デフレ不況が長引いた結果、多くの企業が事業を維持するために行ったのが人件費の抑制です。固定費の中で大きなウェイトを占める人件費を抑えれば、売上が伸び悩んでいる中でも利益を確保できる、あるいは赤字幅を縮小できるというわけです。
ただ、景気が回復基調となった現在、今度は人手不足に悩む企業が目立つようになりました。景気が上向いたことを受けて事業を拡大しようとしても、そ れまでに採用を絞り込んでいたために、必要な人材が社内にいないという状況が生じているのです。さらに、多くの企業が同様の課題を抱えていること、また少 子高齢化による人口の減少などから、現在の人材採用は売り手市場となっています。これにより、「慌てて採用を強化しても思うように人が集まらない」という 課題に多くの企業が直面しています。
実際、東京商工リサーチの調査によれば、小売業や外食産業などで人手不足が表面化しており、人手不足を原因とする倒産件数が増加傾向にあるとしてい ます。こうした状況に対応するため、各社は人材の確保に向けたさまざまな取り組みを始めました。たとえば、ユニクロを展開する株式会社ファーストリテイリ ングでは、パートタイムで働いている人を正社員化することで、他社に流出することによる人材不足を防ぐ施策を進めています。また、小売業大手の株式会社ド ン・キホーテは、中途採用や新卒採用において履歴書の提出を不要にしました。学歴や職歴を明かす必要がなくなったことで、応募者が急増しているようです。
ライフスタイルの多様化に合わせた、柔軟な働き方をサポートする仕組みの提供も人手不足を解消する上での大きなポイントになるでしょう。たとえば各 種人材ビジネスを展開しているパソナグループでは、セールスフォース・ドットコムの「Salesforce1」で構築したモバイルプラットフォームによ り、パソナグループの社員と派遣スタッフの双方がいつでもスマートフォンやタブレット端末を利用し、必要な情報の参照や入力を行える環境を整えました。必 要な作業を空いた時間で行える仕組みを整えることで、社員や派遣スタッフの満足度を高めているわけです。また、派遣スタッフ向けのポータルでは、プロ フィールの入力や、希望の仕事を「お気に入り」リストに追加するための機能があり、これも好きなときに好きな場所で利用することが可能です。こうして入力 された情報を利用し、パソナ側で派遣スタッフに紹介する仕事を事前に準備することで、スピーディできめ細かな、派遣スタッフと派遣先企業のマッチングを実 現しています。
働き方を進化させるパソナの革新的な取り組みを
Salesforce1 が支える ›
時間や場所に縛られない働き方を実現する方法として、インターネット上で業務の受発注を行うクラウドソーシング(crowdsourcing)にも 注目が集まっています。発注者となる企業が業務内容や発注条件などを登録し、受注者はその内容を見て応募するかどうかを決め、応募して採用に至れば発注さ れた業務を遂行します。発注内容によっては、育児や介護などといった理由によりオフィスで働くことが難しい人材を活用できることから、人手不足を解消する ための方法として期待されています。実際、パソナグループでもセールスフォース・ドットコムのプラットフォームを利用してシステムを構築し、クラウドソー シングサービスである「Job-Hub」をスタートしました。
雇用主となる企業側においても、ITを積極的に活用して人手不足の問題を解決した事例が現れ始めています。その具体例としてあげられるのが、名古屋 駅に直結するJRセントラルタワーズの中核商業施設・ジェイアール名古屋タカシマヤを運営する、株式会社ジェイアール東海高島屋です。同社はセールス フォース・ドットコムのクラウドプラットフォームを採用し、短期アルバイトの人材管理における全プロセスのクラウド化により、アルバイト採用にかかるプロ セスを3週間から1週間に短縮しました。
ジェイアール東海高島屋は、郵送により行っていた個人情報や勤務経験、勤務希望日などの登録をPCおよびモバイルデバイスで行うようにオンライン化 し、郵送コストをゼロにしました。さらに勤怠データや給与実績をクラウド上で管理することによって配属の判断を迅速化し、採用までの期間を、それまでより 2週間も短縮したのです。
ジェイアール東海高島屋、短期アルバイトの人材管理の事例 ›
特にアルバイトを大量に採用している小売業などでは、採用から配属、稼働に至るまでの時間をどれだけ短縮できるかが重要なポイントになります。この 時間がのびれば、それだけ人手が足りない状態が長引くことになり、現場の負担が大きくなるのはもちろん、顧客への対応がおろそかになることなどにより、機 会損失にもなりかねないためです。
しかし、ジェイアール東海高島屋のように、クラウドを活用してアルバイト採用を効率化し、募集から採用までの期間を短縮することができれば、それだけ配属や稼働までの時間も短縮し、必要に応じて迅速に人員を補充することが可能になるでしょう。
構築したシステムにより、各々のアルバイト従業員に適した売り場への配置が可能になったことから、アルバイト従業員の満足度が向上するという成果も 生まれているようです。納得して働ける職場であれば当然、定着率も高まることを考えると、この「従業員の満足度向上」というメリットも、人手不足解消につ ながっていると言えるでしょう。
労務管理という視点でITを活用している企業もあります。三重県四日市市に拠点を持つ中日臨海バス株式会社です。昭和44年(1969年)の創業以 来、便利で快適・安全な交通手段を提供してきた同社にとって、課題となっていたのが従業員の労働時間と健康の管理でした。それまでは、400人近い乗務員 に関して、紙ベースで労働時間の管理が行われていましたが、ファイルが増大して目的の情報を探し出すことも困難な状況になったと言います。適切に労働時間 が管理できなければ過労運転につながりかねず、それによってドライバーの健康が損なわれれば、安全運転にも影響を及ぼします。
そこで同社はセールスフォースのプラットフォームを利用し、労務管理と健康管理をIT化しました。これによってドライバーの労働時間と健康の適切な 管理を実現し、過労運転を防いでいるのです。また、疲労の蓄積や健康の悪化は離職率の向上につながりかねません。さらに、運輸業においても人手不足が蔓延 していることを考えると、離職した人材の補充は一筋縄ではいかないでしょう。採用コストが発生することを考えれば、経営にも大きな影響を及ぼします。中日 臨界バスでは、ITを活用した適切な人材管理により、これらのリスクを回避し、人手不足の解消と、「安全」という価値提供を同時実現しているのです。
中日臨海バスによる健康管理・労働管理の事例 ›
ここで紹介した事例のように、ITを活用して従業員を採用するための仕組みや労務管理、つまり人材管理全体を見直せば、働き手を求めている現場に とって大きなメリットがあるのはもちろん、人材採用のための業務の効率化にもつながります。さらに、ITによって従業員にとって働きやすい職場を実現する ことができれば、従業員の不満を解消することになるため、定着率も向上するでしょう。これは採用コストの削減という大きな果実を企業にもたらします。
こうしたメリットを最大化する上で重要となるのが、採用活動の一元化です。特に、アルバイトやパートタイム従業員の人件費は、それぞれの部門や店舗 の予算の枠内で処理されることが多いため、現場の判断で募集が行われるケースが少なくありません。ただ、それぞれの店舗・部門が勝手に募集を行えば、その ために整えた仕組みが活用されず、宝の持ち腐れになりかねないでしょう。そのため、アルバイトやパートタイム従業員を雇用するためのルールを全社的に統一 し、その中に新たに構築した仕組みを組み込むなどの工夫が必要になります。
そしてもう1つ忘れてはならないのが、クラウドを活用するという視点です。確かにITは業務効率の向上や管理負担の軽減において大きな威力を発揮し ますが、一方でシステム構築や運用管理に大きなコスト負担が生じるという課題がこれまではありました。しかしクラウドを活用すれば、システムを自社で持つ 必要がなくなるため、ハードウェアの購入費が不要でシステムの運用管理の負担も軽減できるため、コストを大幅に抑えてシステムを利用することが可能になり ます。IT投資に制約のある中小企業であっても導入しやすいスタイルであり、また、すでに提供されているサービスを利用することから、迅速にシステムを導 入できることもメリットでしょう。
人手不足は企業を倒産に追い込むほど大きな課題です。その悩みが本格的に手に負えなくなる前に、ここで紹介した方法で課題解決を図ることを考えてみてはいかがでしょうか。
参考: