年の瀬が近づき、今年一年間のキーワードが気になる季節となりました。2013年に情報通信分野で最も注目を集めたキーワードの一つは「ビッグデー タ」でしょう。新聞や雑誌、ウェブ記事などに頻繁に登場し、注目を集めるだけでなく、実際にそれを活用する業種や業務が急速に拡がっています。
図1は、2011年1月~2013年1月に発行された雑誌、ウェブ記事などの報道、文献などに掲載された129のビッグデータ活用事例を、業種別、 業務別に分類したものです(1)。事例が多いのは、流通、インフラ、製造、広告、金融などの業種ですが、これらに比べ数は少ないものの、サービス業、エン タテインメント、農業、医療、情報通信、行政、観光などさまざまな業種に活用事例が拡がっています。
また、活用する業務に関しても、販売促進、アフターサービス、商品開発、顧客獲得・維持を始め、生産、広告配信、接客業務、立地地点評価、経営計 画、人材育成、不正検知など広範な業務に及んでいます。欧米に比べビッグデータ活用が遅れている我が国においても、その活用が着実に拡がっていることがう かがえます。
このビッグデータ活用の状況については、流通量という側面から総務省が調査研究を行っています(2)。これによると、図2に示すとおり、データ流通 量は2005年の0.4エクサバイトから2012年の2.2エクサバイトに、7年間で5.5倍に拡大しています。特に2012年は、流通量が前年から一気 に44%も増加しており、ビッグデータ活用が急速に進展したことがうかがえます。
ビッグデータなどの新しいトレンドを受け、政府の中ではIT総合戦略本部が新しいIT戦略の検討を行なっています。そして、2013年6月に「世界 最先端IT国家創造宣言」を閣議決定しています。同宣言では、「情報通信技術はあらゆる領域に活用される万能のツールとして、イノベーションを誘発する力 を有しており、成長力の基盤である」としており、情報通信を「成長戦略」の柱の一つに位置付けています。革新的な新産業・新サービスの創出と全産業の成長 を促進する社会の実現として、オープンデータ、ビッグデータの活用促進などのほか、健康長寿社会の実現、効率的・安定的なエネルギーマネジメントの実現な どビッグデータ活用と関連の深い施策が盛り込まれています。
データ活用は昔から行われていることで、ビッグデータ活用もその延長線上にあります。でも昔と変わったこともあります。それは、コンピュータ技術の 発展によって扱うことができるデータの量や範囲が大幅に増え、データから抽出できる情報の価値が格段に高くなった一方で、データ処理にかかる時間とコスト は劇的に少なくなったことです。データ分析には、トライアル&エラーを重ねることが多々ありますが、これを手軽に、何度でもできるようになり、ビッグデー タ分析がより手軽で、身近なものになったのです。
また、ビッグデータ活用の方向も
のように、より高度で価値の高いものに進化しています。製品開発で、どのような製品を開発したら消費者に訴求するものと なるのかが分かるようになっています。販売促進で、誰に、何を、いつ売れば良いのかなどが分かるようになっています。しかも、さまざまなデータを統合して 「見える化」することにより、全体の動きが格段に把握しやすくなっています。
また、プラントや製品の保守・運用では、いつどのような保守・運用を行えばよいのかが分かるようになっています。クレジットカードの不正利用や情報漏えい の検出、サイバー攻撃の予知、農産物の収穫量の予測や商品の売り上げ予測など予知や予測も可能になっています。今までは、勘の鋭い人や経験の深い人だけ に、感覚的にしか分からなかった事項が、データ分析により定量的に誰にでも分かる形で提示できるようになっているのです。
ビッグデータ活用はまだ初期段階ですが、一部には成功事例が出始めています。また、そもそも活用に成功しても、その詳細を公にしない企業も増えています。 期待される成果を求め、ビッグデータ活用は静かに始まっており、今後3、4年のうちにより高度なデータ活用として、定着するのではないでしょうか。
ビッグデータ活用により、情報通信技術の役割が変化しています。従来は、効率化やコスト削減の役割が大きかったのですが、ビッグデータ活用が進むに つれ、製品やサービスの付加価値向上やビジネスプロセスの革新など組織の戦略に直結する役割の比重が高まっています。システムを構築・運用することの価値 よりも、データを収集・集積し、それを分析・活用することの価値の方が高くなっているのです。
クラウドの利用は、手間のかかるシステムを「所有」せず、これをサービス「利用」に置き換えることです。システムという資産とその保守・運用体制を 組織の中に持つ必要がなくなり、より価値の高いデータ活用に組織のリソースを集中することができるのです。これにより、組織が生み出す価値を増やすことが 可能になるのです。
これにいち早く気付いたのは、米国企業です。図3に示すように、米国企業のクラウドネットワーク技術の利用率は70.6%に達していますが、日本企 業は42.4%にとどまっています。特に、中小企業では59%と23%と大きな差が出ています(3)。企業が情報通信技術の役割を再定義すること、そして その価値を新しい視点でとらえ直すことにより、この差を急速に解消しなければなりません。
クラウド・サービスの安定性や信頼性は格段に高まっています。その上、提供されるサービス・メニューも次第に充実したものになっています。既存の業 務をクラウド化することにより、業務間の連携を図ることも容易になります。データ処理量が急激に増える場合のスケーラビリティ(処理量変化に柔軟に対応で きる度合い)も高くなります。クラウド・サービスの利用により、ビッグデータ活用重視に切り替える基盤は整って来ているのです。
ビッグデータ活用は、産業・社会にさまざまなイノベーション(革新)をもたらします。しかも漢方薬のようにじっくりとした働きで世の中を変えます。 イノベーションは、我が国では「技術革新」と訳されることが多いのですが、本来はもっと広い概念を示す言葉です。イノベーション論を確立したことで有名な オーストリア出身の経済学者、シュンペーター博士(1883~1950年)は、この言葉を「新しい技術の発明だけではなく、新しいアイデアから社会的意義 のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革」と定義しています。
近年の大きなイノベーションのいくつかは、ビッグデータの活用領域の発見によりもたらされています。グーグルは検索の効率化に活用し、検索エンジン を革新しました。アマゾンは「おすすめ」に活用し、ネット通販のビジネスモデルを革新しました。日本でもクックパッドがレシピのビジネスモデルを革新して いますし、コマツは建設機械の保守・運用に活用し、保守・運用の高度化だけでなく、建設機械の運用データをマーケティングに活用し、販売効率を上げるなど 建設機械のビジネスそのものを革新しています。あらゆる産業でビッグデータ活用によりイノベーションの可能性があるのです。
ビッグデータは、社会にも大きなイノベーションをもたらす可能性があります。例えば、医療の世界では、ビッグデータ活用によって、「治療から予防へ」がキーワードとなり、イノベーションが起きる可能性が指摘されています。
最近アメリカの女優、アンジェリーナ・ジョリーさんが乳がんの予防のために乳房を切除、再建したことが話題になりました。これは遺伝子検査で乳がん になる確率が87%と診断されたので、両乳房を切除、再建することで発生率を5%まで下げる予防処置を行なったのです。現在は、膨大な量の遺伝子のデータ と医療データを集積、分析することで、病気になる確率を評価し、病気になる前にそれを予防することが可能になっているのです。病気になる確率という新たな 「価値」を発見し、それを予防するという「イノベーション」を起こしたのです。これは医療の概念を変える出来事で、このような出来事が積み重なれば、社会 が少しずつ変わるのでしょう。
医療だけでなく、教育、子育て、高齢化対策、都市管理、インフラ管理、資源管理、地域活性化、防災、公共サービス、労働管理、政策策定などさまざま な領域でビッグデータ活用が考えられています。新たな価値の発見により、これらの領域でもさまざまなイノベーションが起きる可能性が高まっています。産業 分野のイノベーションだけでなく、ビッグデータ活用の積み重ねにより、私たちの暮らしや社会が大きく変わる可能性が今までになく高まっているのです。
Vol.2 につづく。つづきはこちら
(参考文献)