ソーシャルメディアから情報を入手して、購入するものを決めているケースが多くなっている。振り返って考 えてみると、一昔前の購買行動は、購入したいものについて、比較的ぼんやりとしたイメージを持って店舗を訪問し(あるいは企業のセールス担当に連絡し)、 紙のカタログや実物を見たり、販売員から説明を受けて購入するものを決定していた。このため、購買検討から購買決定までの間に、ある程度の時間を要した。 ところが、最近ではECサイトでの購買が増加し、実物を見ない/説明を受けない、即決的な購買が増加している。これはPCからECサイトへのアクセス性が 向上したことや、EC事業者が返品や交換に素早く応じるようになってきたこと、セキュリティが向上したことなど、ECと顧客を取り巻くエコシステム全体が 好循環を生んでいることによる。このエコシステムの変化は、従来は比較的ゆっくりと改善されてきたが、ここ数年、急速にEC販売が成長した。この要因の一 つとして、モバイルデバイス、特にスマートフォンの普及が挙げられる。スマートフォンの出荷台数は2018年には3,691万台まで急速に成長すると予測 している。EC事業者は、スマートフォンの画面サイズに合わせたECサイトの最適化や、スマートフォン向けのECサイトアクセス専用アプリケーションの配 布などを行い、購買者が簡単に「購買」という行動を起こせるようになった。つまり、「モノを見ないで購入する」ことに対する購買者のリスクに対する感覚が 低くなり、「簡単に購買できる」ことが、我々の予想以上に顧客の購買決定スピードを速くし、購買行動の変化を加速させているということである。

図1:国内モバイルデバイス出荷台数予測

変化に素早く適応するクラウドという選択

このような顧客の加速的変化に企業のITが追従していくためには、IT環境を素早く構築し、顧客の行動が変化した際に、素早く再構築できることが必 要なのは論をまたないであろう。ここで、企業アプリケーションにクラウドを活用するアイデアが出てくる。クラウドを活用すれば、従来のような自営システム を構築するための期間が劇的に短縮される。たとえば、自営システムでは、利用する機能の定義、ソフトウェアを自製するかパッケージを利用するかの検討、製 品の選定、運用方法の定義、チューニング、教育などが必要である。そればかりか、自社のプラットフォームがアプリケーションの応答性に耐え得るか、データ ベースとの連携方法などの、ターゲットとするアプリケーション以外に検討しなければならないことが多く、時間と費用が必要である。この点、 SaaS(Software as a Service)を利用すれば、アプリケーション自体はすでにできあがったものを利用するわけであり、システム検討のいくつかのステップが省略できる。利 用する機能に満足がいくなら、こうしたサービスを利用して素早く顧客のニーズに対応した方が、売上機会を逃がさない、顧客満足度を向上させるという両面 で、ビジネスには良い働きをするであろう。顧客の行動が再度変化した場合でも、ITシステムがこのような環境で動作していれば、素早く適応することが可能 であり、顧客と業績のためのITにより近付くことができる。あるいは、クラウドがアプリケーションを動作させるためのプラットフォーム (PaaS:Platform as a Service)としても利用できることに注目すべきであろう。ITシステムを変更する際に、アプリケーション以外に検討すべきことが意外と多いことは前 述したが、プラットフォームとしてクラウドを利用し、アプリケーション以外の部分はクラウド事業者に任せて、アプリケーションに集中できれば、検討時間の 節約になることは言うまでもない。さらにインフラ部分をサービスとして利用するIaaS(Infrastructure as a Service)では、企業内にあるさまざまなITシステムをサービスの上に乗せることができるため、インフラの運用管理、性能などのアプリケーション以 外の検討項目は減少し、その分、ITシステム構築に必要な時間/リソースを短縮できる。このような背景で、図2の通り、クラウドサービスの市場は拡大して おり、市場規模は2018年には2014年の2.5倍の4,000億円に迫ると予測している。

図2:国内パブリッククラウドサービス市場セグメント別売上額予測

目的に合ったアプリを組み合わせて使う「アプリケーションエコノミー」へ

しかし、考えてみると、業務に利用するアプリケーションは目的ごとに異なる。また、同じ目的のアプリケーションであっても、業種や企業ごとに必要な 機能や見え方(GUI)が異なることもある。ITシステムをシフトする際に、クラウドを利用することは効果的ではあるが、クラウドで自社が必要な機能が提 供されないのであれば利用できない。こうした二律背反に陥ることは、ITシステム検討ではよくあることである。必要な機能をすべて満たし、PC用、スマー トフォン用などとマルチプラットフォームで提供するような万能アプリケーションを見付け出すには限界がある。あるいは、万能アプリケーションを自社で開発 することもあるかもしれないが、開発費/開発期間をかけているうちに、再び顧客は購買行動を変えてしまうかもしれない。投資が無駄になるばかりでなく、機 会損失が大きい。そこで、目的に対する要求機能を分析し、細分化を行い、いくつかのクラウド機能を組み合わせて利用することが二律背反を脱出する方法とな り得る。言い換えると、一つの万能アプリケーションの代わりに、部品のようなアプリケーションを組み合わせて全体の機能を最適化する、ということである。 こうすれば、比較的、機能に対する満足が得られやすいばかりでなく、ワークフローや顧客要求の一部が変更された場合、変更部分の機能だけを置き換えれば、 大きな変更を伴わないでシステムの変化を達成することが可能である。このような動きは、すでにプラットフォーム型のクラウド事業者で起こり始めており、ア プリケーション市場の成長促進要因となっている。図3に示す通り、国内アプリケーション市場全体は成長すると予測しているが、その中でもSaaSによるア プリケーション提供の割合は年々増加し、2018年には市場全体の12%を超える規模になるとみられる。

図3:国内アプリケーションソフトウェア市場予測

たとえば、クラウド側ではアプリケーションが作成しやすいような部品を数多く取り揃え、ユーザー側でこれらを自在に組み合わせて一つのアプリケーションとしたり、完成したアプリケーションをいくつかセットにしてユーザーに配信できるような仕組みを整えつつある。
こうした業種/業態、さらには企業によって要求の異なるアプリケーションを組み合わせて利用する「アプリケーションエコノミー」を使うことによって、ビジ ネススタイルを大きく変化させることができるであろう。企業のITシステムの「足を速く」することで、顧客の変化に応じて、早く事業の方向転換を行うこと ができるITが、ビジネスのシフトを呼び込むのである。違う観点から考えると、顧客の変化への即応性を持った企業ITがビジネスシフトを可能にするのであ り、ビジネスシフトは、あらゆる業種/業態で起こり得る、ということである。そのためには、業種/業態に対応した複数のクラウド利用など、「アプリケー ションエコノミー」を使いこなしていくべきであろう。