Salesforce1 によって、セールスフォース・ドットコムは新たな一歩を踏み出した。しかし、それだけにはとどまらない。セールスフォース・ドットコムでアプリケーション を担当するアライアンス本部 シニアディレクターの御代茂樹は、「Salesforce1によって、現在は市場がない、ホワイトスペースを開拓することが できるのではないかと考えています。そのキーワードとなるのが、マイクロバーティカルです」と話す。「マイクロバーティカル」とは、日本語にすれば「細分 化した業種」と訳すことができる。Salesforce1とマイクロバーティカルで、どんな新市場が生まれようとしているのか。
アライアンス本部 シニアディレクター 御代 茂樹 氏
Salesforce1対応アプリケーションは、幅広いラインアップとなっている。今回の連載では、5本のSalesforce1対応アプリケーションを紹介した。
「連載では、汎用性の高いアプリケーションを紹介しました。残り5本のアプリケーションも、ユニークで魅力的なアプリケーションばかりです」と御代は話す。連載では紹介できなかったアプリケーションを簡単に紹介しよう。
サムライシステム株式会社の「Customer Compass」は、 Salesforce利用者向け地図アプリケーション。Salesforceを利用する中で利用頻度の高い、リード、取引先、取引先担当者のレコードをわ ずか数ステップでGoogle Maps上に表示することができる。表示内容のカスタマイズ、地図上のアイコンから業務予定やスケジュールを登録することも可能で、既存業務に地図機能を 導入することを可能にしたアプリケーションだ。
Box Inc.が提供する「Box for Salesforce」は、Salesforce上のレコードと、オンラインコラボレーションサービスであるBoxの中に置いたファイルを紐付けることができる。Salesforceのデータと、ファイルを同じ画面で表示することが可能となる。
日本オプロ株式会社の「オプレコ for Chatter」は、 Chatterフィードに投稿された内容を見やすいPDFレポートとして出力できるアプリケーション。過去に投稿されたフィードを、期間などを指定して絞 り込み、ユーザー毎やキーワード毎などにまとめることができる。Salesforce1対応版は、Salesforce1のメニューからChatter フィードの投稿をまとめてPDF出力することができるので、モバイルでの業務効率を向上につながる。
株式会社セラクの「SUCCESS LEADER」は、 Webサイトの閲覧者のアクセスログから必要な情報をSalesforceに取り込み、「Webサイトにアクセスしたものの、問い合わせや申し込みといっ たアクションを起こさない利用者」の情報を、営業スタッフが活用するためのアプリケーション。WebサイトとSalesforceの連動を実現する。
アイネット・システムズ株式会社の「FMソリューション・オンデマンド」は、ビルマネジメント業界のためのアプリケーション。オフィスビルの建物・設備の維持管理に必要な機能をフル装備し、現場からオーナーまで企業・組織の壁を越えて、一貫したビルメンテナンス情報がタイムリーに把握できる。
「最初の10本のアプリケーションから、かなり幅広いアプリケーションが揃ったと思います。特にユニークなのはアイネット・システムズが提供するア プリケーションではないでしょうか。これは汎用的なものではなく、オフィスビルの維持管理を行う人だけを対象としたもので、こうしたマイクロバーティカル 向けアプリケーションがSalesforce1を、これまでにはなかったプラットフォームとする可能性をもっていると思います」と御代は話す。
マイクロバーティカル、つまり「細分化した業種」とは具体的にどんなものだろうか。代表的な業種としては、建設業、製造業、卸売・小売業、農業、漁 業、サービス業などがある。これをさらに細分化し、卸売・小売業の中でも、青果販売店向け、洋服販売店向けといった具合に細分化されたアプリケーションが 存在する。アイネット・システムズのアプリケーションも、不動産業の中でオフィスビル管理というニッチなマーケットに向けて作られたものだ。
「実は米国ではパートナーアプリケーションの半数以上が、マイクロバーティカル向けというデータもあります。米国のマイクロバーティカルアプリケー ションは、米国の利用者に最適化されているため、日本に持ってきても利用できるとは限りません。そのため、その存在は日本ではあまり知られてきませんでし た」
こうした特定の業種をターゲットとしたアプリケーションは、通常のIT系の展示会やアプリケーション紹介で取り上げられることはほとんどない。ニッ チ向けであることから、最新テクノロジーや汎用的なアプリケーションを展示する展示会に出展しても、ターゲットにリーチできるとは限らないからだ。ニッチ 向けの展示会、雑誌などで紹介されることはあるが、そうした展示会、雑誌を対象以外の人が目にする機会はほとんどない。
「実は日本にもマイクロバーティカルアプリケーションは存在しています。ただ、存在が知られていませんでした。かつては、マイクロバーティカルアプ リケーションは、オフコンと呼ばれた、オフィスコンピュータのアプリケーションとして流通し、パソコン用としてもかなり多くのアプリケーションが存在して います。今後は、Salesforce1というプラットフォーム向けにマイクロバーティカルアプリケーションを増やしていきたいと考えています」
Salesforce1には、他のプラットフォームにはないメリットをいくつも持っている。最大のメリットは、iOS、Androidと複数OSをカバーできるモバイルアプリケーションを開発するための環境が整っていることだ。
「現段階で、iOSとAndroidの両方へ同時にアプリケーションを提供できる環境を整えているプラットフォームは他にありません。Salesforce1によって、新しい手法で素早く、ホワイトスペースを開拓できるようになるのです」
そしてアプリケーションを流通させるための、AppExchangeというアプリケーションを提供するマーケットの仕組みを持っていることも大きなメリットとなる。
「マイクロバーティカルアプリケーションは、どう流通させるのか?が大きな課題の一つだと聞いています。AppExchangeには、他のプラット フォームにはない、業種や業務用途向けアプリケーションがたくさんある--そんな認識をユーザーの皆さんに持って頂くことができるようになればと考えてい ます」
実際に米国には、スキューバダイビングショップ専用のアプリケーションといった超ニッチなアプリケーションも存在しているのだという。ニッチではあ るが、スキューバダイビングショップが数千あり、開発環境、アプリケーションを提供する環境が整っていることで、こうした超ニッチなアプリケーションの提 供がビジネスとして成立している。
さらに御代は強調する。
「今後、Salesforce1プラットフォームによって挑戦していきたいのが、従来型のマイクロバーティカルアプリケーションビジネスを変えていくことです」
従来のマイクロバーティカルアプリケーションは、カスタム開発やカスタマイズが前提で提供されていた。カスタム開発によって売り上げを上げる企業も あるものの、1社一様の開発によって弊害も出る。OSやハードウェアやセキュリティのアップデートの際、新しいものへの移行や対応が難しくなってしまうの だ。かつてのオフィスコンピュータ時代は、アップデートのスピードも緩やかだったが、現在のネットワークに接続された環境では、セキュリティ対策として アップデート対応することが必須となる。
「カスタマイズを行った上でアプリケーションを販売することで、そのお客さん向けメンテナンスだけが業務になってしまいます。アプリケーション開発 が業務のはずなのに、別のアプリケーションを開発することや、新しい技術を取り入れることではなく、既に販売したお客様へのメンテナンス対応が業務の中心 になってしまうのです。カスタム開発やカスタマイズをせずに販売することで、セールスサイクルを短く、より多くの顧客を獲得するということへの方向転換が できると思います」
カスタマイズをせずアプリケーションを売る--御代がこのビジネスモデルを推奨するのは、Salesforceのアプリケーションを作った企業の中で、カスタマイズをしないビジネスを実践している企業がいるからである。
「今回の連載に登場した株式会社チームスピリットがまさに、個別のカスタマイズ受託をせず、アプリケーションを販売しています。カスタマイズをしないで販売、導入を行った結果、セールスサイクルは従来の3分の1になったそうです。その結果、短期間で数百社への導入を実現しています」
カスタマイズは個別の設定レベルの変更ではなく、個々の企業の要望を製品上に機能として反映することだが、チームスピリットでは個々の企業から上 がってくる機能要望を、いずれアプリケーションの機能として提供している。同じアプリケーションを使っていても、利用する企業ごとに中味が微妙に異なるカ スタマイズではなく、全ての企業が同じ機能を利用できる、製品の機能向上として開発を進めている。
「アプリケーションを利用するお客様の声を聞く、それをあらたな機能として取り入れることは大切です。しかし、カスタマイズで全てを対応しようとす ると、開発というよりも個々のサポートが業務の中心になってしまいがちです。カスタマイズをしないことで、そのビジネスモデルを変えていきたいのです」
従来はカスタマイズによって得てきた売り上げは、前回紹介した複数のアプリケーションの連携を進めるコーディネートをビジネスとしていくことに置き 換えることも可能だ。アプリケーションを複数利用することで、その企業に必要なビジネス価値を生み出す。しかも、カスタマイズとは異なり、やはりセールス サイクルは短くて済む。
また、カスタマイズをせず、アプリケーションを開発するというビジネスモデルは、これまでアプリケーション開発が専業ではなかった企業がアプリケーション販売に乗り出すことを可能とする。
「セールスフォース・ドットコムのイベントに参加したことがある方なら、神奈川県鶴巻温泉にある旅館、陣屋の事例を目にされたかたも多いと思います。Salesforceを導入したことで、紙の台帳では実現できなかった、リアルタイム情報共有を実現されました。この陣屋の宮崎富夫社長が、自分達が利用する際のノウハウを反映したアプリケーション『陣屋コネクト』を開発されました。陣屋コネクトもSalesforce1対応にすると表明してくださっています」
陣屋コネクトを利用するのは、陣屋同様、旅館・ホテル業だ。いわば、陣屋とはライバル関係にもある同業者へ、自社のノウハウを提供することになる。
「陣屋の宮崎社長は自社のノウハウを提供することが、お客さんの取り合いをするという競合の世界とは異なる、共感できる関係を作ることができると期 待していると仰っていました。アプリケーションを購入した顧客からあがってくる声は、『相談を受けるような感じです』とも話されています。確かに業界全体 をより良くすることで、最終的には大きなメリットが生まれる。そんな世界を陣屋の宮崎社長は、描かれているようです」
マイクロバーティカルアプリケーションには、その業界ならではのノウハウが不可欠となるため、陣屋コネクトのように、自社で使っていたアプリケーションを外販する企業が他にも出てくる可能性は十分にある。
「マイクロバーティカルアプリケーションのラインアップを広げていくことは、各業種、業務のノウハウをもっている企業の皆様に協力頂くことが不可欠 です。これまでセールスフォース・ドットコムとはお付き合いがなかった会社とも、連携していくことができれば!と考えています」
Salesforce1は、セールスフォース・ドットコムにとっても、アプリケーションを開発する企業にとっても新しい世界を生み出す可能性を持っ ている。そしてマイクロバーティカルアプリケーションが増えれば、ユーザーにとっても必要なアプリケーションを選択するチャンスが広がることになる。
新しいプラットフォームとして、Salesforce1は全ての業種・業態の人に大きなチャンスを生む可能性を持っているのである。